本当の笑顔 22 外交の話を詰めたあと、ヒナタはふぅと吐息をつき、まずは自分がやるべきことが何であるかを考え、わかりすぎている答えにがっくりと頭を垂れた。 (やっぱり、体調を元に戻さないとだよね……) 呼吸器と胃腸の痛みは今だ続いているし、状況として考えるならば芳しくない。 テウチの用意してくれた雑炊が久しぶりに体の受け付ける食事として認識されたのか、いつもある吐き気も無かったのが助かった。 日向の家では、当たり前のように食事をとっていたのだが、自らの家で自らを偽り、弱みを見せないでいるというのは、『家』という概念からは程遠いように感じられる。 「……家が一番安らげないなんて……一番自らを偽る場所だなんて……違うよね」 ヒナタは意識していなかった。 本当に、心で思った言葉がそのまま口をついて出ていたのだ。 本人に言ってしまった意識は無く、どこか遠くを見ており、その呟かれた言葉は一同の耳にシッカリ届いていて、誰もが顔を上げる。 自らが語った言葉にも気付かず、まるでこの場を見ていないヒナタの目が何を見ているのか、それがわかりきっていたナルトは苦しげに息を吐き、ヒナタの頬に手を添えた。 「……?」 それに驚き、ハタと目に輝きを戻したヒナタは、先ほどガラス球のような目をしていた彼女と同一人物なのかどうかすら怪しく思える。 ……が、コレがヒナタの持つ闇であり、彼女が漸く口にしはじめた、彼女自身が感じ抱えてきた感情であった。 哀しいほど綺麗で透明な視線なのに、感情が篭らない瞳などして欲しくなくて、ナルトは今は不思議そうに瞬く目を見つめてから、ニッコリと笑う。 今はその言葉を言及することよりも、彼女に少しでもあたたかさを感じて欲しい。 例え、彼女の心を闇が包んだとしても、惜しみなく注ぐことの出来る己のぬくもりを思い出して欲しい。 そう感じたから── 「なあヒナタ。今晩からすぐに別邸だろ?少し買い物して行こうぜ。ほら、お前が食えそうなモンとか考えてさ。テウチのおっちゃん、何か負担かからねーもんねーかな?朝はココに食いに来るけど」 「そ、そうすると、ナルトくん、朝からラーメンに……」 「朝ラーメン!すっげー良いよなっ」 目をキラキラ輝かせていうナルトには申し訳ないのだが、ソレはあまりにも酷いのではないだろうか……と、今までの食生活を思えば、朝からラーメンもマシな方なのだが、そこまで知るはずのないヒナタは、内心頭を抱えてしまった。 彼からラーメンという好物を取り上げることは出来ないが、せめて、朝はバランスのとれた食事をして欲しいという願いを込めて、妥協案を提示する。 「……お、お昼にしませんか」 「んー、そうだな。どうせ、朝・昼・晩と食わねーといけねェんだし。昼のほうが良いか!そっちのほうが、ヒナタもゆっくり出来るだろうしな」 「か、かも……です」 「あー、ソレと、完全に体調治るまで安静にしてろってばよ。お前のことだから、掃除やら料理やらとか言い出すに決まってんだからな」 ぴくんっと反応したヒナタに、『やっぱりかよ』と呟いたナルトは、ヒナタの頬に触れていた手を動かし、むにぃっとほっぺたを抓んで口元だけの笑みを見せる。 目が笑っていないことは理解できるのだが、どうして良いのかわからず、ただ頬を軽くつねられているという状況に目を白黒させて対処に困り、されるがままであった。 「いいか?安静にしてろ。掃除も料理もオレが出来るってばよ。てか、一人暮らしナメんなよ」 「で、でも……」 「そりゃ、お前に比べたらレベル差が激しいかもしんねーけど、それくらい数でカバーだ、カバー!影分身でなんとでもなる!」 「え……と、その……」 「ついでに言うと、お前の見張り、一人はぜってーつけるからな」 「えっ!?」 ヒナタにしては意外なほど大きな声で驚きの声を上げた瞬間、ナルトの眉がピクリと動く。 その声色一つで彼女が何を考えていたのか把握してしまったのだ。 目を見ればわかる男は、今では声色だけでも色々とわかるようになってしまっているという進化を、ココで見せ付けてくれた。 「そこで驚くってことは、お前やっぱり何か企んでたろっ!」 「え……あ……えっと……そのぉ……いひゃっ、いひゃぃっ」 「そりゃそーだろうがよ。痛ェよーにしてんだからな。おー、よく伸びるなー、餅みてーだってばよ」 むにむにと頬を軽く引っ張りながら笑い声を出しているのに、棒読みというか感情が全く篭っていないところが反対に怖く感じられるナルトの笑い声に、軽く隣にいたカカシといのが身を引き、シカマルとサクラなどは額を押さえている。 散々引っ張って気が済んだのか、パッと手を離して、少しだけ赤くなった頬を優しく撫でさすりながら、ナルトはジーッとヒナタと視線を絡ませて口元に笑みを浮かべたまま、真剣そのものの瞳で語りかけた。 それはそれは低い声で── 「いいか?もう一度言うぞ。安静にしてろ。でねーと……力ずくでお前を動けなくしてやるからな」 「で、でも……」 「その際、方法は選ばねーから、そのつもりでいろってばよ」 どす黒い何かを背負ったナルトの笑みを見ながら、ヒナタはヒリヒリする左頬とその頬を撫でさするナルトの優しい手つきとは裏腹のただならぬ気配を嫌というほど感じて、涙目になりコクコク頷いた。 もう、『力ずく』だとか『方法は選ばねー』でどうこうするという時点で、本気でナルトに任せて大丈夫か?と、キバとシノは顔を見合わせたのだが、こうでもしないと彼女がなんだかんだ言いながら動くということも知っていたが為に、ナルトの判断は最適のように思える。 そんなナルトとヒナタのやりとりを見ていたサイが、良いことを思い出したとでも言うように、ナルトに声をかけた。 「ナルト、暗部の薬に、体を動かせなくなるモノがありますけど、使うなら用意するよ」 「へー、そんなモンもあるのかよ」 確かに薬で動きを奪うというのも手だが、そこまでしてやりたくはないというのが正直な感想である。 腕の中で脅えた瞳で見上げてくるヒナタを見れば、到底出来るとは思えない。 腕ずくで押さえつけるといっても、自らが彼女の体を傷つけるモノではなく、単に今みたいに抱きかかえて傍にいれば良いと考えているだけなのだから…… まあ、その際に、二度とやらないように説教や、多少の『お仕置き』は必要だろうが── 「ええ、尋問用ですけど、動いては困る相手を縛り付けるのにはうってつけですからね。そうだ、あともう一つあるよ」 「ん?」 「ある意味動けなくなること受けあいだけど……ナルトも大変だと思う代物が一つ」 「は?」 「媚や……がふっ」 「黙ってろってばよ」 目にも留まらぬ速さで自らのドンブリにあったレンゲをサイに向かって投げたナルトは、腕の中でキョトンとして首を傾げているヒナタに、ホッと安堵の吐息をついて、何となくサイが言っていることがわかってしまった一部の同期は頬を赤くしてしまう。 「な……何……だろ?」 知っているらしいナルトと、そのナルトに投げられたレンゲの直撃でひっくり返ってしまったサイを交互に見ながら、ヒナタはこてんと小首を傾げて教えて欲しいという願いを込めて自らを抱えている彼を見上げた。 その視線から逃れるように視線を外し、顔を横へ向けてしまったナルトは、低く呻くような声で言葉を絞り出す。 「知らなくて良い。寧ろ知ってくれるなってばよ」 「……え?」 「そのままでいてくれ……マジで」 ガックリと肩と頭を力なく落としたナルトに、ヒナタは目を瞬かせて小首を傾げるばかり。 そして、その対照的な二人に、綱手は笑いを堪えきれず体を小刻みに震わせ、シズネもソレが移ったかのようにぷるぷると口元を震わせていた。 「まあ、とりあえずは、冷たくなっちまったが、その雑炊食べさせてやんな。仕事するなら少しでも体力つけてもらわねぇとな」 「だなっ!」 テウチに元気良く返事したナルトは、雑炊に入っているレンゲを無造作に掴むと、ソレを口に運び一口食べる。 「オイオイ、ナルトが食べちゃダメだろうが」 「へへっ、懐かしい味だってばよ……でも、冷たくなり過ぎたみてーだな。ちょっとあったけースープ足してくんねェかな。コレじゃ、多分痛むと思うんだってばよ」 「それもそうだな。ちょっと待ってろよっ」 そういって、どんぶりを掴んで奥へ引っ込むテウチを見送るナルトを下から見上げて、ヒナタは少しくすぐったいような心持で唇をきゅっと結ぶ。 ナルトの細かな心遣いを垣間見たサクラやいのなどは、目をパチクリさせてしまい、本当にあのがさつで調子の良いナルトと同一人物なのだろうかと首を傾げる。 優しいとは知ってはいた。 しかし、彼の優しさはいつも空回りしている行動で半減していたような気がする。 (そういえば……コイツ、ヒナタの前だと行動がやたら様になってなかった?) いのは頭の中で思い出せる限り、ヒナタの前でのナルトを思い出してみれば、確かにそんじょそこらの男など歯が立たないくらい男前な行動が目立った。 サスケには劣るけど……と、心の中で呟こうとするのだが、もし、自分がヒナタの立場ならばどうかと考え直すと、今の状況などから考えて、同期ではトップクラスだろうと結論が出てしまう。 (ヤダ、コイツ……ヒナタの前だと、すっごい男前じゃないっ!) 思わずナルトとヒナタを見つめていのは目をパチクリさせると、意外とこの二人、自覚が無いときから互いの存在を受け入れあっていて大事にしていたのかもしれないと思い至り、それならば、彼女の心の奥底をナルトが見通せたのもシックリくるような気がした。 (ま、カッコイイのが自分の前だけっていうのは、ときめいちゃうわよねー。実際……わかるもの) ナルトにレンゲを投げられ、顔面ヒットで沈黙せざるを得なかったサイをチラリと見て、口元を緩めてしまう。 (普段あんなカンジだけど、私の前では……結構イイ男だから……ね) クスリと笑ったいのに、シカマルとチョウジが顔を見合わせ首を傾げるのだが、その視線の先を知り、口元を緩める。 いのの新たな恋を知った二人は、今度こそ、彼女の気持ちが報われることを祈りながら、シカマルは珍しくおかわりを頼むべく口を開き、チョウジもタイミングを計ったように、同じものを頼む。 その二人の様子に、いのがビックリして視線を戻して笑うと、やっぱり泣いているよりこっちのほうが何十倍も良いと、顔を見合わせてシカマルは苦笑し、チョウジは朗らかに笑うのであった。 |