小説 | ナノ



アロマなあの子
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「イントゥーザヴレインズ!」

遊作と尊の掛け声が響いて、二人はリンクヴレインズにログインした。目の前のモニターにプレイメーカーとソウルバーナーが写し出される。

「どうしたんだなまえ」

俺の隣に座っているなまえの表情が曇っている事に気がついた。普段の彼女とは違う表情に戸惑う。

「草薙さん」

ぽつりと呟いた小さい声が響く。

「…本当は、」

言うのをためらっているのだろうか、口を小さく動かしても声を出さないでいた。そんな彼女を俺は見守る。

「本当は…私も連れてって欲しかったんです」

やっと出てきた言葉は、後悔とわがままが混じったなまえの本音だった。ついさっきまで遊作と尊を送り出した彼女とは思えない。いや、普段のなまえだったら決して言わない。

「でも私は、弱くて力になれないから…遊作の足手まといになっちゃうから…言い出せなくて」

一度言葉にしたことによって躊躇いがなくなったのか、なまえはぽつりぽつりと言葉を並べ続けた。

「私がネームになったのも強くなって、遊作に認めてもらいたくて始めたんです。私は草薙さんみたいに有能なプログラムを組めないけど、デュエルなら力になれると思って。最低だけど…もし、次があるなら…頼って、欲しくて…」

なまえの声が震えているのに気がつく。

「だから今回、遊作に言われるのを待ってたんです。ずっと…。でも…遊作は…」
「なまえ」

俺が言葉を遮るとなまえは下を向いていた顔を上げて、こっちを見る。なまえの目は涙で少し潤んでいた。

「誰にだって安心して帰ってこれる場所は必要だ。遊作にとってその場所はお前なんだ。しかし、お前も遊作と一緒にリンクヴレインズに行ったらその場所は無くなってしまう。なまえの代わりは誰にも出来ない。例え俺でもな」

以前遊作が一度だけ俺に話してくれた会話を思い出した。それはアイがまだいない頃の話。
遊作がなまえを巻き込んでしまったっと、俺に相談したことがあった。何度もなまえを突き放そうと思ったが、それは行動に移すことは一度もできなかった。ロスト事件とハノイの手がかりを追う日々。不安や徒労、事件によって植え付けられたトラウマと付き合う日常の中で唯一出来てしまった心の拠り所。だから彼女には復讐の手伝いはさせず、俺の店の手伝いだけをしてもらっている。

「だからなまえ、お前はここにいるだけで遊作の力になっているんだ。今回も遊作が帰ってきたらおかえりって言ってやるんだ」
「…はい」

なまえは袖口で目を擦った。そして、深呼吸をする。

「私、待ちます。遊作が…帰ってくるの。勿論穂村くんも」


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