「あ、つばさ。おはよう、今日はやいんだね」
自分は一体なにがしたかかったんだろう。彼女にどうして欲しかったんだろう。どうすればよかったんだろう。
「ニュース見たよ、スペインとかすっごい、おめでとー!!」
高校卒業と同時にスペインに行くことはとっくに決まっていたことだった。彼女に教えればきっと自分のことのように喜んでくれるだろう、という確信もあった。実際、彼女は本当に喜んでくれている。早口になって笑う彼女の表情に嘘はないように見えるけれど、それが尚更今の自分には辛い。
「さすが、わたしの彼氏」
それでも結局、今まで自分の口では言えなくて、こうしてテレビ局のアナウンサーの口から伝えられるまで彼女に知られないようにしていたのは、
「名前」
「ん?」
「寂しい?」
黙り込む彼女。ふたりしかいない月曜の朝の教室の空気は静かだ。ごくり、と息を呑む音が聞こえたけれど、それは彼女のものなのか、自分のものなのか、よくわからなかった。
「寂しくない」
はっきりと言い切った彼女の目に迷いはなくて、どうやらそれは本当のようだった。
「寂しくないよ」
異国の地での生活や自分のプレーが通用するのかとか、そんな不安や心配は皆無だ。それでも、日本に未練があるのは、
「わたしに言ってくれなかったのは、わたしが寂しがると思ったから?」
「…ちがう、」
スペインには、彼女がいないから。
「俺は、」
……寂しいのは、彼女じゃなくて、自分だ。
「俺は、寂しいよ」
本当は、寂しがって欲しかった。でも、きっと彼女は寂しいなんて言わないし、そんな素振りも見せない。それがわかっていたから。彼女に言わなかったのは、現実逃避だ。無駄な抵抗。
「じゃあ、別れる?向こうで新しい彼女つくればいんじゃない」
女って、弱そうに見えて強い。こいつは特に。泣かないし、潔いし、俺なんかよりずっと。
「それでもいいけど、わたしは、待ってる」
こういうときに特にそういう面を見せるのは、ずるいとも思うけど。でも自分は、彼女のそういうとこを好きになった。
「、うん。待ってて」
ちらほらと生徒が登校してくる。校内が賑わい始めた。
「でも、別れない。別れたくない。向こうで彼女つくる気もない。ちゃんと成功して帰ってくるから」
朝日で彼女の輪郭が白くぼやける。彼女が見る自分も同じだろうか。
「待ってて」
力強く彼女が頷いた。ふと彼女の瞳が輝いた。初めて見る彼女の涙だった。
好きが溶ける瞬間を見た
110727
his viewpointさま提出