3.オレら夫婦だろうが 二時間後きっかりに起きた私は、起こしに来たナルトくんとバッチリ目があってしまい、どことなく恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。 そんな私に気づかなかったのか、それとも気になったのか、ナルトくんはベッドの縁に座ると、私の額に手をあてて、熱が無いかとおでこを撫でた。 その感触がとても優しくて、思わずうっとりと目を細めてしまっていたら、彼は少しだけホッとした顔をしてから笑いかけてくれる。 「へへっ、もう大丈夫みてーだな」 「ごめんね……こっちへ来て早々……」 「ばっか、気にすんじゃねーよ。起きれそうか?」 「う、うんっ」 これ以上ナルトくんに迷惑をかけられないもの。 私は慌てて掛け布団をめくり、ベッドの縁から立ち上がろうとするのだけど、いきなり立ち上がったのが悪かったのか、眩暈を覚えてくらりと体を傾がせてしまう。 このままベッドに逆戻りかな……と、悠長に考えていた私の体は、力強い腕に抱きとめられたと同時に引き寄せられ、身動きもままならないほどの力で拘束されてしまった。 そんなことがこの場で出来るのはひとりだけ…… 恐る恐る見上げると、少し眉間に皺を寄せて難しい顔をしたナルトくんが、私をジッと見下ろしていた。 迷惑かけちゃダメって思ったところで、また迷惑をかけてしまった事実に、思わず溜息が出てしまうほどなんだけど、それよりもナルトくんに怒られるかなぁ……と、眉尻を下げて彼を見つめていれば、彼のほうが何かを確認して安堵したように息をつき、私の頭にその大きな手を乗せる。 「ったく、無茶すんじゃねーよ。お前って、意外とおっちょこちょいだな」 「そ、そう……かな?」 「あんまり心配させんじゃねーってばよ。どうする?その様子だと風呂……は、後回しのほうが良さそうだな」 「で、でも……汗……」 「汗?んな匂い全然しねーってばよ。お前、香水でもつけてんの?」 「そ、そんなの……つけて……ないよ?」 「んじゃ、コレってヒナの匂いか?すげー甘いっつーか、いい匂い」 え、えっと…… あ、あの……凄いこと言われている気がするのは私だけ? スンッと鼻を鳴らすナルトくんに、思わず体がビクリと反応してしまうけど、仕方ないよね……だ、大好きな人が密着していてしかも匂いなんて嗅いで…… あれ? 密着……して? 恐る恐る見上げると、ナルトくんの顔がやけに近い。 近すぎる距離に、心臓がどくりと大きく音を立てて騒ぎ出すのを感じる。 ち、近いよっ すごく近いよっ、ナルトくんっ!! もう悲鳴に近い叫びを胸中で上げている私のことなんてお構いなしに、ナルトくんは何かを思案している様子で、私から一向に離れる気配がない。 夫婦として……当然?当たり前の行動……なのかな。 私が知ってる夫婦って、父様と母様だもの……色んな意味で普通の夫婦と違うのは理解しているつもり。 夫婦仲は良かったと記憶しているけれども、接触というか……こういう風にしていた記憶は全く無い。 「よし、とりあえず買い物にしよう。風呂なんかで倒れられたらオレどうしていいかわかんねーし」 「え、あ……そ、そう……だね」 「お、おう」 確かにお風呂で倒れたりしたら、ナルトくんに迷惑……どころか、トラウマになっちゃうモノをお見せするかもしれないしっ! ソレだけは回避しなくっちゃ……って、今回の任務、時と場合によっては、そういうことにも……なるんだよね。 覚悟していたのに、ナルトくんと二人だと、どこか心が安らいでしまって忘れがちになる。 何だろう……こう、ナルトくんといると安心というか……とても落ち着く。 ナルトくんが大好きだから? ううん、多分、彼に裏表がないから── 日向の屋敷よりも落ち着くのはそのせいかも…… 「よし、んじゃ買い物行こうぜ。荷物もちはオレがしてやるから気兼ねなく買い物してくれってばよ」 「な、ナルくんも選んでくれると嬉しいんだけど……」 「おう、二人で選ぼうな」 ニカッと笑い返された私は心がぽかぽかとあたたかくなるのを感じて、口元に自然と笑みが浮かぶ。 何て優しいんだろう…… ナルトくんは優しい人だけど、もっと優しい気がする……気のせい……かな。 やっと体を離され、暫く私がちゃんと動けるかどうか確認していたナルトくんは、私に異変がないのを見て納得したのか1つ頷いてから寝室を出て居間へと移動する。 私もそれに習い、居間へと移動すれば、ナルトくんが黒の薄手の上着をサッと着込み、ナルトくんとお揃いの白い薄手の上着を持ってスタンバイしていた。 このお揃いというのに、とてつもないいのちゃんの企みというか思惑というか……そういうものを感じてしまうのだけれども、でも仲が良いということのアピールにはいいのかも知れないし……見た目で仲の良さが伝わるのは効果的なことなのかもしれない。 でも、どうしてナルトくんが上着を持ってスタンバイしてるのかな。 そ、それって……まさか、着せようとかそういう…… 「ほら、腕通せよ」 「えっと……あの……」 案の定そういうつもりだったナルトくんは、上着を広げて私の背後に回りこみ、右手から袖を通せとばかりに上着を広げる。 そ、それって……あの……本来、私がやるんじゃ…… 「左からのほうが良いか?」 「い、いえ、右から……で」 「ん」 ほら、早く着ろというように行動で示されてしまった私は、おずおずとその上着に袖を通し、両腕を通したのを確認したナルトくんは、今度は正面に回って襟を正してくれたあと、上着のボタンまでとめてくれた。 「よし、あとはマフラーいるか?寒くねーか?」 「だ、大丈夫……」 「帽子もあるぜ?」 「う、うん……で、でも……だ、大丈夫だからっ」 何故だか至れり尽くせりのようなこの状況に、私の心臓はそろそろ持たない気がして、早くこの場所を離れたい。 なのに、ナルトくんは納得していないようで、私の髪を無造作に掬い上げてはするりと落とす。 この行動を数回繰り返す彼の仕草に、私の心臓が更に騒がしくなってしまうのだけれども、そんなことが彼に伝わるワケもなく彼の気がすむのを待つしかない。 恥ずかしくはあるけれども、ナルトくんが私の髪に触れているのが気持ち良いと感じてしまうのだから仕方が無いとも思えてしまう。 そんな無言の時間が数分過ぎ、何を思ったのか寝室へと戻ったナルトくんは大き目のツバのついた帽子を持ってきた。 「えっと……」 「被ってろってばよ」 「え?」 「日差しが厳しいだろ」 「あ……」 反論することを許さないかのように、ナルトくんはそのまま私に帽子をかぶせると、ツバを持って調節をしてからニッコリと笑ってくれる。 その笑顔がとても無邪気で優しくて…… 顔にかああぁっと火照るのを感じ、そんなみっともない顔を見られたくなくて、私は思わず俯いてしまう。 な、何だか……恥ずかしい…… 「よし、買い物袋も持ったし、行こうぜ」 と、言ったナルトくんのあとについて歩き出そうとしたのだけど、俯いていた視線に彼の手が入ってきて、思わず首を傾げてしまう。 何か……手を……差し出されている……みたい? 「ほら、手」 「……え?」 「だから、『手』だってばよ」 「……手?」 「あーもーっ!」 いつまでもキョトンとしていて話が進まないと思ったのか、ナルトくんはいきなり声を上げてから私の手をひったくるように掴んでしまった。 ぎゅっと握られた右手…… 彼の大きな左手が私の手を包み込み、その大きさに安堵よりも驚きを覚える。 同じ歳の男の人の手……こんなに大きなものなんだろうか…… そんなことを考えている私の手を握り、ナルトくんは彼にしては珍しく無言で玄関へと向かう。 で、でも…… どうして……手? 「ったく……調子悪いんだから、ちょっとは頼れよな」 小さくぼやいた言葉が聞こえて視線を上げれば、彼の耳が少し赤いような気がして…… そんな……こと……あるの? 「家に帰るまで手、離すんじゃねーぞ」 少しぶっきらぼうに告げられた言葉に、私は慌てて言葉を返す。 だって、こんなの見られてしまったら誤解されちゃうものっ! それって、ナルトくんにとって、とても不利なんだと思えたし、彼の好きな人に誤解なんてされたら……ナルトくんにより一層の迷惑をかけてしまう。 「人に……見られちゃうからっ」 そういって手を離そうとした私の手を、意外と強い力で離れないように握ったナルトくんは、片眉を上げて訝しげに私を見てからヤレヤレと溜息をついて苦笑を浮かべた。 「オレら夫婦だろうが、手を繋いでオカシイかってばよ」 あ…… そ、そうだった…… い、今は夫婦…… そう、ナルトくんと夫婦なんだよね。 目を数回瞬かせたあと、私はそうでした……という視線をナルトくんへと送ると、彼は何も言わずにニヤリと笑ってから私の腕を引っ張った。 「お前、オレの奥さんなんだから、他の男についていくんじゃねーぞ」 「そ、そんなことあるわけがないよっ」 「ふーん。んじゃあ、オレから離れるなよ?」 「は、はいっ」 その返事で彼はニッコリと笑ったあと、優しくエスコートしてくれるように私をアパートの外へと連れ出してくれる。 ぱたりと閉じるアパートの部屋の扉の鍵を閉めて歩き出す私たち……何だかとてもくすぐったくて、とても新鮮な気持ち。 誰の目を憚ることなく、彼と一緒にいられる喜び。 そして、少しの罪悪感。 任務だってわかっていても、やっぱり嬉しいという気持ちは抑え切れなくて…… ごめんね、ナルトくん。 私、すごく嬉しいの……ごめんね…… 心の中で詫びながら、優しい彼の手を少しだけ握り返した。 すると、ナルトくんがビックリしたような顔をしたあと、私のほうを見てとても優しく微笑んでくれて……そんな笑顔、いままで見たことがなくて…… 演技かと思ったけど、そうじゃない。 彼が素の姿を見せてくれていることが嬉しいと思う反面、私でよかったのかという気持ちが浮かんでは消えていく。 嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ちが交互に浮かびあがっては沈み。 まるでシーソーのように交互に揺れ動く気持ちが滑稽で…… だけど、彼のそんな姿がもっと見たいと思う私の気持ちを抑えることは出来ない。 欲張りな私…… 近づけたら近づけただけ、もっとと求めてしまう心があるのだと、この時私ははじめて知った── |