そばにいるためのお話 | ナノ

アルプス、もしくは新手のテーマパーク?

『お前の魂には色がない』

―――……えーっと、いきなりどちら様で?

『何物にもなりえ、何物にもならない。無色透明の魂。感化され続けるもの』

―――ちょっと何の話か分からないんですけど。どなたですか?

『個でありながら全。完璧でありながら歪な形。全てを奪い全てを与える』

―――あのー、無視してないで、答えてくれませんかー?

『器がどう影響するのか……面白い。見届けてやろう、移ろう者よ』

―――おーい……聞いてますかー……?

『認めてやる。お前は、俺のものだ』

―――会話のドッヂボールもいい加減にしようよ!?



目を開ければ、広い広い青空が広がっていた。

「……いい洗濯日和ー?」

爽やかな空気とは正反対に、あたしは心も体も重い。

なんだか夢を見ていた気がする。しかも、ものすごく理不尽な感じの。
目覚めてからもモヤモヤするなんて、いったいどんな強烈なものを見ていたんだか。

意識の浮上とともに、少しずつ全身の感覚が戻ってくる。濡れた服が肌に張り付く不快感に、鼻の奥がツーンとする感じ、まぶしいほどの太陽の光。

全身がずぶぬれになっていることを把握する。ああ、どうやらあのスタツアは、夢ではなかったらしい。

懐かしいなぁ、スタツア。
有利は父さんに引きづられて散々乗っていたけど、あたしは宇宙飛行なんかよりは、黄色い熊のはちみつ狩りの方が好きだった。たとえそのキャラクターの声が、ただのおじさんにしか聞こえなくても。母親ほどまではなくても、SFよりはファンタジーの方が好みだ。だって、女の子だもん。

ようやく覚醒しきったあたしの耳に、誰かの大声が飛び込んできた。

声は次第に数を増し、のどかな空気を場違いに震わせている。聞こえてくる言語は日本語の響きではない。話している内容は分からないが、そのトーンから、怒声だと言うことだけは理解できた。

「有乃、気がついたのか!?」
「有利……おはよう?」

たくさんの声に混じる、聞き覚えのある声。意外と近くから聞こえてきてびっくりする。有利は寝転ぶあたしをかばうように両手を広げていた。
体を起こすあたしを助けながら、有利は安堵と呆れの混じったため息をついた。

「のんきに挨拶してる場合じゃないっての、この状況」
「あはは……ところで有利、あたしたち、なんでいきなりアルプスにいるの?」
「そんなのっ」

俺が知りてぇよ!なんだか泣き出しそうな有利である。

「起きたらいきなりアルプス山脈で、従業員さんには石投げられるし、アメフトマッチョにはヘッドロックされるしさぁ!?」

……あたしが意識を失っている間に、どうやら散々なことが起きたようだ。

雄雄しくそびえ立つ山々に、舗装されていない道路、古き良き外国の村をイメージさせる石造りの家々。煙突から立ち上る煙をバックに、有利を、そしてあたしを囲むようにして立っているのは、コスプレかと言いたくなる衣装に身を包み、怯えと怒りの色をにじませた外国人さん達だった。その手には、それぞれ鍬やら斧やら鋤やらが握られている。

農作業の途中だったのかな、なんてのん気に考えるには、彼らから発せられる敵意はあからさまで。
おそらくあの農具は、今は武器としての役割を果たしている。

公園の水洗トイレに流されて、スタツアで、目覚めた場所はアルプスで。夢だと思いたいのに、つねった頬はじんじんと痛む。

えーっと、これが夢じゃないとしたら……。

「……あ、分かった、テーマパークだ!」

公園で気を失ったあたしたちは、なぜかどこかのテーマパークに運ばれたんだ。それで彼らは、入場料を払ってない不審なあたしたちを警戒している従業員さんなんだ。
なーんだそっかー、びっくりしたなあもう。そう考えればこの非日常的な風景も彼らの服装にも説明がつく。随分と広大な施設のようだけれど、日本のどこかにはこんな場所もあるんだろう。

それにしても、最近のテーマパークって、こんなにハードな内容なの?有利も、さっき石を投げられたって言ってたし。えすさんとえむさん向け的な?大人な感じなのかしら?でも、あたしたちだって自分の意思でここに入ったわけじゃないんだから、もう少し優しく落ち着いて対応してくれればいいのにー。

近づいてくる気配に視線を向ける。あたしを見下ろす、ひときわ目立つ外見の男と目が合った。きれいな碧眼が大きく見開かれる。そんな彼と同じくらい、あたしの顔は驚きの表情を浮かべているはずだ。

すっごい美丈夫。今まで見たことがないくらいのワイルド系美形だ。こんな状況じゃなかったら一緒に写真をとってくださいと申し込みたいくらい。アゴは割れてるけど。でもほら、西洋人にとって、割れたアゴは男らしさの象徴だとかって話を聞いたことがある。ハリウッドスターにも多いしね、割れアゴ。あたしはいいと思うな、割れアゴ。むしろダンディさが増して格好いいよおじ様。中世ヨーロッパっぽい衣装の上からでも分かるほど鍛えられた筋肉もすばらしい。うちの有利に少し分けてあげてください。

彼の長い足が一歩こちらへ踏み出され、それと同時に、有利は男からあたしをかばうように立ちふさがった。学ランの背中は、お世辞にも頼りがいのある広さとは言えない。まだ成長途中の少年のそれだ。
なんだか今日は有利にかばわれてばかりだ。

「#$、v*@>r%&x’=%&!?」
「%@:;c$」
「……え、ちょっと有利、今なんて言ったの?」

聞きなれた兄の声と男のバリトンボイスが交わした言語は、どう聞いても日本語のそれじゃなかった。
困惑するあたしをよそに、2人はまるで当たり前のように言葉を交わしていく。見ている感じ意思疎通は出来ているようだ。有利ってば、いつの間に外国語をマスターしてたんだろう?脳みそ筋肉族のくせに。

「+‘*<@<&#”」
「*;&#%)’〜>ー!」
「うーん、何語だろうなあ、これ。英語じゃないみたいだけど」

英語なら、まあカタコトでなら話せるかもしれないのに。聞こえてくる音の響きに覚えはない。お手上げだ。この場はおとなしく有利に任せることにしよう。

村人役(仮)の人たちはいまだ刺すような目でこちらを見ている。2人の会話に加わろうとはしないが、農具を握り締める手は、力を入れすぎて真っ白だ。
もしかしたら、あのおじ様が、このアトラクションの代表なんだろうか。

……そういえば、村田くんは無事かな。
助けを頼んでいたし、きっと姿を消したあたし達を探してくれているはずだ。連絡しようにも携帯は鞄ごとトイレに置いてきてしまったみたい。いや、そもそもあたし、村田君の連絡先も知らないけれど。

とにかく今は、この訳の分からない状況から抜け出さなければ。

立ち上がろうと力をこめた右足は、けれど地面を踏みしめることはなかった。

「……え?」

視界が上がる。兄と男の姿が見る見るうちに小さくなる。上昇とともに耳元で風を切る音がする。
村人役さんたちから悲鳴が上がったけれど、そんなの、叫びたいのはこっちだ。

何、あたし今、飛んでる?

もちろんあたしはただのフツーの一般女子高生で、羽も生えてなければ、兄達がやってたゲームに出てくるどこかのヨガフレイムみたいに浮かぶ能力も持っていない。
そんなに考えることもなく、答えは簡単に出た。両の二の腕に体重がかかって痛いから。
何かがあたしの腕を掴み、宙に浮かばせているのだ。

ああそうか、これって次のアトラクションか。高い位置から我がテーマパークをご覧ください的なあれか。まったく、サプライズでこんなことするなんて、怒っている割にはサービス精神旺盛なテーマパークだこと。できればもっとタイミングを計ってほしかったところけれど。あいにくこっちは今そんな気分じゃない。

それにしても、さっき周囲を見たときには、人1人を持ち上げられるような大掛かりな仕掛けはなかったはずなのに。いつの間にそんなものをセッティングしたんだろう。自分の体を支えているものが何かを確認しようと首を回す。

あたしの腕を掴んで飛翔する、ガイコツと、目が、合った。

……え。ガイコツ?

精巧な骨格標本。背中には薄く古ぼけた茶色の羽。よたよたと心もとない動きで飛びながら、その眼孔があたしを見つめている。

「え……」
「……………」
「……う……あ……」
「……………」

見詰め合うこと数秒。そのドクロがカタカタと歯を鳴らしたのが決定打だった。

ああ、無理。キャパオーバー。
あたしの神経は思っていたよりも弱かったらしい。

張り詰めていたらしい何かが音を立てて切れ、本日2回目のブラックアウトが訪れる。
ごめんね有利、あとの交渉は君に任せたよ。大丈夫、有利はいざというときはやれる男だって、あたし信じてる。なんたってあたしのお兄ちゃんなんだから!

完璧に意識を失う直前、誰かがあたしを呼ぶ声がした。

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