13.自ら傷つくよりも辛い痛み





「……お前強いんだな」

 感心した声を出したカジンに、ナルトはニシシと笑って応えると、その後ろで大きな蛇がその巨体を揺らしながら倒れたところであった。

「ま、これくらいのヤツなら、木ノ葉の死の森にもいるしな」

 軽く右腕を回しながら首を左右に曲げてコキコキ鳴らし、まるでウォーミングアップでもしているかのようである。

「しかし、お前のダメージは彼女にも伝わる。その、彼女が持つのか?彼女がお前を疑えば、ナルト……お前は激痛に苛まれるんだぞ」

 多少かすった程度ではあるが、確かに痛みとしてヒナタには伝わったであろうと判断したナルトは、大して気にした様子も無く苦笑する。

「これくらいじゃ、ヒナタは挫けねーよ。アイツの心は、オレでも負けちまうくれー強ぇーんだ」

 今でも記憶に鮮やかに蘇る、決意に満ちた後姿。

 何者の言葉すら寄せ付けず、命の危機に晒されても揺るぎもしない強い意志。

 そして、何よりも心に響いた彼女の凛とした姿と決意の言葉。

「世界中の誰もがオレを信じることができねーと言っても、絶対にアイツだけはオレを信じてくれる。最後までオレの味方でいてくれる!そう信じられるヤツだってばよっ」

 ニシシシと笑い、無造作に投げたクナイの先には大きな蜘蛛が一匹、人で言うところの額をかち割られ絶命していた。

 カジンはそんなナルトの動きに薄ら寒いものを感じてしまい、かすかに震える。

 何気ない会話をしている中でも、このナルトという男は気を抜いているワケではない。

 それどころか、より一層神経を張り巡らせているようにも感じる。

 不意に指をクロスさせて『多重影分身の術』を発動させたナルトは、三人をカジンにつけ、他二人を率いて少し距離をとったかと思うと軽やかに右へ飛び、まるで見えていたかのように何者かの襲撃をかわした。

 かわしたと同時に、襲撃してきた相手に対しクナイを投げ、投げたクナイを相手が同じくクナイで裁いたところで一瞬にして間合いを詰めたかと思うと顎先狙いで上段蹴りを繰り出す。

 既に相手に読まれていた上段蹴りは、簡単に身を引き避けられしまい、手に持ったクナイの一線で影分身の一体が攻撃を食らい消滅する。

 だが、死角から飛び出したもう1人の影分身が敵が手にしているクナイを己のクナイで叩き落すと、大きくバランスを崩したところに下から上へ突き抜けるような蹴り上げを食らって消滅。

 そちらに気をとられている隙をつき、先程のクナイ一閃の衝撃で軽快な音を立てて消えた影分身の煙の後ろから、螺旋丸を右手に練り上げたナルトが飛び込んできていて、相手の身中を抉るように腕を突き出し容赦なく叩き込んだ。

 本当に、一瞬の出来事である。

 【歴戦の忍】という言葉が浮かんだが、そう言うにはまだ若い。だがそれに相応しい戦い方をするナルトに、カジンはもう言葉すら出ない。

 吹き飛ばされた影は、そのまま闇へと崩れ去ってしまう。

「ナメられてるんじゃねーかな……オレ」

 頬骨をコリコリ掻いて溜息をつくナルトに、カジンは呆れた溜息をつく。

「お前みたいにみんながみんな戦えるワケじゃないさ。相手は殺す事じゃなく、憎ませるのが目的だからな」

「確かにそうか」

 カジンの言葉に納得したナルトは、己の中にいる九喇嘛に話しかけてみる。

(クラマ、ヒナタのチャクラはこっちのほうでいいのか?)

『ああ、日向の娘はこの先におる。この先に大きなチャクラを感じる、ナルト敵もそうバカではないぞ』

(本格的に、来るか)

『そのようだな』

 クラマと会話をしつつ、次の扉を開くために歩みを進めるナルトは、カジンたちに離れておくよう指示した後、扉を大きく開いた。

 扉の向こうは大きな真っ赤な広間、その広間の中央に、これまた真っ赤な蠍がこちらを睨みつけている。キチキチと耳障りな音がして、ナルトは身を低くしつつクナイを構える。

「どうやら、やる気だってばよ」

 自然エネルギーを練るより、九尾チャクラモードのほうがいいかと思案しつつ、ナルトは大きな蠍の尾の一撃をかわし、背後へ回り込むために大きく跳躍するが、横になぎ払われた尻尾の一撃を食らい、大きく吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

「ぐっ!」

 息が詰まり目が回るが、動きを止めればいいように攻撃されてしまうと、すぐさま息も整わない内に振り下ろされる尾の攻撃を避け、地面に転がった。

 転がる勢いのまま、地面を蹴って起き上がれば、蠍の方もその巨体に似合わず機敏な動きで今度はハサミを叩きつけてくる。

 ハサミを避けつつ胸を強く叩き、その衝撃で漸く機能し始めた肺からカハッと息を大きく吐いて、新鮮な空気を取り入れたナルトは、影分身を新たに十数体出したかと思うとそれぞれが螺旋丸のためのチャクラを練り、一本の足に狙いを定めて一気に放つ。

「螺旋丸っ!」

 影分身10人からなる螺旋丸の威力の凄まじい一撃は、さすがの蠍の硬い甲羅さえもつき抜け、バランスを崩させるには十分であった。

 轟音を立てながら、砕ける一本の支柱となっていた足と地面が砕け、大きなクレーターを作る中、ゴロリとバランスを崩し仰向けに倒れる蠍の腹めがけて、いつの間にか仙人モードになっていた本体のナルトが影分身の助力を得て作り出した、激しく乱回転している巨大なチャクラの塊をお見舞いする。

「仙法・大玉螺旋丸!!」

 仙人モードのナルトの両手から放たれた、二つの大玉螺旋丸は、蠍の柔らかな腹部をいとも簡単に貫き、轟音を立てて部屋の地面を深く抉った。

 どうやら、口寄せ動物であったようで、次の瞬間には軽快な音を立てて消えてしまう。

「口寄せか……てことは、口寄せしたヤツがいるってことだよな」

 左腕に飛び散った毒を受け、肌をジュゥと嫌な音を立てて焼いていく。

 サクラに渡された袋の中にある解毒剤を口に含むと、コクリと飲み込み溜息をついた。

「ごめんな、ヒナタ。痛い思いさせちまって……」

 九尾のチャクラの再生能力で、どんどん傷は癒えていくが、受けたダメージ分ヒナタが苦しんでいると思うと、なんともやるせない気分になる。

 いつもは傷つくことなど恐れもしなければ、気に留めることもないが、己の命の危機がヒナタの命の危機に直結しているという緊張感は、普段のナルトとは違った戦い方をさせていた。

 通常なら、出たとこ勝負なところがあるナルトではあるが、今回いつもより慎重なのである。

 チャクラもその総量に任せての力押しでもなく、なるべく本体がダメージを受けないようにしつつチャクラ配分が成された戦い方であった。

「あと少し待っていてくれってばよ、すぐ行くからな」

 未だ姿が見えないヒナタに向かって、ナルトは小さく呟く。

 己の傷よりも強い痛みを抱えているかのようなその表情に、カジンはかける言葉も見つからず、ただナルトとその彼女の間にある強い絆や深い愛情を見た気がして、己の握るクナイを見つめた。

(オレは、お前の為に何が出きるんだろうな……ウタ)

 黒く硬質な光りを放つそのクナイは、答えなどくれない。

 ただ、己を守るだけではなく、己の大事なモノを守るために傷つく事を恐れる己が悔しかった。

 ナルトのように、自らが傷ついたとしても、彼女が信じてくれるのだから、大丈夫だと言える間柄ではない事実が辛い。

 しかし、この胸の内にある想いは本物なのだと嫌というほど理解できた。

(オレも、ナルトみたいに強くならなきゃなんねーよな。テメーの女はテメーで守れるくらいに)

 決意も新たにカジンはナルトを見つめる。

 その背中はどことなく寂しげで、そして痛みを抱えて焦りも見えるが、己のすべき事をシッカリと見据える男の気配を色濃く感じさせた。

 己から彼女を奪う者全てを許さないとでも言うような、そんな気迫も交えながら、ナルトはクナイを強く握り締める。

 二人の男が新たな扉を開くために前へ進み、そして硬質なるソレに手をかけ、力を入れた。

 まだ続く試練を感じながらも、諦めるという言葉など皆無だというように、二人は再び歩を進めたのである。



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