待ってたもの 久々にかかってきた、恋人からの電話を。 私は、まるでそれをずうっと心待ちにしていたかのように飛び跳ね、慌てて通話ボタンを押した。 「はい、もしも、」 ≪いっよーう、元気にしてるか夢ー?≫ 「洋・・・。ふふ、私は元気だよ。久しぶりだね・・・。洋こそ元気にしてるの?」 以前と変わらない声に。口調に。テンションに。 思わず、私の口元は綻ぶ。 ―――ああ、やっと聞けた。 ≪当たり前だろ。俺はキューティクルさえあれば、いつでも元気だぜっ!≫ 「ああ、そういえばそうだったね。洋ってば、極度の毛フェチだもんねぇ・・・」 ≪キューティクルこそが・・・≫ 「あーはいはい、その先はもう何百回も聞いたから結構です。・・・それより、急に電話なんて寄越して、何? お巡りさんはお忙しいのではなくて?」 つい、意地悪な言葉ばかりを吐き出してしまうこの口を。この時ばかりは、どうにかして縫い付けてしまいたいと心から思った。 ≪それが、実は・・・警察を辞めたんだ、俺≫ 「・・・は?」 ≪ほら、俺に弟がいるだろ?≫ 「え、ああ・・・うん。確か、遥くんだったよね?」 ≪そうそう。その遥が居なくなってさ・・・。遥を探す為に、警察を辞めて探偵になる事にしたんだ≫ 「そう、なんだ・・・」 どうしてだろう。 彼が警察を辞めれば、偶に会ったり・・・。こうして、電話したりすることだってできるし、どう考えても以前よりは沢山彼と一緒に居られるのに。 それは、嬉しい事なのに。私が望んでいた事なのに。 ―――また・・・弟の事・・・、か・・・。 そういう意味ではなく、彼からしたら唯一の家族で、弟だから大事なのだろうけれど。でも、頭では分かっていても、理解をしていても。心がキュッと締め付けられるような、この気持ちは・・・やっぱり、拭えない。 口を開けば昔から、彼は『毛』の事か、『弟』の事ばかり。 『毛』に対しては無くとも、『弟』の話がでるその都度、私の中ではどす黒いモヤモヤとした感情が渦巻いていた。 頭では分かっているのに・・・。 「洋は・・・本当に、弟が大事なんだね」 分かりきっている事を、バカみたいに言葉にして訪ねてしまう。 たった一人の家族だ。大事に決まってる。 なのに。私は・・・・・・私、は・・・・・・。 この次の言葉で、洋の口から『違う』と否定の言葉が出る事を心の底から望んでいる・・・なんて・・・。本当に、最低な奴だ。 携帯電話を強く握りしめながら、私は俯く。 すると。 ≪当たり前だろ≫ やっぱり、分かりきった言葉が返ってきて・・・。 ≪でも、それと同じくらい夢も大事だけどな≫ 「・・・へ?」 思わず、間抜けな声が出てしまった。 だって・・・。だって・・・。 洋の口から、まさか、そんな。 ≪今までは忙しくて言い出せなかったけどよ・・・。なあ、夢≫ ドクン、ドクン。と言うよりも、バクン、バクン・・・と心臓が煩いほどに騒ぎ出す。 ≪夢が良ければ・・・一緒に住まないか?≫ 「・・・・・・!」 ≪それで、出来れば一緒に探偵事務所開きたいなー・・・なんて≫ 付き合い出して、もう結構経つけれど。 こんなにドキドキしたのなんて・・・。 私はぴたっと固まってしまう。 無言を通していた私に不安になったのか、洋は慌てた声色で「夢が嫌ならいいんだけどさ。そ、その・・・できれば、だし・・・」と・・・。 そんな。嫌なんてあるわけない。だって、私はずっとこの言葉を待っていたのだから。でも、やっぱり口は素直に動いてはくれない。 「どうしてもって言うなら別にいいけど」 なんて、可愛げの『か』の字もあったもんじゃない。 でも。彼は、それでも大喜びをしたようで。 どこかに体をぶつけたようなゴンッという物音と、痛みで上げた彼の声が電話越しに聞こえてきた。 そんな可愛い彼の様子に、さっきまでモヤモヤしていた自分がなんだかバカらしくなってきて、私は軽く息を吐いて笑う。今度こそ、素直な。お礼の言葉と一緒に。 「ふふ・・・ありがとう、洋」 ≪いてて・・・、って何か言ったか? 夢≫ 「・・・さあ? どうだろうね」 ≪うげぇ、夢の意地悪ー!≫ 「意地悪されるのが好きなくせに・・・」 ≪ばっか、俺はMじゃねぇ! ドSだ!!≫ 「自称、よね?」 ああ・・・。 弟に向けていた嫉妬心なんてどこへやら。 今は、ただ・・・。 嬉しさと。幸福感に満たされる。 [しおり/戻る] |