小説 | ナノ



遊戯王
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「君…、誰?」

戸惑った顔で尋ねられたとき、頭の中が真っ白になった。それからの事はあまり覚えていない。でも泣きながら遊作の肩をつかんで何度も自分の名前を叫んだのは覚えている。
やっぱり一緒に帰れば良かった。廊下の椅子に座って、後悔し、拳を強く握り絞めた。

「またね遊作!」

彼が誘拐されたあの日、いつものように私と遊作は夕方まで遊んでいた。家に帰って、明日は何して遊ぼうと考えながらデッキ調整をしていた。でも、次の日を境に遊作は幼稚園に来なかった。お母さんに聞くと、行方不明と教えられた。私のせいだと自分を責めて泣いた。彼が心配だ。

「なまえ、遊作くん見つかったって。」

事件から半年後、遊作が見つかったとお母さんに告げられた。半年間の悔いを忘れて私は喜んだ。遊作は入院しているらしいからお母さんとお見舞いに行く。遊作が好きなお菓子を詰めた箱のお見舞いを持って病室に入ると、遊作の両親とベッドの上にいる遊作がいた。

「遊作!」

やっと彼に会えたことが嬉しくって駆け寄った。しかし、彼に違和感があった。彼は困惑した顔で私を見るのだ。そして、彼は口を開いた。

「君…、誰?」

遊作のお母さんと私のお母さんが病室から出てきた。泣きそうなのをぐっと堪えて母にしがみつく。

「ねえ!遊作は、…遊作はどうしちゃったの!?」
「なまえ。落ち着いて聞いてね」

遊作が私の記憶だけを無くしていた。遊作の両親も友達も先生も分かるのに私だけが分からない状態だった。遊作のお母さんが涙を流して私に謝る。なんで謝るの?遊作のお母さんは悪くないのに。
家に帰って、自分の部屋でずっと考えてた。悲しい。辛い。様々な感情が溢れる。どうして?仲が良くなかった子は覚えてて私は覚えていないの?遊作と初めて出会ったのを思い出す。彼は部屋の隅っこで一人で絵本を読んでいた。私は彼が読んでいる絵本が読みたくって一緒に見ようって声をかけた。これが始まりだ。私は今でも覚えているのに、彼はきっと分からない。こんなのあんまりだ。
しばらくたって、遊作が退院することになった。私は病院の外で母と一緒に遊作を待つ。そして遊作が病院から両親と医者と一緒に出てきた。私は遊作に駆け寄る。

「君は…」
「初めまして!私みょうじなまえって言うの!」

ずっと考えた。彼には思い出してほしいけど、彼の負担になる。彼が私のことを忘れたのは辛いけど、なにも分からない遊作は最も辛かったはずだ。これ以上辛い思いをしてほしくない。だからまた最初っから始めよう。私は待ち続ける。


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