そばにいるためのお話 | ナノ

嵐の前のなんとやら

お食事会場は、思い描いていたものとは正反対の、重い空気に満ちていた。

「ぐっ、軍事会議……?」

の、会場ですかここは。

有利と合流し、立派な扉を開けた先では、それぞれぴしっとした軍服を着たグウェンダルとヴォルフラムが、揃って不機嫌そうに円卓の席についていた。
どう見ても気楽にディナーがおくれる雰囲気ではない。和やかに兄弟の紹介しているコンラッドの声が場違いだ。むしろ、それにキャンキャン食ってかかっているヴォルフラムの態度の方が、この場の空気には合ってるくらいだ。

扉から一番奥の席に座り、むすりとした様子で腕を組むグウェンダルに目をやる。
うーん、近寄りづらい。近寄りづらい、けど。

「あ、あのっ!グウェンダル……さん」

呼び捨てになんて出来ない、そんなあたしは一般小市民。まあ、こちらに視線を向けてくれただけでも良しとしよう。

「先ほどは、ありがとうございました。あの、馬から落ちたとき、受け止めてくれて」
「……………」
「おかげさまで怪我もなく、そのー、おめかしまでさせていただいて……」
「……………」
「……えーっと……」

返事は返ってこない。深い蒼の瞳が興味をなくしたようにシャンパングラスへと戻された。
うーん、覚悟はしていたけど、実際に無視されると、ちょっと辛いなあ。有利と共々、歓迎されてないってのは分かってたはずなのに。しょんぼり。

弱っている涙腺を制して有利に近寄れば、よしよしと頭を撫でてくれた。あー癒されるなー。それになんだかいい匂いもするし。もっとくっついていたくなるような、そんな香りだ。

「有利、香水か何かつけてる?」
「いや。シャンプーじゃねーかな。風呂場にあったんだ、すっげー香りのいいやつ」
「ふーん。やっぱり一緒に入ればよかったかも」
「それはダメ」

コンラッドとギュンターに、両側からステレオで怒られた。何もそんなに怒らなくてもいいのに。

「ユノ、大丈夫だよ。別にグウェンは怒っているわけじゃない」
「そうなの?」
「冗談だろォ、それ」
「本当ですよ。殿下があまりに可愛らしいから、少し恥ずかしがっているだけで」
「コンラート」

すこし尖った重低音。自分が名前を呼ばれたわけでもないのに、あたしと有利はその場で縮み上がった。
そっと視線をやると、グウェンダルの眉間のしわが、さっきよりも深くなっている。

怒ってる。たとえさっきは怒ってなかったんだとしても、今は絶対怒ってるって!

怯えるあたしたちを気遣ってか、コンラッドが話題を変えてくれた。うん、グウェンダルさんのことは気にしないでおこう。ちゃんとお礼も言うことが出来たし。

「俺の父親は素性も知れない旅人で、剣以外には何のとりえもない人間だったんです」
「じゃあ、ハーフ?あ、ハーフとかダブルとか言わないのか。母親が魔族で、父親が……」
「人間です。薄茶の髪と目で、無一文の」
「へえ。でも、コンラッドのお父さんってことは、すっごく格好いい人だったんだろうね」
「そのとおりでしてよ、殿下」
「……わあ……」

声のした方に振り向く。全員の視線が入り口に集まった。
そして飛び込んできたまばゆさに、無意識のうちに感嘆の声を挙げてしまった。

毛先まで美しく整えられた金髪の巻き毛。つややかな色に塗られた細い指先。体の線を見せ付けるタイトなドレスは、豊満な胸と優雅な脚線美をおしげもなくさらしている。ぱっちりとした瞳の周りを長く濃いまつげが彩り、ゆるく笑んだ唇の色は扇情的な赤だ。

非の打ち所のない美しい人。女のあたしでもくらくらするような美女が、視線の先で悠然と微笑んでいた。

「母上」
「母上っ!?」

誰の?え、3人の!?
驚いた。あの3兄弟の母親が、こんなに若くてきれいな人だなんて!
いや、でも、そうか。魔族の年齢は見た目かける5らしいから、これくらいの外見年齢でもいいのか。

……ん?
でも、このセクシーなお姉さまの実年齢が150歳くらいだとして、それなら100歳前後だろうコンラッドを生んだのは50歳くらいの時で?そのとき見た目は、10歳程度で、グウェンダルはコンラッドのお兄ちゃんだから、当然もっと早い時期に産んでいるはずで、その時の見た目は……?

……やめておこう。魔族の生態は、なかなか難しいみたいだ。

ギュンターを除く男たちに順番に抱きついていくセクシーなお姉さま。かろうじて親子に見えるのはヴォルフラムのときだけだ。見た目もそっくりで、美形の優性遺伝子待ったなしって感じ。
あ、有利が腕を抱かれた。思春期まっさかりな少年は、それだけで顔を真っ赤にして固まっている。

そんな兄の姿を見て笑っていると、コンラッドがいたずらっ子みたいな笑顔であたしの横に並んだ。

「少し、意外だな」
「何が?」
「ユーリのことです。あなたと混浴しようとするぐらいだから、てっきりもっと女性に慣れているのかと」
「混浴……あ、さっきのか!違うよ、さすがにこの歳で兄弟一緒にお風呂には入らないって」
「でもさっきは」
「あれは、有利が上がった後にちょっとおこぼれを貰おうとしての発言で」
「で、ん、かぁーっ」
「わっ」

まさか、あたしにまで順番が回ってくるとは思わなかった。
すらりとした長い腕に抱きしめられ、その豊かな胸を押し付けられた。ああ、なんてうらやましいスタイルだろう。背も高くてすらっとしているし、胸も腰もあるのにウエストは細くて……だめだ、泣けてきた。

「殿下、よくお顔を見せてちょうだい。ああなんて可愛らしいお方なのかしら!陛下も大変お可愛らしい方だけれど、やっぱり女の子ね。よく見ると双子でも顔立ちが違うわ。なんてきれいな瞳。今夜の衣装もとてもよくお似合いよ。あたくしが贈った首飾りはつけてくださった?ああ、嬉しいわ殿下。殿下には情熱的な赤が似合うと思ったのっ。あたくしのお下がりで恐縮なんだけれど、どお?気に入っていただけたかしら?」
「えっ、あのっ、はい、それはもう……え?あの、もしかして」

胸の宝石は、前の王様からいただいたもの。それを「あたくしが贈った」って言うってことは。

「あなた、上王陛下?」

うふふ、と口元に手を当てるお姉さまは、とても美しかった。体を離し、あたしと有利を交互に見る。

「眞魔国へようこそ、ユーリ陛下、ユノ殿下。陛下の先代に当たるフォンシュピッツヴェーグ・ツェツィーリエよ」

この人が、ユーリの前の魔王。お姉さまじゃなくて、女王さまだったのか。

ツェリって呼んでね。語尾にハートマークをつけながら微笑む彼女が、細い指であたしと有利の手を握った。

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