過去からの贈り物 1




『ここは……』

 私は声を出したはずなのに、声は音にならず、己の鼓膜を震わせることもなく喉の奥に何かが引っかかったような違和感を覚える。

 目は瞳術封じの術式をくらって、瞼すら開くことが出来ない。

 何か粘着質なもので固められたのだと理解はしたのだけれど、それを手ではがそうとしても無理で、空を手で掻く様な無様なものであったに違いなかったろうと思う。

 サスケくんを狙った瞳術封じの術は、どうやら近くにいた私に反応したらしく、戦力を半減させられなくて良かったと正直に安堵の吐息をついたものだ。

 あとは、サスケくんとシノくんとサクラちゃんが何とかしてくれる……私はどこへ落ちたんだろう……。

 大きく吹き飛ばされて宙に舞った所までは覚えているのだが、それ以降の記憶はプツリと途絶えていた。

 目も見えず、声も出せない。

 これでは何も出来ないのも同じだと嘆息し、手のひらで地面を撫でてみれば、砂地というよりゴツゴツした岩が多い場所であるらしく、時折草の感触が手のひらに触れる。

『どうしよう……ヘタに動けないし、尚且つ音を立てれば敵に見つかる可能性も……』

 どうするか、何が最良なのかと頭の中で何度もシミュレーションして考えていると、意外と近くに人の気配を感じて振り返る。

「大丈夫かい?目が見えないのか、安心して良いよ、ボクも木の葉の忍だ」

 そういって私の手をとり、額宛に指を滑らせてくれた。

 確かに木ノ葉のマークが刻まれている。

 もしかしたら、時間は結構経っていて、捜索隊が出ているのかもしれない。

 かなりみんなに迷惑かけちゃったな……と、自己嫌悪に陥る。

「妙な術をかけられているね。ああ、コレは瞼に張り付いて医療忍者でも中々とれるもんじゃないな」

 ふわりとあたたかい感じがして、相手の声に耳を傾けた。

 どこか柔らかい声だけれども、力を感じる。

 この人……凄く強い。力だけじゃない……多分、心も。

「大丈夫、怖がらなくていい……ちょっと診せて貰うよ。……そうか、身代わりになったんだね。だから妙な術式で固定されてしまって、声まで奪われたワケか」

 喉をスッと撫でられ、思わず身を竦めてしまうと、相手の人は申し訳無さそうに謝罪してくれて、ふわりと抱き上げられた。

 驚き、声の出ない口を動かし声を出したが、やはり音にはならない。

「目が見えなくて、術式が不安定だから色々と体の機能が低下している。申し訳ないけど、このまま移動するから、暴れないで居てくれると嬉しいな」

 心配してくれているのだと理解し、私は大人しくその人に身を任せる。

 ナルトくんが知ったら怒るかもしれないけれども、どうしてかこの人は大丈夫だという安心感が先にあり、ホッと息を吐いた。

 ナルトくん……心配しているかな……ごめんね

「木ノ葉の里はすぐそこだ。それまで眠っていていいよ」

 その声に誘われるように私は意識がすぅっと闇に溶けていくのを感じ、必死に首を振るが抗い難い睡魔は後から後から押し寄せてくる。

 どうして……と思っていれば、声の主が苦笑して教えてくれた。

「術式が妙な発動をしてくれていて、キミのチャクラが恐ろしく枯渇状態なんだ。少し眠って回復したほうがいい」

 確かにそうかもしれないと、コクリと頷けば、その後はもう意識を保っているのも難しく、私は意識を手放し、脳裏に浮かぶオレンジ色の光に微笑みかける。

 もうすぐ帰るよ……ナルトくん。

 心配そうな顔をしている愛しい彼の顔を思い出し、私はただ安堵の吐息の中で意識を手放すのであった。







 次に目を覚ましたときは、どうやら病室のベッドの上だったらしい。

 目を開くことはいまだ出来ず、術式も発動しているままのようで、声も音になることはなかった。

 厄介……だよね。

 近くに人の気配がして、ああ、先ほどの人なんだと理解する。

 あたたかい感じ。

「不思議だね。キミは目が全く見えていないのに、ボクがわかるみたいだ」

 苦笑を浮かべているのだろうか、声のトーンからそれを察することはできた。

 優しい声の主。

「コレはボクが作ったスープ。自信作だから食べてみて」

 ソッと差し出された気配、だけど、それが何に入っているかまではわからず、手を彷徨わせてしまうとスープにダイレクトに指を入れてしまったみたいで、指先にチリッとした熱を感じ、慌てて手を引っ込める。

「あ……ご、ゴメン!だ、大丈夫かいっ!?」

 男性の声と同時に扉が開いた音がして、誰かが入ってくると、大きな声を出した。

 良く通る綺麗な声。

 この人の気配……すごく明るい、太陽みたいな……そんな気配。

 ナルトくんに似ている……

「全く、何やってるんだってばね!あー、もー、赤くなっちゃってる……可哀想に、ほら、貸して。大丈夫よ私が食べさせてあげるからね」

 そう言った女性は、私の手を握っていた手を離したかと思うと、男性からスープの入った器をうけとったのか、かちゃりと食器のぶつかる音がしてから、そろりと何かが近づいてくる気配を感じる。

 唇に金属のスプーンがやんわりとあてられて、そこにあるのだと教えてくれた。

 息を吹きかけるような音も聞こえていたから、冷めているようで、ゆっくりとスープを口に入れる。

 野菜の甘味と、多分牛肉をコンソメで煮込んだ優しい味。

 テールスープかな……

 数種類のスパイスやハーブが難解かもしれないけれども、これなら何とか私にも作れそう。

「全く、こうして食べさせてあげるくらいの心配りも出来ないってばね」

「何ていうか……ほら、ボクのことは気配で察しているみたいだから、もしかして感覚でわかっているのかなって……」

「そんなワケないでしょう?この術式見てそう思うんだったら、もう一度勉強のし直しだってばね、ミナト」

「それはないよ、クシナ」

 苦笑してベッドを挟み会話している男女。

 しかも、その名前を聞いて、私はあり得ないことに驚き声を失う。

 今……ミナトと言った?

 今……クシナと言った?

 ナルトくんの……お父さんとお母さん……?

 この目が開いたのならと、私は悔しくて乱暴に目を擦る。

「ダメだってばねっ!目に直接モノがあるわけじゃないの。これは術式が発動していてそういう感覚に陥っているだけで、アナタの目を覆っているものは別なのよ」

 優しく手を握られ、私は泣きたくなりながら、その手のぬくもりを感じた。

 ナルトくんが望んでも触れられないのに……

 どんなに望んでいても触れられないぬくもりを、何故私が触れてしまえているの……

 切なくて、悲しくて、悔しくて、神様というものがいるならば、何故こんな……こんなチャンスがあるならば、私ではなく、ナルトくんをここへ連れて来なかったのですか?

 彼が誰よりも欲しがっているものだって、アナタは知っているはずなのにっ!

 胸を焦がすような憤りを感じながら、私は知らず知らずの内に泣いていたようで、頬を優しい手が撫でていく。

 その撫で方がナルトくんと似ていて、ああ、やはり親子なのだと切なくて仕方がない。

「どうしたんだい?急に……そんな悲しそうな顔をして……」

「本当……言葉がわからないから、困ったわね」

 私をあやすように髪を撫でてくれるのは、多分クシナ様。

 四代目とクシナ様……いつの時期なんだろう……お二人が死なずに済む方法はないのだろうか……

 このままずっと、ここにいることはできない。

 多分、限られた時間でしかないのだろうとも……

 術式と吹き飛ばされた場所に何かがあったのかもしれない、それが微妙な術式を作り出し、空間を捻じ曲げたと仮定するならば納得はいくけれども、時間を越えるなんてありえるのだろうか。

 しかし、私の傍にいる二つの気配は、ナルトくんのお父さんとお母さんであって……

 ごめんね、ナルトくん。

 アナタに心配かけているばかりか、こんな……アナタが心から望むことを、私が得てしまって……ごめんなさい。

 とめどなく流れる涙は枯れる事を知らないように零れ落ち、愛しい人の姿を脳裏に浮かべるだけで胸が苦しくて仕方が無かった。

「そんな泣いてばかりいると、うちの子が悲しむってばね」

 そう言って、クシナ様は私の手をソッとどこかへ触れさせる。



 とくり



 あ……

 と、思った。

 知っている、このチャクラ、私は知っている。

『ナルトくん……』

 思わず動いた唇は、やはり音を零さず、ただ動いただけ。

 しかし、手のひらから伝わってくる熱は、いつもの彼のように私に語りかけているようであった。



【元気だせ、ヒナタ!泣くんじゃねーよ。オレがいるだろ?】



 太陽のように眩しく優しい笑顔でいつも抱きしめてくれる、愛しい人。

 私を受け入れ、共に歩んでいこうと誓ってくれた人。

 恋人という立場になって、色々あるけれども、優しさを忘れない彼に、何度救われてきただろう。

『ナルトくん、ナルトくん、ごめんなさい、ごめんね……私が来てしまってごめんね……』

 音のない言葉が私の唇から零れ落ちる。

 そんな私の様子に二人が困っているのはわかっていたけれども、止まらない。

 彼がどれほど両親を求めていたか知っているから、理解しているから、だからこそ……

 とんっ

『え……』

「このやんちゃ、お腹を蹴ったってばね」

「え?本当に!?ボクにも触らせてっ」

「はいはい、二人で思う存分触っていいわよ」

 楽しそうに笑いながら、クシナ様は私の手を離さず、その抑えられたままの私の手に、もうひとつ大きな手が重なった。

「ほら、うちの子、感じる?元気だろう?きっと、クシナに似て元気な子が産まれて来る。名前ももう決まっているんだ」

「そうだってばね。自来也様から頂いた名前だってばね!」

「うんっ、ナルト、ボクたちは待っているよ。だから、出ておいで……お父さんとお母さんは、お前が産まれて来るのを楽しみにしているよ」

「早く出てきて、いっぱいいっぱい一緒に楽しく元気に生きていこうってばね。親子3人、ずーっと一緒だってばねっ」

「ああ、一緒だよ」

 こんなに待ち望まれて、こんなに愛されてアナタは産まれて来たんだって、ナルトくんに伝えたい。

 アナタはこんなに、こんなにいっぱい愛されているんだって。

 この先の結末を知っている。

 だけど、今この場にある、この言葉を彼に届けたかった。

『ナルトくん……アナタはこんなに愛されているよ。そして……私もアナタを愛してる』

 ぎゅっと抱きつき、クシナ様ごとナルトくんを抱きしめる。

 この記憶を刻みつけるように……

「本当にこの子は不思議な子だってばね」

「そうだね……」

 クシナ様の声と四代目の声。

 ただ、四代目の声が少し……何かの違和感を覚えた。








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