互いの暗黙の了解 ※小説13巻の軽いネタバレあり 室内の換気の為に窓を開ければ、真冬の冷たい風がサァーッと入ってきた。 すると、突然入ってきた冷風に目を覚ましたらしい。後方から「さむいんだけど・・・」なんて声が聞こえて、私はそちらに振り返る。 「おはよう、臨也。身体はどう?」 「さいあくに・・・決まってるだろ」 「そう。気分は?」 「・・・・・・」 「『お前が居なければ幾分か気分は良かったかもね』・・・かな?」 「わかってるなら・・・きかないで、くれないか?」 こっちは喋ることだってきついんだから。 そう言う、私の患者・・・折原臨也。 確かに、一言一言と言葉を発することすら相当な負担になっているように見える。極度の失血の所為で青白くなっている顔色が、更に悪くなっているのが面白い。 「貴方の言いたい事も分からないでもないけれど、仕方ないでしょう。今にも死にそうな患者が運ばれてきて、医者として見てみぬふりをするわけにもいかないのだから。これくらい、我慢しなさい」 「・・・・・・」 「大体、アポなしで自宅に血まみれの状態で運ばれてきた貴方を治療して貴方の命を繋ぎ止めたのは私よ。運んでくれた方にもそうだけど、しっかりと命の恩人にお礼くらい言えないの?」 「・・・べつに、たのんでない」 「私だって別に頼まれた覚えはないよ」 「・・・チッ、・・・ありがとう。これで、いいかい・・・?」 渋々といった様子で礼の言葉を述べた臨也に、開けた窓はそのままで近づいた。 まだ上体を起こすことすらままならない臨也。臨也に恨みを持つ子たちが、臨也がこんな状態だと知ったら、どうするのだろうか。やはり、殺しに来るのだろうか。それとも、こんなやつの為に己の手を汚す気はないと吐き捨て菊の花でも送りつけてくるのだろうか。 考えだしたら止まらない興味と好奇心。やはり、この男は面白い。いつまでも私を飽きさせてくれないのだから。 「まあ、一度引き受けたからには途中で見捨てるなんてことはしないから安心しなさい」 「医者みたいな・・・ことをいうね・・・」 「医者だもの。普段は各界のお偉いさん専門だけど」 だから、こんないい所に住んでるんだよ。なんて言ってやれば、「自慢かよ・・・夢のくせに」とぼやかれた。私のくせにとは酷いね。否定はしないけど。 まあ、でもとりあえず。 「もうそろそろお口を閉じて安静にしてないと、薬で強制的におねんねさせるからね」 「・・・」 「『医者がそんなこというな』とでも言いたげだね? いいのよ、私は医者だけど、特別な医者だからね」 「・・・はぁ。もういい、ねむい、ねる」 機嫌を損ねた子供のような口調で端的に言うと、臨也はそのまま目を閉じてしまった。 私が小さく笑みを零すと、「まど、しめて」と言われたので、部屋の窓を閉めてやる。 「じゃあ、私はリビングに戻るかな。頃合いを見てまた見に来るから、ちゃんと寝てるんだよ、臨也」 「わかったよ」 だから、早く出ていけとでも、言いたいんだろう。だが、もう喋れるほど余裕はないのか、臨也は喋らない。 そんな臨也を見やって、私は部屋から出ていく。多分寝ないんだろうなぁ、と考えながら。 まあ、あれだけの事があったんだ。一人になって考えることもあるだろう。だから敢えて、止めはしなかった。 これは私なりの思いやりであり、気遣いだ。 私だって、もし万が一に・・・億が一に臨也と同じ状況下にいたとしたら、正常でいられるわけがないし、何も考えないなんて出来る分けがない。己が心の底から忌み嫌う相手に本気の殺し合い(ケンカ)で負けたのだから。私だったら、悔しくて腹立たしくて気が狂いそうになる。そして、そんな姿を一番見られたくない相手に見られたりなんかしたら、もっと気が狂いそうになるかもしれない。 互いに互いを思い遣り、愛し合うなんて仲ではないけれど。確かに、私も臨也も互いに互いを認め、唯一自分と生きていくことのできる人間だと認識しているのだ。そして、どこか誰よりも自分の弱みを互いに見せ合いたくないと思ってる。所詮は、似た者同士なのかもしれない。 「っ・・・」 扉越しに聞こえてきた、押し殺しきれなかったであろう泣き声に、私は目を閉じ小さく息を吐いてその場を離れた。 私は何も聞いてない。そういうことにしておくことにする。 全ては自分の為。アイツに恩を売っておく、ただそれだけの為。そして、それが多分アイツの為にもなるはずだ。 だから、とりあえず。 「さーってと、完治してから幾らふんだくってやろうかなぁ」 臨也が完治した後のことを考えながら、私はリビングで溜まった録画を消費することにした。 そろそろ、ブルーレイの方に落とさないとテレビが心配だ。 「・・・早く良くなれよ、臨也」 臨也に聞こえるはずのない言葉を、小さく小さく呟いて。 私はリビングでテレビと向かい合った。 *アトガキ* 臨也は自業自得なので、これに懲りて多少丸くなった方がいいと思われますね。 でも二人とも生きててよかった。 [しおり/戻る] |