02.キミの向こうに見える空




 それから1時間ほどでオレたちの準備ができた。

 まぁ、オレというよりヒナタの準備に時間がかかったワケだが……。

 助手の兄ちゃんたちはオレのクセのある髪に難儀しながらもいつもよりしっかり整え、真っ白なタキシードをオレに着せ、薄い白の手袋を渡してくれた。

 まぁこうして見ると別人のようだなと思うし、キヌの姉ちゃんも納得したようで親指を突き出してグッ!と言ってくれた。

「やっぱりナルトの金色の髪と青い瞳に白は似合うねぇ!」

 ほくほくと式場のセッティングをしながら御満悦の様子で、最後の打ち合わせのようにアシスタントの人たちと話をしている。

 どうやら写真を撮るだけらしいのだが、念のためカメラも回すということだった。

 何でカメラ回してんだよ、まぁいいけどさ……コストかかり過ぎなんじゃねーの?

 そうこうしている内にヒナタの準備も出来たらしく、どよめきが起こり、オレも何気なくそちらを見て、一瞬時が止まった。

 何と言えば言いのだろうか、女は化けるというが、ここまでとは正直思わなかった。

 青紫色の髪は結い上げられ、いつも化粧なんてしたことがないだろう彼女は、大人っぽく化粧が施され、そのふっくらとした唇がいつもより艶やかで鮮やか。

 何よりその純白のドレスは、まるでヒナタの為にあつらえられたようなデザインであった。

 いつもの露出度の低いヒナタからは考えられないくらい、その綺麗な白い肌を惜しげもなく披露している。

 首には高そうなパールの首飾り、肩から胸上まで大きく開いており、柔らかな胸の谷間がくっきり見えているし、腕は白のレースの薄い手袋を肘上まで覆うだけで他は何もない。

 くびれた腰まではきゅっと布地が絞られていて体のラインを見せているのに対し、腰から下はふんだんに使われているレースやら薄布が軽やかにふわりと揺れる。

 その一体感というのだろうか、彼女だからこそこの完成度なのだと思わせるほどであった。

「ナルト、お前の花嫁の出来栄えはどうだい」

「あ……ああ……すげー……綺麗……」

 思わず素直な感想が口から漏れて、ハッと気づいた時には遅く、オレは口元を抑えて真っ赤になってしまった。

 ヒナタもシッカリ聞こえていたらしく、その頬を桃色に染めて何とも可愛らしい。

 いや、マジで……綺麗だ。

 綺麗という言葉しか出てこない。

 お互いを見つめ赤くなり、何とも言えず視線を合わせることも出来ずにそっぽ向いてしまう。

「おやおや、初々しいことだ」

 キヌ姉ちゃんがそんなこと言ってオレたち二人をからかうが、オレはそれどころじゃねェ。

 知らない相手より、知っている相手のこの変化は驚き以外の何物でもないし、何より……そう、なんていうのか恥ずかしい。

 もし、これが本当にオレの嫁さんになるために変わってくれたのだと思ったのならば、これ程の喜びはないんじゃなかと思えたりするし、きっとオレは抱きしめて喜びを表現する気がした。

「んじゃぁ、二人とも表の準備は出来たから、今度は内面の準備宜しく」

「は?」

「は?じゃなくてさ、君たち今から結婚する新郎新婦なんだよ?恋焦がれた相手と漸く結ばれる晴れの大舞台!表面上だけじゃいい写真は撮れないんだよ」

「い、いや……ま、まぁ言いたいことはわかったけどさ……内面って……」

 オレら、本当に結婚するワケじゃねーし、しかも、まだ付き合ってもいねーんだけど?

「自然としてりゃいいさ。君たちなら大丈夫」

「し、自然と……ですか?」

 ヒナタが首を傾げてキヌ姉ちゃんに声をかける。

 か細い声だったが、キヌ姉ちゃんはシッカリと頷いてオレたちをテーブル席へと導いた。

「ここで二人、暫く語らっておいて。私たちは最後の打ち合わせをするから……そうだ、先ほどの【結婚って何?】っていう議題で話してみてよ」

「あー、やっぱさっきのじゃ納得しねーわけだな」

「そりゃね、そんじゃその結果を後で聞かせてね」

「は、はい」

 パタパタ駆けていくキヌ姉ちゃんを見送りながら、オレとヒナタは真っ白なテーブルとイスを備え付けられた所で突っ立っているのもなんだからと隣り合わせて座った。

 普段とは違うヒナタにドギマギしながらも、オレは先ほどの疑問を早速ぶつけてみる。

 ヒナタの答えに興味があったからだ。

「ヒナタ、お前は結婚ってなんだと思う?」

「……え?」

 綺麗なヒナタを直視するには、まだオレ自身厳しいものがあって、少し視線を逸らせながら答える。

 あまりにも綺麗過ぎて、直視するには何だかオレの心臓が持たない。

「いや、キヌ姉ちゃんが言ってただろ」

「う、うーん……結婚は……何か……難しいよね」

 ヒナタも少し困ったようにテーブルの上にある花を見つめる。

 つられるように、オレもそちらに視線を向けた。

「だよな」

 腕を組んで溜息をついたオレに、ヒナタはクスクス笑いだす。

 その音すら、耳に心地いい。

「でもさ、オレでもいつかそういう時が来んのかな」

 不意にオレの口から零れ落ちた言葉は、やっぱり結婚という言葉を聞いてから自分には縁の無い話のように感じた要因である事柄であった。

 心の片隅で思ったこと、誰に話すことも無いだろうと思っていたことが、何故かヒナタの前に零れ落ちる。

「……え?」

「オレってば、ほら……人柱力だからさ」

 そう言ったオレは、苦笑以外浮かばなくて、視線はやはりヒナタから外したままだ。

「そんなの関係ないと思う」

 意外と強い口調で言われて、オレはビックリして思わずヒナタを見る。

 ジッとこちらを見る綺麗な瞳は、強い光りを宿しオレを見ていた。

「だって、ナルトくんはナルトくんだもの。きっと結婚って、相手の良い所も悪い所も、その人が抱えているものも全部ひっくるめて受け入れられるからするんだと思う」

「全部……」

「うん、だから……人柱力だから結婚出来ないってことはないと思うの。だって、ナルトくんの存在そのものが、その証明じゃないかな」

 緩やかな口調だが、いつものようにどもる事も無く、スラスラと柔らかな声で言葉が紡ぎだされる。

 艶やかな桃色の唇が紡ぐ言葉に耳を傾けた。

「え?」

「四代目様とクシナ様……お二人は人柱力だとか火影だとかそんなの全く関係なく、相手の全てを受け入れ愛したからこそ夫婦になり、ナルトくんがいる……だから、大丈夫」

 オレは呆然と、微笑むヒナタを見つめる。

 言いようのない何かが溢れそうでオレは思わず俯いた。

 いつもヒナタがしているように、オレが俯いてどうすんだよと思うのだけど、どんな顔をしていいかわからない。

 いつものような笑顔が出来ないだろうとわかっていたから、俯くしかなかった。

 オレらしくない顔、元気な顔が出来ない。

「無理しなくていいの、辛い時、哀しい時、困った時、どんな顔をしていても良いんだよ。無理して元気な姿を見せないで……お互いの素直な姿をお互いが認め合い、そして補い合い、共に歩んでいく……それが結婚じゃないかな」

「ヒナタ……」

「完璧な人間なんていない、だからこそ誰かを求める。だけど、それって……すごく大切なことなんだと思う……だって、1人で生きていけるなら、こうして手を取り合うことなんて出来ないんだもの」

 ゆっくりとした動作で、オレの手を握るヒナタ。

 何か神聖な誓いのように、互いの手を自然と握った。

 指を絡ませ、優しく包み込む。

「不完全だからこそ、自分に持っていない部分に惹かれ、お互いを補い合うんだと思う」

「不完全だからこそ……」

「うん、だから、共に歩いていける」

「共に……か」

「うん」

「ずっと……」

「うん」

「そっか……そうだな」

 オレはその時、ヒナタがとても綺麗で尊くて、そしてオレに持っていない素晴らしい強さを持っていると思った。

 そうか、こういう部分に惹かれていくんだろうな。

 オレにはない視点でいつも本質を見て、オレをオレというだけで受け入れる。

「へへ……なさけねーけど、いっつもそんな姿しか見られてない気がするってばよ。オレって本当格好悪いよな」

「そうかな?悩んでも苦しくても前へ進むナルトくんは、格好いいと思う」

 迷う事無く紡がれた言葉に、オレは大きく目を見開き、そして息をするのを忘れた。

 純白のドレスのヒナタは、本当にオレのための花嫁のように微笑み、そして愛しげに見つめてくれる。

 その視線がとても嬉しくて、とても大事に感じてオレも自然と微笑んだ。

「ありがとうな……ヒナタ」

「ううん、だって……いつも頑張っているナルトくんを知っているもの。時々疲れちゃうこともあると思う。でも、それを見せないで頑張っている……だから、だから言うの。頑張らないで?せめて私の前だけでも」

「ヒナタ……」

「同じ忍道を目指す同士という理由でも何でもいいから、だから、私の前だけでも……いいえ、私じゃなくてもいい、誰かの前では頑張らないで……でないと、ナルトくんがいつか壊れちゃうよ」

 オレは思わずヒナタの言葉を噛み締め、目を閉じ心で感じ取る。

 溢れんばかりの気遣いと、優しさ。

 どうしてお前はいつもオレに……そんな優しさをくれるんだ?

 経験がないような、そんな過分な優しさに息が詰まっちまう。

「守りたい奴の前で、頑張らないってどういう意味なんだろうな」

「……多分、ソレはその人を信じて、その人と共に頑張りたいんだと思う」

「共に……」

「うん、1人で……じゃなくて、一緒に頑張りたいから頑張らないの」

「一緒に頑張るために……か」

 そうか、同じ忍道を貫く者だから、お前の前で頑張らない……のか?もっと違う意味がありそうで、オレはジッとヒナタを見つめる。

 綺麗な綺麗なヒナタは、今日はとても特別に見えた。

 ヒナタがオレの嫁さんだったら、オレは今どんな気持ちになるんだ?

 これほどオレのことを考えて、これほどの優しさをくれるヒナタと共にオレは同じ道を歩んでいく。

 共に手を取り合って、今度こそ隣にならんで、同じ速度で……。

「ヒナタ……オレの手をこうやって握って、オレの後ろじゃなくて、オレの隣で、同じ速度で歩いてくれ」

「ナルトくん……」

「ずっとずっと一緒に……同じ忍道を……歩いていこう」

 オレの口から出てくる言葉。

 見つめるヒナタに視線をしっかり合わせて、そして言葉を彼女の心に届けるように紡ぐ。

「足りねェところ、今みてーに補ってくれ、オレが壊れそうになったらお前が手を貸してくれ、弱いオレでも良いなら……」

「足りないのはお互い様だよ。こうして手を繋いで歩いていたら、きっと大丈夫」

 ふわりと花がほころぶ様な、そんな可憐さと美しさを持って微笑むヒナタから目を離すことが出来ず、息を呑む。

 今日は何だ?

 何でこんなに、いつも以上に綺麗に見える?

「一緒に前を見て同じものを見据えられるなら、きっと何があっても前へ進めるよ」

 引き込まれるようにヒナタの目を見つめながら、自然と近づいたお互いの位置。

 いつものヒナタなら逃げてしまう距離なのに、彼女は逃げることなくオレを見つめ返す。

「……1人で守ろうなんてしないで?……誰だって心を注ぐだけじゃ壊れちゃう。お互いにお互いの心に注ぎあっていたら壊れないよ。それに弱くなんてない。自分の弱さを認められるのは、強いと思うから」

 一度手を解き、もう一度手を繋ぎなおし、指を絡めなおし、今度は離れないように掌を重ねる。

「オレもお前の足りないところはシッカリと補うし、お前が壊れそうになったら全力で支える。前へ歩む為に同じ歩調で、こうやってさ、手をとりあって進んでいこう。手を離さないように、横に並んで……同じ忍道を貫き……笑いあって生きていこう」

「うん、そうだね……」

 涙に潤むその瞳を見ながら、オレは微笑む。

 泣かしたいワケじゃない、ただ笑って欲しい。

 いつものように、優しく、柔らかく微笑んで欲しい。

「泣くなよ、それより笑ってくれ、お前の笑顔は見ているだけで幸せになれるんだからさ」

「幸せ……に?」

「ああ、だから笑えって!」

「ひゃぁっ」

 どうしたら笑ってくれるかわからなかったけど、オレはイスから立ち上がりヒナタの脇の下に腕を入れて抱き上げつつも、椅子とテーブルが邪魔にならない場所まで移動する。

 子供に高い高いするようなその格好に、ヒナタは驚き目を丸くするが、オレはそのままの姿勢で今度はクルクルその場で回り始めた。

 遠心力でドレスがふわぁっと揺れて広がるのが妙に幻想的で、オレは目を細めて見つめる。

 驚いた顔をしていたヒナタは、オレを見下ろしながらクスクスと楽しげに笑い出し、腕を伸ばしてオレの首筋に抱きつく。

 そのまま首にぶら下がるような形のヒナタを抱きしめ、オレは笑った。

「ありがとうな、同じ道を選んでくれて……」

「ううん、私のほうこそ、一緒の道を歩むことを許してくれて……ありがとう」

 そのまま微笑み合って、互いの存在が傍にある喜びを感じる。

 オレだけの花嫁だったら、きっと至上の喜びに包まれているだろうと思う。

 優しくて、あたたかくて、いつもオレのことを考えてくれる相手が、これからずっとそばに居て、一緒に歩んでくれる。

 光に満ちた先、きっと幸せをいっぱい詰め込んで、辛くて悲しい苦しみすら別け合って生きていく。

 だけど、それでも共にあるのならばすべて乗り越えていける。

 そして、何よりも守っていきたい。

 そっか、惚れた女を嫁さんに貰うって、こんな喜びかもしれない。

 そう思うと、自然と顔が綻んだ。

 きっと、この瞬間に男は誓うのかもしれない、この人を生涯守り通すことを……

 ヒナタの向こうに見える青空が、やけに印象的で、その澄み渡る青はオレの心に深く刻み込まれるようだった。









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