27.真実




(クラマが封じられて、ヒナタの中のチャクラがアイツに引きずられ始めてる……自我を保つのも、そろそろ限界)

 冷静に判断しつつ、ナルトは苦しむヒナタに何もしれやれない自分の不甲斐なさを痛感しつつ、それでも相手の違和感を見極めようと必死に感覚を研ぎ澄ませる。

(マントは物理攻撃を弾くって報告にはあったけど、どっちかって言うと、視覚を惑わせているにすぎねーな)

 試しに何度かクナイを投げて見ているが、どうも狙った場所ではなく、微妙な視覚のズレが生じるらしく、後方の物体を目印に撃ってみても目標物に到達しない。

(じゃぁ、何でコイツはオレたちの視覚を混乱させる必要がある……物理攻撃を逸らせるって言っても、サスケの千鳥やオレの大玉螺旋丸は範囲が広いから、意味ねーってばよ)

 レンジの問題かとも思ったが、どうやらそれも違うらしい。

 風遁・螺旋手裏剣はマントを関係なしに避けていたことを思い出す。

(つまり、物理攻撃や忍術を凌ぐ為のもんじゃねェ。防げたり逸らせたり出来てんのは、ある目的の副産物でしかねーってことだ)

 タガウの攻撃をギリギリで避けて、ナルトは仙人モードがそろそろ切れるのを感じ、フカサクが最後の影分身を口寄せしたのを確認すると印を解いた。

(こっちもストック切れだな。カカシ先生たちは木ノ葉の皆を助けるのに必死、シカマルはヒナタを拘束してて動けねェ……オレもコイツにかかりっきり。ヒナタを木ノ葉へ戻すにも、シカマル1人じゃ不安が残る)

 今やヒナタが己の意思でタガウに抵抗できるとはとても思えない状況まできている。

 それを誰よりも認識していたのはナルトであった。

 心の声が聞こえなくなってから、もう数分が経っている。

 話しかけても無反応。

 心がもうそこには存在しないかのような様子に、肝が冷えた。

 二度とあの綺麗な心が戻ってこないのではないかと考えないようにすればするほど、己を苛んだ。

「くっ!」

 小さく聞こえた声に、そちらに視線を走らせれば、己の目の前にいたはずのタガウがシカマルの傍に出現し、印を解かせようと一撃を加えようとし、寸でのところで飛んでかわしたシカマルはギリッとタガウを睨み付けた。

「ヒナタをテメーにやるワケにはいかねーんだよ。めんどくせーことになるのはゴメンだ」

 シカマルと全く同じ動きで後方へ飛んだヒナタからの反応は全く無い。

 目の前にいるはずのタガウが、シカマルのところにもいる?

「一瞬で移動とは……」

 フカサクの言葉も聞こえたが、ナルトはそれに対し己の中にあった違和感の片鱗を見た気がして目を凝らす。

 そう、小さな違和感は、今では確実な違和感としてこびりつく。

「どうした、ナルトちゃん」

 フカサクを見て、ナルトはハッとした顔をしてから口元を歪めた。

「そうか、そうだったのか……だからかっ!!」

「……何が……だ」

 油断無く構えたタガウを睨み付けて、ナルトは大きな声で問うた。

「テメーは誰だ!」

 その言葉に、一同が訝しげにナルトを見る。

 目の前の人物は、やくじょうタガウでしかない。

 だが、ナルトはその人物に向かって、誰だと問うたのだ。

「女がオレの術中にハマって、気でも違ったか」

「ばっか言え!テメーの術なんて、オレが解くっ!そーじゃねーよ、お前の声が不気味に聞こえるのも、そのマントの本当の使い方も、ぜーんぶわかったってばよ!」

 ピクリとタガウが反応したのを見て、ナルトはニヤリと笑った。

 ナルトの予測が正しければ、ヤマトやガイたちは言わば、いいように利用されたということになる。

 敵の思惑、術中に嵌ったとはまさにこの事だと、ナルトは悔しそうに拳を握り締めた。

「マントは攻撃を弾き、石を使って瞬間移動……だったよな。お前の力ってのは」

「……仲間から連絡がいっていたか……」

「ああ、それもお前の目論見どおりってワケだってばよ!ヤマト隊長たちは、お前がそういう能力なんだってオレたちに思い込ませるために利用された」

 ナルトはギリッと奥歯を噛みしめる。

 この事実を知れば、きっと仲間たちは屈辱を感じるだろうと容易に予想が出来た。

 その悔しさを考えれば、ナルトは己の怒りを鎮め、今は目の前のことに集中しなくてはならないと思う。

「お前のマントは、単なる目くらましだ!石による瞬間移動なんて、はなっからできねーんだろ!」

「オイオイ……マジかよ」

 いち早く理解したシカマルは油断無く構えて視線を素早く周囲に向けた。

 ナルトが言っている事が本当ならば、シカマルは今かなりマズイ状況にいるのだと理解したからである。

「マントは物理攻撃を逸らせるのが目的じゃねーんだ!視覚を惑わすのが目的で、攻撃が当たらねェってのは副産物でしかなかったんだってばよ!」

「何で視覚を惑わせる必要があったんじゃ」

 フカクサの言葉に、ナルトは視線だけ向けると、忌々しげに呟く。

「コイツは1人じゃねェ、2人存在するっ!」

「なんじゃと!?」

「声に不快感を感じるのは、ほら、じいちゃん仙人たちの仙法・蛙鳴きみてーなもんだってばよ」

「つまり……ワシとかあちゃんのように互いの声を使って不協和音を奏でて聴覚を刺激し、混乱させとったちゅーんかっ」

「平衡感覚が気づき辛いくらいの混乱で収まっていれば歩けはする……けれども、微妙なズレは生じてくるってことね」

 近くで木ノ葉の忍を取り押さえていたシズネの言葉に、ナルトが頷いた。

「つまり、コイツはどうしてももう1人の自分を隠しておきたかったんだ。戦ってる最中でも異様な回復力ってのは、1人が戦っている間、もう1人は完全に休める。休んでいる間に、ヒナタからオレのチャクラを抜き取って回復してたんだったら、あの速度も納得いくってばよ!んで、さっきシカマルに攻撃したのは……」

「もう1人の奴ってワケだな」

 シカマルの言葉に、ナルト神妙な顔で頷く。

「そっちには、タガウが行ってるみてーだ。オレの目の前にいるのは、タガウじゃねーな……だから聞いてんだってばよ、入れ替わったんだろ?お前は誰だってばよ」

 ナルトの言葉に、目の前のタガウだと思われた男は苦笑しつつ肩を竦めた。

「まさか……一番馬鹿っぽいキミにバレちゃうとはね」

「うっせーよ、今なら何が違うかわかるってばよ」

「違う?」

「お前がヒナタを見る目は、さっきの奴と違う」

 一瞬言われた意味がわからず呆然としていたタガウだと思われていた男は、クククッと笑い出しナルトを笑みを持って見つめる。

「恐れ入ったよ」

 タガウだと思った男は、声や顔は同じであるが、その雰囲気がガラリと変わり笑みを浮かべている。

「今までコレに気づいた人はいないよ。ボクと兄さんのコンビネーションはそれだけ完璧だったからね。ボクの名はマモル、やくじょうマモルだよ。うずまきナルトくん」

「そうか、テメーの方が氷雪の国の姫さん狙いって奴だな」

「……驚いた、そんなこともわかるんだね」

「諦めとけ、あの若相手だと苦労するぜ」

「そういって諦められるなら苦労しないよ。キミだって、あの子を諦めるつもりないでしょ?」

「何でオレのもんなのに諦めなきゃなんねーんだよ」

 にらみ合いを続けながらナルトは密かに出していた影分身が、仙人モードに入ったのを感じ取る。

「キミが兄さんに勝てるワケないんだし、それに……尾獣を封印されたキミの戦力はガタ落ちだからね」

「その石……見覚えあるぜ」

 不意に聞こえた声は、マモルのすぐ後ろから聞こえ、マモルは一瞬目を見開く。

「確か、大蛇丸のところで研究したいた物だったな」

 黒い影がマモルの背中に舞い降り、マモルの上腕部についていた腕輪のような装飾品を一閃。

「くっ!」

 腕が少し斬れ血が飛び散るが、石は完全に機能を停止したようで、ぐずぐずに崩れて砂へと変化していく。

 それを見やり、影は口元にシニカルな笑みを浮かべマモルを見下ろす。

 漆黒の髪と真紅の瞳の男は、崩れて砂になった石を見てから忌々しげに舌打ちした後、マモルをもう一度睨み付けた。

「大蛇丸の研究資料から作ったにしては上出来だ、だが、足んねーよ。ソレを使ったところで、ナルトを止めることはできねぇんだよ」

「サスケ!!」

 親友の救援に驚いたナルトは駆け寄り声をかける。

 ボロボロだが、意外と元気そうなナルトを見て、サスケは『タフな奴』と小さく呟きながら、肩を拳で叩いた。

「フン、えらく状況が不利みてーじゃねぇか」

「ヒナタが……」

「ガイに聞いた。コイツはオレに任せて、お前はあっちへ行け」

 顎でしゃくってヒナタの方を指し示してやると、ナルトは目を見開いてから満面の笑みを浮かべる。

 そして、軽く上げているサスケの手にハイタッチをしてから、ナルトはタガウの攻撃により先ほどより距離をとられ引き離されつつあるシカマルとヒナタの方へと駆け出した。

「サンキュー!サスケ!!」

 サスケは飛ぶようにヒナタの元へと急ぐナルトを見送ると、ニヤリと笑ってマモルを見る。

「どうやら、今度はそっちが不利な状況みてーだな」

「……そうかな」

「なんだと」

「うずまきナルトは、日向ヒナタに攻撃出来ない。それが全てを終わらせる鍵だよ」

 マモルがくすくす笑うのを見ながら、サスケは忌々しげに睨み付け、それから刀を構える。

「だけど、お前はここで終わりだ」

「そううまく行くかな?あの石がなくなったからって、すぐに尾獣が解放されるワケじゃないよ」

 サスケとマモルは睨み合う。

 その2人の耳に、シカマルの苛立った声が微かに聞こえた。

「くそっ!視覚を乱されるにも程があるぜっ!」

 シカマルは印を結んだままでの制限された行動範囲を何とか知恵でカバーしつつも、タガウの攻撃を避け、ヒナタを渡すまいと必死に立ち回るが、どんどん不利になってきているのも事実であった。

「甘い」

「なっ……」

 もう少しでナルトが到着するというところで、真上から迫ったタガウの攻撃にシカマルはなす術も無く己の命の危機だというのに、印を解くこともせずタガウを凝視する。

(約束したんだ、ヒナタと……必ずナルトを殺さないように止めてやるってよ!)

 脳裏に浮かぶ泣きそうな笑顔を思い出し、奥歯を噛みしめタガウを睨み付けた。

「テメーの身勝手な思いで、コイツらを……ヒナタを泣かすな!」

 怒りのままに怒鳴れば、タガウの持つクナイが体を貫こうとする衝撃が来る前に、後方へと思いっきり引っ張られ、シカマルは必死に印を解くまいと手に力を入れた。

「シカマル!大丈夫!?」

「本当に無茶するんだからっ!」

「チョウジ!いの!!」

 仲間である2人の到着と、その背後から駆けてくるナルトの姿を確認する。

 その一瞬、確実にタガウから視線がはずれた。

「水遁・大砲弾!!」

 シカマルの視線の動きに気づいたタガウは、隙を逃すはずも無く、口から圧縮したミズの塊を発射し、それは寸部違うことなくシカマルの心中を撃ちぬき、その威力でチョウジごと吹き飛んだ。

「ぐあっ!」

「うあっ!!」

「シカマル!チョウジ!!」

 いのの悲痛な叫びを聞きながら、ナルトはシカマルの印が解けているのを確認すると、悔しそうにヒナタを見つめた。

 影真似の術から解放されたヒナタは、ゆらりと立ち上がる。

 俯いた姿からは表情は見えない。

 だが、いつの間にか握られているクナイ。

「……ヒナタ」

 ナルトはヒナタの名を知らず知らずの間に呟き、そして心で思う。

【惚れた女の為に命を惜しむような馬鹿はいねーよ】

 その声が届いたのか届かなかったのかも判断はつかないが、襲ってくることもなく、ただ立ち尽くしているヒナタをナルトはジッと見つめるのであった。







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