そばにいるためのお話 | ナノ

12時間耐久リアルロデオ

渋谷兄妹・異世界滞在2日目。
朝露きらめく澄み切った空気に吐く息も白く染まる。

今日は半日かけて、眞魔国の王都へと向かうらしい。

「馬だー!」

目の前には今日の交通手段が5頭。
てっきり魔法でびゅんっと瞬間移動でもするのかと思っていたのに。そんなことを呟けば、ギュンターに「魔法ではなく魔術ですっ」と怒られてしまった。そんなの魔術も魔法も一緒なんじゃないの?って思ったけど、いろいろと違いがあるらしい。

そんなことひとつをとっても、ここは異世界なんだなーと実感する。
この世界にはこの世界なりの常識やルールが存在しているのだ。異文化は複雑である。

それにしても、軍馬だよ、軍馬!
長く駆れるように訓練された足腰は、テレビや動物園で見る馬のそれよりはずっしりがっしりとしている。見た目は不恰好に違いないのに、なんだか独特の美しさがあるように感じられた。
それに、この目。透き通ったつぶらな瞳!正面から回って撫で回したくなる。草をはむ口からちょっぴり異臭がするのは、まあご愛嬌だ。

愛でたい。ちょー愛でたい。
じりじりと近づくあたしから何か感じ取ったのか、目標の栗毛が一声いなないた。うう、怯えさせちゃった?あたしが近づけば向こうは一歩下がる。不毛な鬼ごっこだ。

寝不足の目をこすって、有利がげんなりと口を開く。

「有乃、元気あるな……」
「有利と違って、ほぼ一日中気絶してたからね。睡眠時間は足りてるの」
「さあ陛下に殿下。こちらへ。俺とギュンター、どちらとタンデムする?」

馬を撫でるのは、また後でね。
すっと手を差し出したコンラッドは、朝からミントみたいに爽やかな笑顔を浮かべた。



陛下のお迎えの任を受け賜った魔族は、ギュンターレベルではないにせよ、みんな美形だった。
その美形が、そろってみんな、軍服を着ている。
昨晩は気づかなかったが、これって良く考えると、すっごくいい光景だ。あたしじゃなくても、女の子ならみんな大歓喜。イケメンのこういう特殊な制服が嫌いな子はいない。

今となっては、それを楽しむ余裕もないけれど。

馬を、なめてた。

有利の時計によれば、もう6時間も馬で走りっぱなしらしい。慣れない乗馬にお尻が痛い。これじゃあ愛でる前に苦手意識が生まれてしまいそうだ。
2人乗りの後ろから回されたギュンターさんの腕に、最初こそ出来るだけ距離を取っていたけれど、今はすっかり寄りかかってしまっていた。恥ずかしいなんて思う余裕はない。

「もう、限界」
「右に同じ」
「がんばって2人とも。あと半分走りきったら、どんなことでもしてあげますから」

昼飯にしよう。ノーカンティーという名の馬のたてがみを撫でながらコンラッドが提案する。
あいにくと、食欲なんてちっともわかなかった。それよりも水が飲みたい。爽やかな喉越し、氷でキンキンに冷やしてあるやつ。

地面に座り込み、2人そろって息をついた。

「炭酸水が飲みたい。サイダーが飲みたい」
「おー、いーねぇー。つーか、もう冷えた水分なら、なんでもいいや」

並んで駄々をこねるあたしと有利の前に、すっと、小さなお盆が差し出される。
顔を上げると、すみれ色の髪と瞳の女の子と目が合った。透き通った肌の白さの中で、頬だけがピンク色に染まっている。緊張しているんだろうか。その手には、きんと冷えた透明なグラス。

お水、くれるの?飲んでいいの?

背後でギュンターが何か言っている。その声が聞こえているのかいないのか、有利はまっすぐに彼女の視線を受け止めた。

「君は魔族なんだよね?」
「はい、陛下。我らが持てる最後のひとしずくまで、お2方のお役に立てれば幸せです」

女の子の言葉を受けて、差し出されたグラスに有利が手を伸ばす。ギュンターが制止する声が聞こえる。
だけどそのどれよりも早く、コンラッドの手が彼女からグラスを取り、その中身を軽く口に含んだ。

グラスを有利に渡しながら、低くささやく。

「少し残して」

……うわあ、毒見だ。まるでテレビの中の時代劇みたいなことが、目の前で実際に起こってる。
ささやかれたとおり、あたしと有利は水を半分に分け合った。ほんの少しだけ水の残ったグラスを少女に返す。

今までへたれていた視界がすっきりと冴えた気がする。

「お水、ありがとう。とってもおいしかった」
「はいっ」

頭を下げて走り去った魔族の少女の背中を目で追いかける。なんとまあ、嬉しそうな顔で笑うんだろう。
コンラッドが人のいい笑顔で言う。

「彼女は、あなた方に飲み水を差し出せたことを、生涯の誇りにするでしょう」
「そんな、むしろこっちが感謝しなくちゃいけない立場なのに」

こんな行動ひとつが、彼女の生涯に刻まれるなんて。驚きよりも戸惑いを覚える。
民に待ち望まれる新魔王陛下。有利がどれだけの期待を背負っているのか、それがほんの少しだけ分かった気がした。

「コンラート、あなたは庶民に肩入れしすぎです」
「だから何?国民に肩入れしなくって、誰にしろって言うんだ?ああもちろん」

ギュンターが眉をしかめる。うん、そんな表情も素敵ですねギュンターさん。美人は3日でー、なんて言うけど、この美しさはきっと明日になっても飽きることなんて出来ないだろう。

ふっと、コンラッドが軽く笑った。茶色い瞳があたしたちの姿を納めている。
銀の虹彩が真剣味を帯びてわずかに光る。

「陛下には肩なんていわずに、手でも胸でも命でも差し上げますが。もちろん殿下にも」
「……胸とか命はいらないよ」
「右に同じ」

お昼休憩も終わり、再び地獄の時間が始まるらしい。有利が悲鳴をあげている。

この子たちもなー、見てるだけならこんなに可愛いのに。その背中に乗ったが最後、想像を絶する揺れとお尻の痛み。
そっと近寄って栗毛の馬に触れれば、想像した以上のぬくもりが手のひらから伝わってきた。良かった、もうおびえられてないらしい。今のうちに存分に触っておこう。

毛並みを堪能しているあたしにコンラッドが声をかけてくる。

「ユノ様は、馬がお好きなんですか?」
「馬っていうか、動物全般。かわいいですよねー。大好き!」
「それなら今度、城下の森を案内しましょうか。地球では見たこともない生き物が見られるかもしれない」
「本当!?やった、約束だからね、コンラッド……じゃない、コンラートさん」
「どうぞコンラッドと呼んでください。そのほうが呼びやすいでしょう」

この人、やっぱりいい人だ。優しく笑う彼の言葉は社交辞令かもしれないけれど、この後の過酷な状況への不安をほんの少し払拭してくれた。

ああでも、骨飛族とか、そっち系の動物は勘弁してください。昨日気を失う直前に見た眼孔を思い出す。
今も彼らは、頭上からあたしたちを見下ろしている。きっと、いい子(?)達なんだろうけれど。昨日だって、実はあたしを助けてくれたらしいんだけれど。一度生まれた苦手意識は、そう簡単に克服できそうになかった。

「出来れば、ふわもこの動物が見たいなー。目がつぶらなやつ」
「ああ。ご満足いただけるように、ちゃんとエスコートするよ」
「ああっ殿下、なんと愛らしいっ」

へらっ、と笑うと、後方のギュンターが悲鳴を上げた。なんだなんだ、いきなりどうしたの美人さん。あたし今、何かした?振り返ると、なぜか兵士さんたちまでが、なんともいえない笑みを浮かべてこちらを見ている。

え、何。この生暖かい視線は。

向けられる視線に戸惑いながらも、あたしは出発の時間まで馬のたてがみをなで続けたのだった。



王都に入るために、有利とともに付け焼刃の乗馬方法を教わった。しっかりと手綱を持って、揺れに体をあわせて。お互い四苦八苦しながらもなんとか外面だけは整える。

ちなみに、さっきまでは兵士さんから貸していただいたズボンを着ていたんだけれど、入城に際して、元々着ていた制服のスカートにはきかえることとなった。ギュンターいわく、「殿下にはやはりその黒のお召し物がお似合いです兵服などもっての他ですー!」らしい。
黒というよりも深い紺色の、水が乾いてパリパリになった制服のスカートは、少し、プリーツが乱れていた。

有利と同じ青毛の馬に横乗りする。あたしの体をはさむように、後ろから有利が手綱を握る。

「お、落ちるなよ、有乃」
「落とさないでよ、有利」

心臓の音まで聞こえてきそう。息がかかるほど近くにいる有利からダイレクトに緊張が伝わってくる。

「よっし有利おちついて。深呼吸して。ひっひっふー、ひっひっふー」
「……それ、ラマーズ法じゃね?」

思っている以上に、あたしも緊張しているらしい。

ギュンターが告げる長ったらしい国名は気持ち半分に、あたしと兄は馬上から国民たちを見下ろす。

色とりどりの髪色を持つ魔族は、みんなそろって新魔王の到着を歓迎していた。リーグ優勝の凱旋パレードってレベルじゃない。みんな心からの笑顔と歓声で新魔王を迎えている。

メインストリートを歩く、有利がアオと名づけたこの馬の横を、一人の少女が付き従うように走りよる。その手から差し出された花束を受け取ったギュンターは、一度じっくりとそれを確認した後、こちらへ渋々と渡してきた。

「観賞用の平凡な花です。毒もなければ棘もありません。あの娘としては私より陛下にお渡ししたかったのでしょうから」
「そんなことないのにー。俺よりもあんたのがずーっとモテそうなのにー」
「有利は、どっちかっていうと、花より団子だしねー」
「ちょっと有乃さん、それはあんまりじゃね?」

代わりに持ってて、と花束を渡される。薄紅色の八重の花弁。
そっと顔を近づければ、ふんわりと微かに甘い香りがただよってきた。

「いーいにおい」

城壁を越えた先には、またも見たこともないような光景が広がっていた。
世界遺産のような城を目指して進むあたしたちに、並んだ兵士さんたちからのいらっしゃいませ攻撃。まるで開店直後のデパートのようだ。なんだか急に偉くなったような気分がして、小市民としては縮こまってしまう。あ、実際に偉いのか。なんたって有利は魔王陛下だもんね。

後ろにつき従うコンラッドがまたひとつこの世界の常識を教えてくれる。魔王の直轄地とその他十貴族が納める土地。フォンと名のつく姓。ギュンターもフォンクライスト卿だから、その十貴族の一員って訳ね。
あれ、でもそれじゃ、コンラッドは。

「もうあの男の好きにはさせません。こればかりはグウェンダルもヴォルフラムも、間違いなく同じ気持ちでしょう」
「そう願いたいもんだね」
「あのさ、そのスピッツだかスピルバーグだとかいう人は……」

振り向こうとした有利の体が当たり、軽くバランスを崩す。傾いだ体は支えを求めて、思わずアオの首に抱きついた。右手に持った花束がアオの耳に近づく。

途端。

彼女の野生が目を覚ました。

「へっ」
「ッきゃあー!?」
「ユーリ!? ユノ!」

びゅんびゅん音を立てて通り過ぎていく風景。背中の有利があたしごとアオの首に抱きつく。

いいいいい一体、何が起こったの!?

「ゆゆゆゆーちゃん何これどうしたの怖いよ怖いよ怖いよー!」
「おおおおお落ち着け有乃ッ、ととととととりあえず絶対に離すなよ!?」

言われなくても!
今まで以上にぎゅっと両腕に力をこめる。背中に感じる兄の体温が熱い。

何なの、いったい何が起こったの、どうしてこうなったの!?

背後から呼びかけるコンラッドたちの声も耳に届かない。あたしたちは情けない悲鳴をあげながら馬の背に揺さぶられるしかない。
ただぎゅっと目を閉じて、あたしは最悪の事態を予測していた。

異世界で、死亡。理由、落馬。
そんなんじゃ死んでも死に切れない。毎晩アオの枕元に出てやるーっ!

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