信じられないほど寒い風呂場で蛇口から流出し桶に溜まりゆくお湯を何と考えもなく眺めていたらそれが見え過ぎていることに気付いた。コンタクトを外し忘れていたらしい。私はあわてて眼球に手をやり抜き取ってからそれを水に流した。途端に視力は暗転し透き通った水の艶やかさも捕らえられなくなった。

これまた極寒と言っても過言でない廊下を大股に進み、居間まで来ると先ほどまで点けていた石油ストーブの余熱がまだかすかにそこに在って胸をなで下ろした。服を座椅子の背もたれに引っ掛けそこに座るといきなり部屋が明るくなった。消していたはずの電気がいきなり点灯されたのだ。これはまずいかもなァと思いながら半ば諦めていた。私はキャミしか着ていなかった。

「酷いアザだな」

ああついにバレた。私はいっそゆっくり上着を羽織って見せた。わざわざ裸眼に戻って自分は見ないようにしてもこうして見られちゃあ意味がないだろう。しかし良いタイミングだ。

「誰にやられた?」

独り言のような言い方だったので私はそれらしい理由、つまりその場しのぎの嘘、を、探すのを止めた。釦に掛けていた指がピッと動かなくなった。喉の奥の方で熱の塊のようなものが浮いたり沈んだりしている。これはいけない。うん、あの野郎セックスする度に殴りやがる……とはさすがに言えない。言えない……何故。

「転んでも、こんなアザはできないよね」

私は何食わぬ顔で高杉の横を通り過ぎた。思わず口を吐いた言葉はまるでどこか期待しているかのようだった。壁際にあるストーブのボタンを押し、少し経つとブワと熱気を吐き出した。見下ろすと青い炎がちらちら覗いている。高杉の顔を見極めようとしても裸眼の私の視力ではたかが知れていた。暖まり始めた部屋に冷え切った体が在った。


110120

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