そばにいるためのお話 | ナノ

異国?いえいえ、異世界です

女の子は常に愛らしくあれ。
うちの母親がいつも口を酸っぱくして言っていることだ。

媚を売るようなそれではなく、可愛く気高く美しく生きなさい。
誰からもとは言わないけれど、多くの人に愛される人になりなさい。
自分が受けた愛を返せるようになりなさい。
愛される喜びを他の人にも教えてあげなさい。
守られるだけではなく、あなたも愛する人を守れる強さを持ちなさい。

愛を知る子は、誰よりも優しく強くなれる。
だからあなたは人を愛し、愛されて生きなさい。

そう笑った母の言った通りに生きれているのか、まだ自信は持てないでいる。
生まれて15年じゃまだ“愛”なんてもの難しくてよく理解できないし、これから理解できるのかも分からない。
もしそのとおりに生きれたら、それはとても素敵なことだと思うけれど。

今はただ、手を伸ばせる範囲でいい。あたしのそばにある大切なものを守りたい。
お互い笑いあって手を取り合って。そうやって過ごしてたい。そう思う。

目が覚めて最初に感じたのは、髪をなでられている感覚。暖かな手が頬をすべり、ゆっくりと離れていった。

「……んー……」
「+#%&@*?」
「っ有乃」
「うー……ゆう、り」

口が渇いてうまく声が出ない。体を起こして咳き込むあたしの背中を誰かがさすってくれる。

「けほっ、あー……ありがとう……」
「有乃、ほらこれ」

有利が差し出してくれた木製のマグを受け取る。飲み込んだぬるい水が、ゆっくりと喉を潤していった、
ああ、生き返った気分。父さんがお風呂あがりにビールを飲むのって、こんな感じなのかもしれない。

「ありがとう、有利」
「もう平気か?どこも痛くないか?」
「うん。大丈夫」

寝かされていたらしいベッドから体を起こし、少しだけあたりを見渡す。家具の少ない、簡素な一室だ。照明も薄暗い。薪ストーブには赤々とした灯がともっているから室温は暖かい。
カーテンのない窓から見える外はすっかり真っ暗だ。意識を失う前に見た空は濃い青色だったはずなのに。どれだけ長い間気絶してたんだろう、あたし。

一息つけば、徐々にさっきまでの体験が思い出されてきた。

トイレに流されて、起きたらアルプスで、本当はちょっと過激なテーマパークで、イケおじ(イケメンなおじ様の略)がマッチョで、有利が外国語ペラペラで、ガイコツと空を飛ぶ悪趣味なサービスがあって、気がついたらまたどこか知らない部屋のベッドの上で。

なんだか、夢だとしか言いようがない、非日常的な出来事の連続だ。
いきなりいろんなことが起こりすぎて、状況が飲み込めない。理解しようにも情報が少なすぎる。

ぐるぐる回る頭を抱える。震えた声があたしを呼び、顔を覗き込んできた。

「有乃。やっぱり気分悪いのか?」
「ああ、ごめん有利。大丈夫。もう平気だよ。ちょっと考えがまとまらないだけ」

だから有利、そんな顔しないで。眉がすっかり下がりきってしまっている。
あたしと有利は二卵性の双子だけど、お互いに母親似だ。顔のつくりはよく似ている。あたしも、泣きそうなときにはこんな顔をしているのだろうか。

「あはっ。もー情けない顔ー」
「なっ……あーもう、心配して損した!」
「あはは。うん。ありがとう、有利」
「@*<%>」

笑うあたしの手からマグが回収された。

つられて顔を上げれば、人好きのする笑顔を浮かべた好青年があたしを見下ろしていた。あたしたち以外にも人がいたのね、まったく気づかなかった。

1人はハリウッド俳優みたいな外国製イケメンだった。穏やかな茶色の瞳に銀色の虹彩が星みたいに光っている。眉の横に小さな傷。カーキ色の軍服のようなものを着ているし、軍人さんだろうか。
その後ろに目をやれば……視線が合って、息を呑む。そこにいたのは、いままでちょっと見たことないような美人な男性だった。目が合っただけなのにくらくらしてしまう。長い手足に小さい顔。均整の取れた体躯が白い不思議な服に包まれている。すみれ色の長い髪は女性のものよりもつややかで、何に心を痛めているのか、髪と同色の瞳は悲痛に細められていた。

こんなに濃い面子を、どうして見過ごせていたんだろう。寝起きってすごい。

「*@#? @:*@$」
「+#!:‘*@>%……」
「え?あ、えっと、あの」
「#$% 。だよなっ、有乃」
「え、何が?」
「え?」

そんないい笑顔で同意を求められても困るのだけれど。
揃って首を傾げたあたしたちに、好青年は肩をすくめて苦笑する。

「@+、&%:@*」
「*、:#! 有乃、これを持ってみてくれ」
「何これ。石?」

渡されたのは、親指の先程度の黒い小さな塊だった。
石と呼ぶにはその光沢は滑らかで、薄暗い照明にかざしてみれば、いくつもの小さな結晶が含まれているのが分かる。それぞれが光を反射して、すごくきれいだ。

「石っていうか、宝石?」
「“魔石”ですよ、ユノ殿下」
「マセキ?へえ、そんな種類の宝石があるのね……って」

今喋ったの誰?
宝石から声のほうへと視線を移す。ニコニコと微笑む青年の口が、その雰囲気通りの柔らかな口調で言葉をつむいだ。

「そう。しかも眞王から賜った特別製だ」
「し?おーう?何それ。っていうか、日本語喋れるんだ!良かった、ようやく話ができそうな人が」
「有乃、コンラッドの言ってることが分かるのか?」
「え?何言ってるの有利。流暢な日本語じゃない」

発音も完璧、語彙力もありそう。ネイティブの日本語レベルだ。まあ、ばりばり西洋人です!って人の口からでてくるのは、やっぱり違和感があるけれど。
ねえ?と同意を求めるあたしを目にして、彼は苦笑と共に肩をすくめる。ハリウッドの映画俳優みたいなしぐさだ。

「うーん。悪いけど、あいにく俺が喋ってるのは日本語じゃないんだ、ユノ様」
「え?何言ってるんですかお兄さん。っていうか、様って」
「僭越ながら、それについては今から私から説明させて頂きます、ユノ殿下」
「で、でんか?」

美人さんも日本語が話せるらしい。戸惑うあたしの前に、いい声の2人がそろってひざまずく。思わずこっちまでつられてベッドの上に正座してしまった。

なんだなんだ。もしかして、まだアトラクションは続いてるのだろうか。ガイコツのどアップを思い出して頬が引きつったあたしの隣に、有利が腰を下ろした。

「有乃。あのさ、落ち着いて聞いてくれよ?」

苦笑する青年と、なんだか嬉しそうな男性に、ため息をつく有利。
なんでだろう、すごくいやな予感がした。

それから時間をかけて説明されたのは、ちょっと信じられないような話だった。

いわく、ここは異世界である。
いわく、彼らは魔族であり、ここは魔族の土地である。
いわく、有利は魔族の王となるべき存在である。
いわく、そのために有利はこの世界に召喚された。
いわく、あたしたちみたいな黒髪黒目は双黒と呼ばれ、人間にとって忌むべき存在である。
いわく、逆に魔族にとって双黒は尊ばれる存在であり、貴重な国の宝である。
いわく、人間は魔族の敵であり、滅ぼさなくてはならない。

異世界だとか魔族だとか、ファンタジー小説にでも出てきそうなキーワードのオンパレードに、頭がぐるぐるする。突然つきつけられた非現実的な状況についていけない。まるで夢物語のようだ。
けれどこれは夢じゃない、紛れもない現実なのだと、今のあたしにとって唯一の『日常』である兄が『非日常』を告げた。

「本来こちらへお呼びするのは、ユーリ陛下お1人のはずでした。しかし、そのー……不測の事態により、ユノ殿下を巻き込んでしまったのです」

召喚方法がスターツアーズって、なかなか斬新ですね。しかもトイレって。
そうすると、不測の事態っていうのは、あたしが有利の手を掴んじゃったことだろうか。ってことは、元はといえば、それってあたしが原因ってことなんじゃ?

「いや、それについては全然いいんですけど。むしろあたしのせいみたいだし。だから顔を上げてくださいギュンターさん」
「どうぞ、ギュンターとお呼びください、ユノ殿下」

そういって恭しく頭を垂れる。ああやめてください、美人さんにそんなことされると、困る、すごく困る、恥ずかしさ以上に罪悪感が半端ない!
それに、こんな状況に有利を1人きりにせずにすんだのだ。彼らには申し訳ないけれど、これもかえって良かったかもしれない。

うーん、それにしても。

「有利が魔王、ねぇ……」
「……なんだよその顔」
「だって」

はっきり言って、似合わない。
けなしているわけじゃないけれど、有利はせいぜい、RPGの序盤の村に出てくる通行人Cくらいの役だろう。正義感の強さは勇者クラスだけれど。
自分でもそれは分かっているのか、神妙な面持ちのまま、有利は深く深くため息をついた。

「俺だって、まだ、何がなんだか」
「だよねー」

いきなり召喚されて、あなたは魔族です、魔王になるお人なのですなんて言われて。そんなの、納得出来ないのが当然だろう。

「けれど、これが現実なんだ」

困ったように言うコンラッドさんもギュンターさんも、もちろん魔族で。
見た目はまったく人間と変わらない……まあギュンターさんはちょっと信じられないくらいの美形ではあるけれど、この人たちが、魔族。

ちなみに、あたしが今彼らの言葉を理解できているのは、この黒い宝石のおかげらしい。
眞王とかいう偉い人がわざわざ用意してくれたこの魔石には、自動翻訳機能が備わっているのだという。これに触れていれば、あら不思議!あっという間にこの世界の人との意思疎通が可能に!まさに翻訳コンニャクさまさまである。

有利の方はといえば、この魔石がなくてもこの国の言葉が理解できるらしい。最初からマッチョなおじ様や村人と喋ってたしね。
どうしてなのかと尋ねれば、ギュンターさんが嬉しそうに説明を始めた。蓄積言語だとか法術だとか。また出てきたニューワード。そろそろ頭が容量いっぱいでついていけそうにない。ギュンターさんには申し訳ないが、聞き流す程度にしておこう。

とりあえず、今置かれている状況については、大体把握できた。
ここは剣と魔法のファンタジー世界。けれどラスボスであるはずの魔王は双子の兄。滅ぼすべきは人間たち。

「なんだか、とんでもないところに来ちゃったなあ」
「本っ当にな」

さよなら日常、いらっしゃい非日常。

あたしと有利は、魔族2人の前で、図ったように同時にため息をついたのだった。

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