七夕 後編




 ナルトくんが笹を取りに行く後姿が見えなくなるまで手を振り、見送ったあと振り向いた途端、アカデミーの生徒の女の子たちが、わっと群がる。

 え?と驚いていたら、女の子たちは僅かに頬を赤く染めながら、私に向かってビックリするような言葉をくれた。

「あ、あの、英雄のナルトさんの彼女さんですかっ!?」

「え……えっと……えええええっ!!??ち、ちがっ、違いますっ」

 助けを求めるようにイルカ先生を見ると、イルカ先生もどこか微妙な顔つきで笑うばかり。

「せ、先生……」

「いや、確かにそう見えて不思議じゃないな……とね」

「い、イルカ先生っ!」

「ナルトがヒナタを大事にしているのは伝わるよ。仲間、友達というには……いささか深い感情のような気がしてね」

「そ、そんな……そんなこと……」

「ヒナタはナルトの為に、あの里の惨劇の中、命を投げ出す覚悟で1人強敵に立ち向かった。それは子供たちの中でも有名な話だ。そんな二人が恋仲になったら、そりゃラブロマンスものじゃないか」

「い、イルカ先生っ、こ、子供たちを煽らないでくださいっ」

 アカデミーの子供たちがきゃーきゃー騒ぐ中、穏やかな顔をしているイルカ先生。

 悪戯にこういうことをいう人ではないのに……。

「ヒナタがナルトをこの子たちくらい小さな頃から見ているのを知っている。だから、そうなったら嬉しいのかもしれない……我が事のようにね」

 優しい兄のような目で見つめられ、私はもうなにも言えなくなり、苦笑を浮かべる。

 本当に、ナルトくんのお兄さんなんだ……イルカ先生は……。

「そ、そうなってもならなくても……ナルトくんが幸せであるなら、私はそれでいい……ナルトくんが笑顔でいてくれるならそれだけで」

「……そうか」

 微笑む私に、イルカ先生も優しく微笑んでくれる。

 そして、生徒たちに声をかけ、テーブルへ促し歩き始めた。

 私もイルカ先生の後ろに続いて、前を駆けて行くアカデミーの生徒たちを見つめながら歩く。

「だが、覚えているといい」

「え?」

 振り返らずに、イルカ先生が唐突に話しかけてきて、私は一瞬戸惑う。

 けれど、その声が静かで柔らかかったので、黙って耳を傾けた。

「ナルトは誰にでも優しいけど、プライベートなところまで許す相手じゃない」

「……え?」

「ナルトにとって、不可侵領域がある。ヒナタはそれを感じたことはあるかい?」

「い、いいえ……」

「なら、そこまでナルトはヒナタに心を許しているってことだよ」

「……ど、どうして……」

「ナルトを真っ直ぐ見てみなさい。今までのこと全部チャラにして、今のナルトをシッカリと見るんだ」

「イルカ先生……」

「そうすれば、おのずと答えは見えてくるよ」

 振り返り優しくあたたかい笑顔でそう言ってくれたイルカ先生に、ああ、やっぱりいつまで経っても、この人は先生なんだなと思いつつ、私は頷いた。

 テーブル席について、作業している子供たちに混じって飾りを作っていると、とても懐かしくて自然と笑みが浮かんだ。

 確か、これくらいの頃に、ナルトくんがハサミを持っていなくて、私がおそるおそる差し出したんだったよね。

 もう覚えていないだろうけど……。

 今でも、私の宝物のひとつ。

 元気のよい子供たちは、カラフルな色紙を、ああでもないこうでもないといいながら組み合わせて、それを張り合わせリングを作っていたり、様々な形に切り抜いたりしている。

 女の子はやっぱりセンスがいいのかな、カラフルで可愛らしい。

「ヒナタ、すまない。ちょっと呼ばれたから行って来るよ」

 イルカ先生に声をかけられ、そちらを見ると、他の先生がなにやらトラブルがあったらしく、慌てた様子でイルカ先生を呼んでいた。

「はい、こちらは気にせず行って来てください」

「すまないね。みんなも大人しく、ヒナタの言う事を聞くように、いいなーっ!」

 そう叫ぶように言いながら、イルカ先生は走り去っていく。

 小さな頃の姿そのままのイルカ先生に、私は頬が緩んだ。

「ヒナタお姉ちゃんも、イルカ先生の生徒だったの?」

「うん、私もナルトくんもそうだよ」

「へー、イルカ先生って、すごい先生なんだー」

「凄く優しくて、厳しいところもあるけど、生徒のこと一番考えてくれている先生だよ」

 私がそう言うと、子供たちも覚えがあるのか、それぞれ照れたような笑いを浮かべる。

 やっぱり子供に慕われる、いい先生だと思う。

 和やかな会話をしながら作業に没頭していると、作業テーブルの端で、大きな声が上がった。

「お前が妹に怪我させたんだなっ!」

「わ、わざとじゃないよっ!」

「許せねぇっ!」

 えっ

 瞬間、見えた閃き。

 私は反射的に柔拳の構えをとろうとして、静止し、間に合えとばかりに腕を伸ばした。

 手の甲に痛みが走るけど、深くない。

 カッターナイフがかすっただけ……それを手刀で叩き落し、血が皆の作った飾りにつかないよう、慌てて右手で傷口を押さえる。

「……こ、のっ!」

 子供たちは驚き固まっているが、手刀でカッターナイフを落とされた子供は、それでも目の前の男の子に掴みかかろうとした。

「や、やめ……」

 メチャクチャに暴れる子供を取り押さえようとして、昨夜の傷口をしたたかに蹴られ、思わず口から呻き声が漏れた。

 傷口……開いて……。

 思わず蹲りそうになりながらも、必死に子供たちの間に割ってはいる。

 痛みに負けてなどいられない。

「ヒナタっ!!」

 子供たちの間に入って凌いでいた私に、聞きなれた声が飛び込んできた。

「何やってんだ、お前らっ!!」

 私の傾ぐ体を支えたナルトくんと、影分身のナルトくんがそれぞれ1人ずつ押さえ込み、心配そうに覗き込んできてくれる。

「大丈夫か?……怪我してんじゃねーか……ったく、昨日も怪我したところだってばよ」

「だ、大丈夫……これくらい平気」

「で、何が原因だ」

「よ、よくわからないの、急に騒ぎ出して……」

 私はホッと息をつき、ナルトくんを見上げると、彼は厳しい顔つきをしたまま、影分身に押さえ込まれている子供を二人見つめた。

「どーいうことか、説明してくれってはよ」

「こ、こいつが、オレの妹に怪我させたんだよ!」

「わざとじゃないっ、それにちゃんと謝ったよ!」

「お、お兄ちゃん……」

 どうやら双子の妹さんのおでこの怪我は、黒髪の男の子が不注意で負わせてしまった怪我らしく、茶色の髪の女の子に良く似た男の子がその事実に怒り出したようだった。

「怪我させたんだから、同じように痛い目に合わせて何が悪いんだっ」

「そうか」

 ナルトくんの声が、ひとつ低くなる。

「大事な妹に怪我させたから、こいつを傷つけるってんだな」

「そうだよ!」

 ナルトくんの瞳が鋭くなり、茶色の髪の男の子を睨みつけた。

 僅かに殺気を交えながら……

「だったら、お前もオレに怪我させられても文句はねーわけだ」

「……え?」

「お前も、オレの大事なヒナタに怪我させたんだ。お前の理屈から言うと、そういうことになるだろ」

 え?

 私が声も出せずに、目を見開きナルトくんを見つめる。

 騒ぎを聞きつけて慌てて戻ってきたイルカ先生も、ビックリしたような顔をしてナルトくんとその子たちの話を聞いていた。

「大事なヤツが傷つけられたから、相手を傷つけて、そしてその相手を大事に思うヤツが、またお前を傷つけ……そして、お前を大事に思うヤツが、また……それを繰り返すのかよ」

「……だ、だって……」

「傷つけた後、何がある。アイツ、謝ってんだろ?それを許すってのも、強さなんだぜ」

「つよさ……」

「ああ、己の心にある、その黒くて大きくて深いモノを押さえ込み、相手を許す。それって、強い心がねーとできねェことだ。相手が悪いって言うほうがどれだけ楽だよ」

「あ……」

「それに、お前、妹にあんな顔させてまでやることか?」

 ナルトくんに押さえ込まれていた茶色の髪の子が自分の妹を見つめ、そして泣きそうな顔をする。

 妹さんは、ボロボロ泣いて、「ごめんなさい」と黒髪の子に向かって謝っていた。

 黒髪の子も、困ったような顔をしつつも、同じように謝っている。

「お前の一時の感情が、ああやって二人を苦しめた。お前は、ソレでいいのかってばよ」

「……」

「それに、忍を目指すなら覚えておけ。感情のままに力を振るうのは、バカのやることだ。刃は人の命を簡単に奪える凶器だ。強い力であればあるほど、その意味を考えて使えってばよ。でねーと、お前だけじゃなく周りにいる人間も傷つく」

「……ご、ごめんなさい……」

「オレに謝んじゃねー。アイツら二人と、怪我させたヒナタに謝って来い」

 歯を食いしばり頷くと、男の子は私にまず謝り、それから二人のところへ行って、謝ったあと、三人して泣き出した。

「……やっぱり、ナルトくんは凄いね」

「ん?すげーのはヒナタだってばよ。オレだったら、反射的にがきんちょ弾き飛ばしちまってた。お前は一度止まったろ」

「み……見てた……の?」

「ああ」

 太陽のような笑みを浮かべて、ふわりと私を抱き上げるナルトくん。

 その自然な動きに、私は声も上げる間も無く固まると、生徒から黄色い声が上がった。

 は、恥かしいよっ

 なっ、ナルトくんっ!

「イルカ先生、救急箱持ってきてくれってばよ」

「ああ、それならそこにある」

 私をイスに降ろすと、跪くように私の足を自らの膝に乗せ、裾を捲り上げる。

「な、ナルトくんっ」

「手もだけど、足のほうが痛かったろ」

「で、でも……」

「傷口開いてんじゃねーか……ったく……昨日の今日だってのに。コレだからお前から目離せねーんだってばよ」

 柳眉を険しくして、下から私を見上げるナルトくん。

 傷口の血を拭い、傷薬を手早く塗り、布をあててから丁寧に包帯を巻いていく。

「ほら、今度は手……」

「で、でも……」

「影分身で押さえ込まれてされるのと、どっちがいい」

 有無言わせぬ迫力に、私はオロオロしつつも黙って手を差し出した。

 いまのナルトくんの迫力だと、絶対に押さえ込んでもしそうだもの……。

「ったく、オレのいないところでばっか怪我しやがって」

「だ、だって……」

「オレが守れねーじゃねェかよ」

「……ナルトくん……」

「オレがいたら、こんな怪我させねーのに……」

 切なそうな目で言われて、私はどうしていいかわからず、俯いてしまう。

 その真意がわからなくて、過度な期待をしてしまいそうで……。

 優しく触れてくれる手が、泣きたくなるくらい嬉しい。

「ほら、もう怪我すんじゃねーぞ」

「う、うん、ありがとう、ナルトくん」

「おう」

 漸くいつもの優しい笑顔をくれたナルトくんに、ホッとして視線を上げると、子供たちが微妙に頬を赤くしていたり、イルカ先生がニヤニヤしていたり……

 え、えっと……なんだか恥かしい……

「ったく、場所を選びなさいよね」

「子供たちの教育上、よくないんじゃなーい?」

 良く知った声に、私があっと声を上げると、手をひらひら振って、サクラちゃんといのちゃんがいつの間にかイルカ先生の近くに立っていた。

「あ、二人とも、どうしたの?」

「サクラちゃん、いの、何だ?アカデミーの手伝いか?」

「違うわよ、そろそろお手伝い終了でしょう?ヒナタ、今年も浴衣っ!」

 いのちゃんが紫色の地で朝顔の浴衣に黄色い帯を差し出してきて、サクラちゃんは黒地に桜柄の浴衣にピンクの帯。

「あ、うん、着付けだよね」

「お願いね」

「サスケくんが選んでくれたの!絶対コレ着るんだからっ!」

 テンションの高いいのちゃんとサクラちゃんを見つつ、イルカ先生とナルトくんは呆れたような顔をしている。

 女の子には、結構重要な話なんですから、二人ともそんな顔しないでね?

「なーなー」

 私の袖をついついと、ナルトくんが引っ張る。

「あ、ご、ごめんね、まだ任務の途中で……」

「あー、いや、そーじゃなくってさ」

「え?」

「ヒナタは着ねェの?」

 一瞬ナルトくんの言っている意味がわからず、私はキョトンとして、ナルトくんを見つめ返す。

「いや、だからさ……ヒナタは浴衣着ねェのかなーって……」

「そうよね、ナルト!」

「やっぱり着て欲しいわよねっ!」

 いきなり大きな声を上げたサクラちゃんといのちゃんにビックリしつつも、ナルトくんは頷く。

 え?ど、どうして?

「やっぱりヒナタの浴衣姿、ナルトも見たいんじゃない」

「いや……まー……その……似合いそうだし……」

 頬を指で掻きつつそういうナルトくんを見つめながら、目を瞬かせてしまうが、彼が見たいというのなら着てみるのもいいかもしれない。

 喜んでくれるなら、それくらいの労力は惜しくないよね。

「ヒナタの浴衣、ちゃーんと準備してるんだなー、これがっ!」

 と、いのちゃんが、私に浴衣を見せてくれた。

「あ……」

 白地に薄紫と紫色のおおきな芍薬柄、それに合う藤色の帯。

 その柄に覚えがあった。

 あ……それ……母様の……。

「ヒアシさんが、ヒナタに渡してくれって」

「父上が……それ、母様の浴衣なの……着て良いんだ……嬉しいな」

 自然と溢れる笑みに、いのちゃんもさくらちゃんも笑ってくれる。

 勿論、私の横で、ナルトくんも嬉しそうな顔をしてくれた。

「よし、ナルト、今年もお前の浴衣も用意しておくからな」

「ありがとうってばよ、イルカ先生!」

 ひと騒動あったけど、ナルトくんが持って帰ってきてくれた立派すぎる笹に、何とか短冊の飾り付けを終えた頃、辺りは夕暮れに染め上げられオレンジ一色に染まる。

 子供たちもそれぞれ親に迎えに来られ、手を振り帰って行く中、私たちは片づけを終え、そのまま教室をひとつ借り、いのちゃんとサクラちゃんの着付けを行う。

 二人とも姿見でチェックして、その出来栄えに満足してくれたようだった。

 いのちゃんがそれぞれの浴衣に合わせて、髪を結い上げてくれて、それぞれ準備万端。

 私たちの準備を待っていたナルトくん……と、いつの間にか到着していた、サスケくん、シカマルくん。

「遅ぇ」

「ご、ごめんねっ」

 白地に裾にだけ墨絵のような龍の模様の入った浴衣を着こなしたサスケくんが、颯爽とサクラちゃんを連れて行ってしまう。

 何だか……凄いなぁ。

「ったく、めんどくせーな、お前は時間かかりすぎなんだっつーの」

「うるさいわね!女が時間かけるだけのことはあるでしょっ」

「へーへー、んじゃな」

 シカマルくんも、私とナルトくんに手を上げて軽く挨拶をすると、そのまま行ってしまう。

 草色の浴衣に黒の帯、少し渋い色彩感覚だけれど、それが似合うのが凄いなと思った。

「ヒナタ、オレたちも行こうぜ」

 黒地に近くで見ないと判りづらいくらいの墨色で描かれた模様の入った浴衣に、オレンジと黒の帯を身に纏ったナルトくん。

 うわぁ……す、凄く大人っぽい……

「あー……」

「ど、どうしたの?」

「いや……なんつーか……やっぱ……綺麗だな」

「え?」

「だ、だから、ヒナタが綺麗……だな……ってさ」

 ぽんっ

 音を立てたように私の顔が真っ赤に染まる。

 ナルトくんの頬も、赤くなっていて……互いに恥かしいけど……

「あ、あの……ナルトくん……大人っぽくて……素敵……だね」

「お、おう……さ、さんきゅ……」

 ぎこちなく笑い合い、顔を見合わせ、微笑み合う。

 そして、自然と手を握られて、私たちは外へと歩き出した。

 今日は七夕。

 願いを掲げに行きましょう。

 アナタとこうしていつまでもいられるように……

 年に一度など、足りはしない。

「ヒナタ、屋台も出てるみてーだから、一緒に行こうぜっ!」

「う、うんっ」



 こうして手をとりあって、ずっとずっといられるように願いましょう。



 大好きなアナタと共に──





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