お迎えに来たのは?





 日差しが傾いてきて、ゆっくり太陽が地平線に沈んでいくのを見ながら私は膝を抱えて丘の上に座り込んだ。

 誰も知らないこの場所は、落ち込んだとき、私が1人になりたい時の秘密の場所。

 頬を伝う涙は、未だに零れ落ちてきて暫く引いてくれそうにない。

『落ちこぼれが当主候補とは恐れ入る、日向は地に落ちたものよ。生まれてこなくて良かったものを…』

 屋敷の片隅で聞いてしまった陰口は、今にはじまったことではないのに何故か心に深く刺さり痛みを伴って心を苛んだ。

 おかしいな……慣れた痛みのはずなのに、今日はどうしてこんなに痛いの?

 震える肩も止めることが出来なくて、漏れそうになる嗚咽を必死に歯を食いしばり堪える。

 いつものこと……いつものこと……

 呪文のように繰り返し、私は膝を抱え込み大粒の涙を零した。

 きっと泣くだけ泣いたら、明日はもっと強くなれるから。

 きっと、明日も笑えるから……

 唇をぐっと噛み締めて、手を握りしめて、目を閉じて、涙の熱さと冷たさを感じて、心の痛みをバネに頑張れるはず。

 だから……

 太陽、沈むのを少し待って。

 アナタは彼を思い出させてくれるから。

 強い彼を、感じさせてくれるから。

 お願い、沈んで私を独りにしないで……

 そんな私の願いとは裏腹に、太陽は地平線に姿を消して、オレンジ色の残光が漆黒の闇へと塗り替えられていく。

 届かなかった願いは彼に届くことのない想いのようで、私はただ呆然と地平線へ消えた太陽を見ていた。

 いつも届かない……

 努力しても認めて貰うことがない私が何を高望みしているのだろうと、彼に窘められる己を卑下するような言い方が心に浮かんでは消えていく。

 暗闇が一層心を痛めつけるような気がして、私は何からか身を守るように小さくなった。

 太陽は消え空は黒く染め変えられ、どこにもナルトくんを感じられない。

 弱い私……

 もう1人の私が、私を嘲笑った気がして苦しくなった吐息を小さく吐いた。



 ふわり



 それは全く予期せぬ事で、私は一瞬固まる。

 背後から体を覆うように抱き締められている。

 誰……あたたかい……

 不思議と警戒感はなくて、途方も無い安堵感に包まれた。

「こんな所にいたら、オオカミに喰われちまうぞ」

 優しく低い声。

 きっと私が泣いているのを知っているんだろう彼は、私を背後から抱きしめたまま動こうとはしない。

「独りで泣くなよ……泣きたくなったら、オレの胸貸してやるからさ」

「ど……して、ここ……に」

 何とか紡ぎ出せた声を聞き拾ってくれたナルトくんは、どこかバツが悪そうに小さく呟く。

「仙人モードで瞑想してたら……ヒナタのチャクラが乱れてとんでもなく痛かったから……いてもたってもいられなくなっちまって、慌てて飛んできたんだ。でもさ、出るタイミング掴めなくて……盗み見してるみてーなことしてゴメンな」

「ううん……心配……して……くれて……ありがとう」

 鼻にかかった涙混じりの声で言ったら、もっと強い力で抱き締められて、ナルトくんの力強さと熱が、冷えた心を溶かしてくれるみたいで、ホッと吐息をつく。

「ありがとう……ナルトくん」

「気にすんなって、でもさヒナタ」

 背後から聞こえてくる真剣なナルトくんの低い声。

 あっと言う間に体は反転させられ、ナルトくんの腕の中にすっぽり抱き込まれて、頬にナルトくんの頬の感触。

 あたたかい……

 耳朶にかかるナルトくんの熱い吐息。

 ぞくりと身を震わせれば、より一層強く抱きしめられた。

「こんな風に、もう独りで泣くのは無しだ。頼むからさ……一緒にいさせてくれってばよ。ヒナタが知らないところで、独りで泣いてると思うとオレがどうにかなりそうだ」

 何故?

 そう尋ねる前に、熱い視線が私の目を捕らえる。

「他の男じゃなく、オレのところ来いよ」

 誰のところへ行くというのだろう。

 そんなことが出来る相手など、いるはずもないのに──

 コクリと知らず知らずに頷いてしまった私の体を満足そうに一度抱きしめてから、ナルトくんは私の頬に手を這わせ、涙で濡れた目元を拭ってくれた。

「オレの部屋へ来いよ。その顔じゃ、そのまま帰れねェだろ?氷で冷やした方が良いぜ」

「う……うん、お邪魔するね。ありがとう」

 腫れぼったくなっている瞼に触れて苦笑を浮かべた私に、ナルトくんは優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。

「んじゃお姫様、誰にもその顔見られねーようにしてやるから、大人しくしてろよ?」

「そんなに酷い顔かな……」

 私がそう尋ねるとナルトくんは僅かに視線を逸らして、頬を赤く染めぶっきらぼうに一言。

「いや……か……可愛いぜ」

 自分でもわかるくらい真っ赤になっている私と、負けないくらい赤い顔をしているナルトくん。

 う……わぁ

 夢じゃない……よね?

 先ほどまでの痛みなど弾き飛ばしてしまう程の衝撃。

 ナルトくんって……やっぱり凄いと思う。

「さーて!腹も減ったし一緒に帰るってばよ!」

 そう言って私をお姫様抱っこすると、ナルトくんはニヤリと笑って小高い丘の向こうの崖を軽々と飛び降りる。

 流石に怖くて首筋にシッカリしがみつくと、ナルトくんがボソリと呟いた。

「泣くほど何があったか、話せるなら話してくれ。お前のこと、少しでも知りたいからさ」

「うん……ナルトくんも約束ね」

「ん?」

「ナルトくんも独りで泣かないで、私の胸で良ければ貸すから」

「ヒナタ……サンキューな、約束だってばよ!……だけどな、お前胸を貸すは止めとけ?お前の場合色々問題が出てくるってばよ」

 えっ?

 何故駄目なんだろう……ナルトくん助けになりたいのに……

「……えー……アレだ!男って生き物は、わかっていても……そのー……つまり……」

「ナルトくんだけにしか言わないから……いいかな?」

 私がそう尋ねると、ナルトくんは暫く呻いていたけど最後にはコクリと頷いてくれた。

 良かった……

「あー、このことは他言無用な」

「うんっ」

 何となく嬉しくなって返事をすると、ナルトくんが苦笑して私を見つめた後、ぎゅっと抱きしめてスピードを上げる。

 まだ痛みはあるけれど、きっと独りじゃないなら越えていける。

 誰よりも優しい彼に感謝しつつ、私はナルトくんの首筋に顔をうずめ、リズムよく刻まれる脈動を感じながら目を閉じるのだった。









 index