アロマなあの子 13/15
額から滲み出た汗が頬を伝って流れ落ちる。心臓の鼓動が強く、速く鳴る。息苦しい。吐きそうだ。今すぐここから飛び出して逃げたい。
「ごめんなさい遊作。私が付き合わせたせいで…」 「いや、なまえが気にすることじゃない」
隣で滝のように流れてくる汗を拭いてくれるなまえ。彼女の声ですら今は聞く余裕がない。
◇
「草薙さん。今日二時に一旦席をはずしていいですか?用が済めば戻りますので」 「二時に?別に構わないけど、何かあるのか?」 「母がクリーニングに出したスーツを受け取りに行くんです」
いつも店が終わる最後まで手伝いをしているなまえが、珍しく二時に席を外すと言った。草薙さんはそれを承知して、二人とも作業に戻った。
「草薙さん。時間なのでそろそろ失礼します」 「もうそんな時間か」
車内の時計を見ると長い針が十一を刺していた。なまえはエプロンを外して帰る仕度を始める。
「遊作。暇ならなまえの荷物持ちを手伝ってやれよ」 「スーツだけだろ?」 「なまえには今まで色々手伝ってもらったんだし、少しは彼女の助けになってやろうぜ?それに、こうゆうのは気持ちが大切なんだ」
まあ、特にやることも用事もないからどっちでもいい。残っていた飲み物を飲み干して、車から出て来たなまえの側に寄る。
「あら、どうしたの?」 「その…、草薙さんが…」 「そう。ありがとう」
最後まで言い切っていないのに、見透かしたかのようになまえはお礼を言った。
「おまたせ。せっかくだから、どこか寄りたい所とか食べたい物とかある?」 「別にないが…」 「そう。私本屋に寄りたいんだけど、寄っていいかしら?」
なまえの提案で本屋に寄ることにした。なまえは探していた本を見つけ、購入した。目的を果たして帰ろうとなまえの後を付いてってエレベーターに着いた。目の前の開く扉を見て胸がざわつく。中に入ってなまえがボタンを押すと、扉が閉じて下に動き始めた。
「思ったより時間かかっちゃったわね」 「そうだな」
なまえの手に握られているスマホの時計は三時半を過ぎていた。その時、エレベーターが突然止まり、照明が落ちた。
「えっ、何!?」
突然の出来事になまえは声を上げた。エレベーターが完全に止まり、照明は薄暗く点いている。
「止まっちゃったのかしら。ねぇ遊く…。ちょっと、顔色悪いわよ。大丈夫?それに汗もこんなに…」 「っ、」
なまえがハンカチを取り出して、俺の額に優しく押し当てる。
「すまない…」
密閉された狭い個室。あの事件がフラッシュバックしながら思い出される。 額から滲み出た汗が頬を伝って流れ落ちる。心臓の鼓動が強く、速く鳴る。息苦しい。吐きそうだ。今すぐここから飛び出して逃げたい。
「ごめんなさい遊作。私が付き合わせたせいで…」 「いや、なまえが気にすることじゃない…」
隣で滝のように流れてくる汗を拭いてくれるなまえ。彼女の声ですら今は聞く余裕がない。 無意識にハンカチごとなまえの手を握った。
「遊作?」 「すまない…」
なまえは俺の手を握り返し、反対の手で背中を擦る。
「…大丈夫よ。落ち着いて呼吸を整えましょう?」
俺はなまえの言われた通りに少しずつ深呼吸を始めた。隣に誰かがいる事はとても心強く、安心する。なまえは隣でずっと、大丈夫、もう俺を拐って監禁する人達はいない、全て終わった、一人じゃない、など様々な言葉を掛けてくれた。その甲斐あってか呼吸と心臓の鼓動が安定する。
「…落ち着いた?」 「ああ」
それと同時に照明が点いて、エレベーターが動き始めた。
「良かった動いたみたい」
なまえはエレベーターが動いてるのに気づくと表情が軽くなった。しばらくして、到着の合図の音が鳴って扉が開く。 ああ、やっと解放される。俺は握っていたなまえの手を強く握った。
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