本当の笑顔 24




「すげー……」

 ナルトは思わず感嘆の声をあげ、ヒナタも驚いたように目を丸くしたまま固まっている。

 来賓が泊まる場所だと聞いていたが、まさか木ノ葉の里にこれほどの設備が整った場所があるとは思わなかったのだ。

 引き戸になっている扉を開けば、まず目に入ってくるのは、手入れの行き届いた植木たち。

 ガラス張りの中庭が目に入る。

 玄関の上がりかまちは一枚板になっていて、靴箱の横に聳え立つ太い柱と共に重厚感を演出していた。

 今にも仲居や女将が出てきて頭を下げそうな勢いの玄関だけであんぐりと口を開いてしまったナルトは、変なところで金をかけすぎだ……と思う反面、各国の賓客が訪れた時に失礼が無いように持て成す大国の意地のようなものなのだろうと溜息をつく。

 それが例え、忍の里であろうとも容認できるものではない。

(つまりは、火の国の大名がある程度納得するような設備もこの里には必要ってことかよ)

 木ノ葉の里の復興を考えるのならば、もっと優先すべき施設の建設であったり復興支援に対する資金の計上であったり、必要なところは沢山あるだろう。

 しかし、それを思い通りに予算として割けない綱手の気持ちを思うと、少しばかり心苦しく思えた。

 里のみんなが一丸となって里の復興を目指している中、それを一番妨げているのが己の国の大名という事実──

 そんなことを考えながら中庭を眺めるように長い廊下を歩いていくと、一つの部屋へと出た。

 板の間のリビングのような場所。

 ベージュの落ち着いたソファー3人掛けのソファーが二つと1人掛けソファーが二つ。

 それに、楕円形のガラスのローテーブル。

 そのテーブルセットの向こうには、大きなガラス戸越しに庭園かとも思えるような庭が一望でき、絶景といわざるを得ない。

 それだけしかない部屋には、左右に扉があり、左に通じる扉は一般的な扉よりも大きな引き戸のようになっていて、そのまま壁へと扉を引いて収納してしまえば、続き間になる仕組みになっていた。

 続き間になった部屋の奥にはダイニングキッチンがあり、細かな細工の行き届いた木造の6人掛け用ダイニングセットが備え付けてある。

 キッチンは遠目でわかり辛いが、色々な備品を取り揃えているようで、スッキリ見えるのだが、様々な収納が施されているようで、明らかに一般住居よりも格が上であるのは一目瞭然。

(こーいう場合、普通の家と比べるのがおかしいのか?外交で泊まって来たところって、宿とかが多かったはずだけど……そっか、木ノ葉はこうして持て成すワケか)

 いずれはこの部屋を我愛羅たち兄弟が使うこともあるだろうと思えば、少し複雑でもある。

 喜んでいいのか、悲しんでいいのか……

 この設備に見合ったほど、里は復興を遂げてはいない。

 体裁だけ取り繕ったようなこの設備に、苦笑しか出てこないのはそういう理由からだろう。

(でも、今はここのおかげでヒナタを避難させる場所が出来て助かったってばよ。とりあえず、ヒナタの体から何とかしねーとな)

 ソッと無言で彼女の背中に手をやり違う部屋へと促すと、キッチンの方を覗きたかったのだろう、残念そうな彼女の顔を見てしまえば、少し悪いことをしたような気分になるのだから、大概甘い。

「……元気になったらな」

「う、うん」

 今見てしまえば彼女のことだ、きっと料理がしたくなったとか何とか言いながら、あのキッチンに居座りそうだと、ナルトは内心溜息をつく。

 もともと彼女は料理を作るのが好きなのだろう。

 キッチンを見たときの目の輝きを、ナルトが見逃すはずもなかったのである。

(思いっきり、『こんなところで料理出来たら、楽しそう……』とかいう顔してやがったもんなー)

 危ない危ないと、背中を押す手に力を篭めて、先ほどのリビングに戻ると、そのリビングのもう一つの扉を開いてみれば、そこは廊下で、部屋に続いているだろうと思っていただけに拍子抜けしたナルトは、廊下の左手にある扉のない空間へ顔をひょいっと覗かせれば、洗面所であり、どうやらその奥はお風呂らしい。

 洗面所の奥の扉を開けば、脱衣所とバスタオルとタオルが収納されている棚があり、衣類を入れておけるカゴも常備されている。

 からりと音を立ててガラス戸を開けば、今度こそお風呂場で、個人宅のお風呂場の5倍はありそうな広さの中に、これまた一人がゆったり入れる浴槽ではなく大人5人くらいが余裕で入れそうな大きな浴槽があって、中には座れるように段差があり、その浴槽の横の壁には手すりもついてあって、様々な配慮が感じられた。

(これなら、ヒナタ一人でも平気か。つーか、明日いのとかサクラちゃんと一緒に入ったらいいよな。そーすりゃ、オレも安心だし……ま、まさか、オレが抱えて入るワケにもいかねー……だろっ!?)

 自分の考えにどぎまぎして、心臓が五月蝿いくらい騒ぎ出すのを感じながらも、ナルトは平静さを装い、ヒナタの背中に添えていた手をソッと押して出ることを促し、浴室を出て、元来た廊下へ戻る。

 そして、洗面所と浴室へ続く場所のすぐ隣に扉があり、コレはトイレだなーと思いながらも一応確認。

 多分ヒナタもそう考えていたのだろう、開いて見慣れたトイレの姿に、少しだけホッとする。

 それでもまあ、普通のトイレに比べたら空間は広いのだが、明らかにおかしいだろっ!?という空間の広さは無かったし、いたって普通に感じられるところから、もうこの火影別邸に随分毒されている気もしなくはない。

 廊下の突き当たりの右手に扉があり、中へ入るとすぐさまベッドになっているだろうと思っていたナルトは、広い空間にテレビや調度品、そして、細かな収納のできる場所であったり、ゆったり出来るだろうテーブルセットなどを見て、懲り過ぎだ……と思わなくもなかったが、それよりなにより、ふかふかの絨毯で敷き詰められた部屋へ一歩入り奥のほうへと歩いていくとこれまた扉があって、その扉の向こうに、漸く寝室を確認することができた。

 セミダブルのベッドが二つ。

 サイドボードを挟み仲良く並んでいる様は、何となく気恥ずかしくもあるし、共に同じ部屋で寝るということを強く意識させる。

 しかし、首をブンブンと振って、それはダメだろうと、ナルトは隣の部屋に布団を運んでしまえばよいかもしれないと考えていたのだが、ソレを見計らったようにヒナタがナルトの腕を掴んだ。

「な、ナルトくん……」

「ん?あ、心配すんな。オレは隣の部屋……」

「だ、ダメですっ、あ、あの……ど、どうか隣のベッド使ってください。い、一緒のベッドではないですし……そ、その……が、外交任務の時も……多分、そうなる可能性……た、高い……ですよね?」

「あー……そうだな。そ、それはあるけど……」

「じゃ、じゃあ、い、今から……慣れましょう?」

「う、うーん……でもさ万が一……」

「わ、私はナルトくんを信じていますし。それに、私にそんな気を起こすことなんて無いでしょう?」

「はあっ!?起こすかもしんねーって考えたから、隣へ行くって言ったんだろうが!」

「え?」

「あっ……」

 自ら思いっきり墓穴を掘ったカタチでの暴露に、ナルトもヒナタも同時に固まってしまい、なんと言っていいのかわからなくなる。

 自分に魅力がないから、そんな心配は皆無だろうと自信を持っていったヒナタは、それをナルトに全面否定されてしまい。

 胸が早鐘を打つほど意識して、女性的魅力に溢れた彼女にクラクラしてしまうから、何とか彼女の身の安全を確保しようとしていたナルトは、魅力が無いだろうと言われて『そんなワケあるかっ!』と叫びたい気持ちで、自らの胸の内を叫んで告げた。

 信じているといわれたら全力で応えるが、こればかりは自分にとっても未知の領域で、理性が本能に負けてしまえば何があるかわかったものではない。

「あー、だ……だから、オレをあまり信用すんな。……オレも男だから……」

「な……ナルトくん……興味……あるの?」

「ん?」

「えっと……あの……やっぱり……じょ、女性の体に興味があるの……かなって……お、思って」

 問われた内容を頭に入れて租借して考え、ナルトは思わず首を捻った。

 女性の体に興味は……確かに無いとは言い切れないが……ここまで取り乱すほど、理性と本能が戦うほどのモノでもない。

 目の前のヒナタであるからこそ、その想いが強くて……思わず手を伸ばしてしまうのだ。

 白い肌、熟れた白桃を思い出させる頬、不可思議な色を湛える瞳、潤い瑞々しい果実のようで喰らいつきたくなる柔らかそうな唇──

「い、いや……」

 言葉を濁したナルトは、とりあえずここから逃げ出すことを考え、手に持っていた荷物からパジャマを取り出すと、ヒナタへ押し付ける。

「とりあえず着替えろ!オレは外に出てるからっ」

「え、あ、は、はいっ」

 腕の中にすっぽり納まったパジャマを見て頷くと、部屋を出るナルトの後姿をどこかぼんやりとした瞳で見つめ、その視線を感じながら、ナルトは扉に手をかけて開き、体を半分外へ出した状態で立ち止まった。

 不思議そうに眺めるヒナタに視線を合わせることなく、彼にしては珍しいほど低く小さな声で呟く。

 その瞳にある色は、とくりと心臓を高鳴らせるほど、熱いモノを含んでいた。

「……誰でもってワケじゃねーよ」

「え……」

 聞き返した言葉は、パタリと閉じた扉の音に掻き消され、ヒナタはナルトがくれた返答の意味を考えるのだが答えが出ない彼の言葉にただ瞬きを繰り返す。

 いや、一つ思いついたことがなかったワケではない。

 だが、それはないだろうと否定している自分がいるし、何よりナルトに失礼な気がしてならなかった。

 だってそれを認めるということは、彼女にとって自惚れ以外の何者でもないような気がしていたからである。

 でも……

 たった一人残された部屋で、心が感じた疑問を素直に唇が言葉にするのを許されたような気がして──

「それ……って……わ、私だから……って聞こえちゃうよ、ナルトくん」

 呆然と口に出した言葉に真っ赤になってしまったヒナタは、ぎゅうぅっとナルトと一緒に入った店で彼がひと目で気に入り見つけてくれた淡いオレンジ色で手触りがとても優しいパジャマを抱きしめる。

 とくとくと心臓が五月蝿いほど脈打つのを感じながら、パジャマに顔を埋め、ヒナタは真っ赤な顔を隠すように、暫くその場に立ち尽くすのであった。







 index