29.陥落





 蝙蝠たちは、超音波を放ちながら、群れを成し全ての者に襲い掛かる。

 牙と翼と音。

 全てを駆使して襲ってくる口寄せ生物に、一同がそれぞれ防衛にあたるのだが、相手は空を飛ぶ生き物。

 此方は空中戦を得意とする者もいるが、元々ずっと飛んでいられるワケでないので、中々思うようにいかない。

「兄さん」

「ああ」

 兄弟が頷きあった瞬間、蝙蝠がカーテンのようにヒナタと2人を覆い隠す。

 まるで見えない状態になったナルトは、その黒いカーテンのように群れを成す蝙蝠たちに容赦なく大玉螺旋丸を叩き込むと、反対側からサスケとカカシの師弟雷切・千鳥が炸裂し、分厚い壁となっている黒い蝙蝠たちがどんどん吹き飛ばされていく。

「ヒナタを返しやがれぇっ!!」

 ナルトの声は怒りに満ち、ギリッと奥歯を噛みしめると、影分身を出して力を篭める。

 影分身の自分と力を合わせて作り出したチャクラの塊は、性質変化をしてその手の中でより一層輝き渦巻く。

「サスケ!カカシ先生!離れてくれってばよ!……いっけぇ!風遁・螺旋手裏剣!!」

 凄まじい威力のチャクラ攻撃に、さすがの口寄せ生物たちもたまったものではなかったらしく、難なく吹き飛ばされ何かの術式を行っていたタガウに支えられたヒナタと、その2人を守るように立っているマモルの姿が見えた。

「術式は成功だ。うずまきナルト……愛しい者に殺されて死ぬがいい」

 ニタリと笑うタガウの傍から、ゆらりとヒナタが歩き出す。

 その手に握られているクナイを、迷うことなく構え、真っ直ぐナルトを見つめて歩くヒナタ。

「そして、お前たちは気づいていなかったようだね。蝙蝠たちは、お前たちを攻撃したかったワケではないよ。蝙蝠たちは、超音波で君たちの脳を揺さぶって動けなくするのが目的。悔しいだろう?動けないよね」

 優しい笑みを浮かべて言うマモル。

 己の体に残る痺れと、ぐにゃりと地面が歪むような感覚。

 完全に体の機能をゆがめられたのだと知った今、対抗策を練るにも時間が無い。

 無表情で、ただナルトを見つめ歩くヒナタの姿を見ることしか出来ない一同は、歯噛みする思いで、その光景を見ることだけ許されているようにクリアに見え、それが反対に泣きたいくらい悔しかった。

 もがけばもがくほど、体の全ての機能が封じられるように自らの意思はと全く異なり、鉛のように重くなる。

 悔しい思いのまま、地に這い蹲り、視線だけをナルトと不自然なほど優しい微笑を浮かべているヒナタに向けた。


「ナルトくん……ごめんね」


 優しい優しいヒナタの声。

 愛しい女はそう言うと、ただ立ち尽くすことで精一杯であるナルトに向かってクナイを振り上げる。

「さぁ、愛しい者の血をくらい、我が許へ来るがいい!」

 狂ったように笑うタガウを見ながら、ナルトは笑った。

「お前はどうしたい」

「……死んで」

「そっか……」

 ニッと笑ったナルトは、目を閉じて全身の力を抜く。

「ありがとう」

 振りかぶるクナイ。

 そして、鈍い音がその場に響き渡る。

 一瞬の出来事で、誰も言葉も声も出せないでいた。

 落ちるクナイと崩れ落ちる身体。

 信じられないその光景が、目の前に繰り広げられ、言葉を失う。

「な……何故……」

 マモルが信じられないとでも言うように目を見開き、ナルトを見つめる。

 地面に伏すはずだったのは、うずまきナルト。

 しかし、クナイを握りナルトを殺そうとしたヒナタが地面に崩れ落ちている。

「螺旋丸を……殺すつもりで……打ち込んだ?」

 マモルの声に、タガウはさも愉快なことだとでも言うように笑い、いびつな笑みを浮かべたままナルトと地面に伏しているヒナタを見やった。

 見ただけでわかるほど、高密度なチャクラを練りこんでいる螺旋丸である。

 呪で弱った体を、螺旋丸が打ち抜いたとなれば、確実に訪れるのは死以外の何者でもないだろう。

「クククッ……はははははっ!マモル、見てみろ、愛していると言えど、しょせんこんなものだ!己の命が危なくなれば、女の1人や2人平気で殺す」

「……兄さん……」

「己の手で、愛する者を殺した気分はどうだ、うずまきナルト」

「……テメーは……何もわかっちゃいねェ」

 螺旋丸を放った己の右手を見ながら、ナルトは低く呻いた。

 怒りなのか、哀しみなのか、震える拳は血が滲むほど握りこまれ、そしてタガウを睨み付ける。

「わかっていないのは、お前のほうだ」

「ぅぐっ……な……んだと」

 首の後ろに激痛を感じて、ナルトは首筋を抑えて蹲る。

 そこには刻印が刻まれており、痛みが広がっていく鋭い感覚に苛まれた。

「お前の実力は買っている、兵器として……お前が手に入れば、我らは世界を握ることも出来る」

「二兎追うものは、一兎も得ずってことわざ……知ってるかってばよ」

「お前が殺しておきながら、何を言う……愛しい女を殺したからこそ、その呪が発動したのだ。お前に気づかれぬように仕込んであった……どちらか必ず手に入るようにな」

「どちらか……な」

 地面に崩れ落ちているヒナタを見つめ、ナルトはクククッと笑い出す。

 先ほどのタガウよりも盛大に笑う姿は、異様。

「気が狂ったか」

「テメーほど狂っちゃいねーよ!あはははははっ!」

 腹を抱えて笑うナルトは、ひとしきり笑うと落ち着いたのか、呼吸を整え、それからニヤリと笑った。

「案外、マークってやつは役に立つもんだな」

「何?」

 タガウはナルトの言っている意味がわからず、訝しげにナルトを見つめるが、ナルトの方はニヤニヤ笑いながら視線を巡らせ、マモルを見る。

「なあ、そう思わねーか」

「……何が言いたい」

 マモルは狂ったように笑ったあと、自信満々に尾獣モードになったナルトを見て思わず一歩下がる。

「下がっていろマモル」

 タガウが一歩前に出て、ナルトを睨み付けると、印を結び呪を強めたようだが、それもどこ吹く風。

 ナルトは口の端を上げただけで、何ともないとでも言いたげに肩を竦めるだけであった。

「オレは、お前を本気で許せねーってばよ」

 怒りに震えるナルトは、落ちているクナイを拾い上げると、ソレを構える。

 そして、地に伏しているヒナタを見つめると悲しげに笑った。

「仇はとってやる」

 ナルトは小さく呟くと、鋭い目でタガウを睨み付け、そして荒れ狂うチャクラを解放するのであった。








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