小説 | ナノ



アロマなあの子
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額から滲み出た汗が頬を伝って流れ落ちる。心臓の鼓動が強く、速く鳴る。息苦しい。吐きそうだ。今すぐここから飛び出して逃げたい。

「ごめんなさい遊作。私が付き合わせたせいで…」
「いや、なまえが気にすることじゃない」

隣で滝のように流れてくる汗を拭いてくれるなまえ。彼女の声ですら今は聞く余裕がない。



「草薙さん。今日二時に一旦席をはずしていいですか?用が済めば戻りますので」
「二時に?別に構わないけど、何かあるのか?」
「母がクリーニングに出したスーツを受け取りに行くんです」

いつも店が終わる最後まで手伝いをしているなまえが、珍しく二時に席を外すと言った。草薙さんはそれを承知して、二人とも作業に戻った。

「草薙さん。時間なのでそろそろ失礼します」
「もうそんな時間か」

車内の時計を見ると長い針が十一を刺していた。なまえはエプロンを外して帰る仕度を始める。

「遊作。暇ならなまえの荷物持ちを手伝ってやれよ」
「スーツだけだろ?」
「なまえには今まで色々手伝ってもらったんだし、少しは彼女の助けになってやろうぜ?それに、こうゆうのは気持ちが大切なんだ」

まあ、特にやることも用事もないからどっちでもいい。残っていた飲み物を飲み干して、車から出て来たなまえの側に寄る。

「あら、どうしたの?」
「その…、草薙さんが…」
「そう。ありがとう」

最後まで言い切っていないのに、見透かしたかのようになまえはお礼を言った。

「おまたせ。せっかくだから、どこか寄りたい所とか食べたい物とかある?」
「別にないが…」
「そう。私本屋に寄りたいんだけど、寄っていいかしら?」

なまえの提案で本屋に寄ることにした。なまえは探していた本を見つけ、購入した。目的を果たして帰ろうとなまえの後を付いてってエレベーターに着いた。目の前の開く扉を見て胸がざわつく。中に入ってなまえがボタンを押すと、扉が閉じて下に動き始めた。

「思ったより時間かかっちゃったわね」
「そうだな」

なまえの手に握られているスマホの時計は三時半を過ぎていた。その時、エレベーターが突然止まり、照明が落ちた。

「えっ、何!?」

突然の出来事になまえは声を上げた。エレベーターが完全に止まり、照明は薄暗く点いている。

「止まっちゃったのかしら。ねぇ遊く…。ちょっと、顔色悪いわよ。大丈夫?それに汗もこんなに…」
「っ、」

なまえがハンカチを取り出して、俺の額に優しく押し当てる。

「すまない…」

密閉された狭い個室。あの事件がフラッシュバックしながら思い出される。
額から滲み出た汗が頬を伝って流れ落ちる。心臓の鼓動が強く、速く鳴る。息苦しい。吐きそうだ。今すぐここから飛び出して逃げたい。

「ごめんなさい遊作。私が付き合わせたせいで…」
「いや、なまえが気にすることじゃない…」

隣で滝のように流れてくる汗を拭いてくれるなまえ。彼女の声ですら今は聞く余裕がない。
無意識にハンカチごとなまえの手を握った。

「遊作?」
「すまない…」

なまえは俺の手を握り返し、反対の手で背中を擦る。

「…大丈夫よ。落ち着いて呼吸を整えましょう?」

俺はなまえの言われた通りに少しずつ深呼吸を始めた。隣に誰かがいる事はとても心強く、安心する。なまえは隣でずっと、大丈夫、もう俺を拐って監禁する人達はいない、全て終わった、一人じゃない、など様々な言葉を掛けてくれた。その甲斐あってか呼吸と心臓の鼓動が安定する。

「…落ち着いた?」
「ああ」

それと同時に照明が点いて、エレベーターが動き始めた。

「良かった動いたみたい」

なまえはエレベーターが動いてるのに気づくと表情が軽くなった。しばらくして、到着の合図の音が鳴って扉が開く。
ああ、やっと解放される。俺は握っていたなまえの手を強く握った。


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