そばにいるためのお話 | ナノ

端緒

 
はじめの街に有利とグウェンダルはいなかった。どうやら先に進んだらしい。

斥候から帰って来たコンラッドへのねぎらいもそこそこに、あたしたちは急いで首都へと向かった。長時間馬の背に揺られての行軍は過酷だったけれど、有利たちのことを考えれば、弱音を吐いている暇はなかった。

この1か月のウォーキングでついた付け焼刃の体力も底をつきかけた時、ようやくスヴェレラの首都へと到着した。
日が沈んで久しく、急激に下がった気温が悪寒を運ぶ。街の規模は大きいのに、どこか活気のない通りのせいで、尚更薄ら寒さを感じてしまう。

それぞれが魔王陛下とフォンヴォルテール卿の捜索へと向かい、あたしもコンラッドとヴォルフラムの2人の後に続いて、夜の街へと繰り出した。

首都の歓楽街だというのに、やっぱり通りには物悲しい雰囲気が漂っている。夜の街にまともに出たことがあるわけじゃないからイメージでしかないけれど、歓楽街ってもっと活気があるものなんじゃないだろうか。店には灯りがついているにも関わらず、隠し切れない空虚感がある。
酒場の店先で管をまく兵士を眺めていると、コンラッドが軽くあたしの後頭部を押してきた。そのまま、羽織のフードを目深に被り直される。

「出来るだけ顔を隠してください」
「う、うん」

とっても不可解なことだけど、この世界において、あたしと有利はものすごーく美しい顔立ちをしているのだそうだ。そんな顔立ちの女性が出歩くには、夜の歓楽街は少々危険らしい。
まったく過保護が過ぎるとは思うけれど、こうして対策をしないと宿で留守番だと言われてしまえば、頷かざるを得なかった。ヴォルフのことを美少年だって感じてるんだから、審美眼には問題ないはずなんだけどなあ。やっぱり黒髪補正なのだろうか。

顔を隠しつつきょろきょろと周囲を見渡す私は、相当怪しく見えるだろう。隣を歩くハンサムと美少年のせいで余計目立っている気がする。

「気分が悪い」

ずっと黙っていたヴォルフが、低い声でつぶやいた。

「この街には法力に従う要素が満ちている。しかも法術師の数も多い」
「俺には魔力のかけらもないから分からないけれど、辛いならユノと一緒に宿で……」

……え、あたしも!?

「うるさい」

次兄の気遣いを末弟が一蹴した。強情だ。
小さく肩をすくめただけで、コンラッドはそれ以上何も言わなかった。ヴォルフのプライドを刺激しないためだろう。代わりに、長兄を思いやる言葉を口にする。

「そんなに法力に従う要素が多い街で、グウェンダルは力を使えるだろうか」
「魔術や魔力に頼らなくても、兄上は十分に立派な武人だ。だが、正直なところこれだけ魔族に不利な土地で、魔術を自在に操れるのは、母上と」

次の言葉を発する直前、ヴォルフは不自然に息を吸った。

「……スザナ・ジュリアくらいしか、思いつかない」

ジュリア。聞き覚えがある。眞魔国3大魔女と呼ばれた人で、アーダルベルトの婚約者だった人。コンラッドの大切な人。
もうこの世にはいない人。

「そりゃ大変だ」

ヴォルフラムの逡巡はよそに、コンラッドは気にした様子もなかった。それが本心なのか強がりなのかは、薄暗い夜の明かりでは分からなかった。
表通りから路地に入る道を曲がる。少なくなった光源は当然道の端々までには届かず、夜の闇がそこかしこに停滞している。

……ジュリアって、どんな人だったんだろう。話を聞くほどに気になってくる。その人自身の経歴も、周囲の人物の関係性も、すべて謎だ。

考え事をしていたせいだろう。角を曲がってきた影に気づかず、出てきた人とぶつかってしまった。同じくらいの体格だったせいで転ばずには済んだものの、お互いよろけてしまう。衝撃で頭からかぶっていた布が半分取れてしまった。

「あっ、ごめんなさ……」
「ユーリ!無事だったのね!?」

体勢を立て直すよりも先に、ぶつかってきた人に腕を取られた。

「えっ」
「良かったわ、逃げられたのね。心配していたのよ。……あら、お連れの恋人は?手枷も外れているみたいだし、今は別行動中なの?」
「ちょ、ちょっと待って!」

取られた腕を逆に握り返す。
ぶつかったのは女の子だった。あたしから見てもビックリするくらい小柄で、少年とも言えるような体つきだ。つかんだ手首は細く、折れてしまいそうなほどだ。

「あなた、有利を知ってるの?」
「え?……あら?」

そこでやっと気づいたらしい。女の子は少し落胆したように眉を下げた。

「……ごめんなさい、人違いだわ。知り合いによく似ていたから」
「ううん、人違いじゃない!や、違うけど、違ってないっていうか」
「ユノ、落ち着いて」

コンラッドが軽くあたしの背に触れ、ヴォルフラムが呆れたように息をついた。
言われた通りに深呼吸をして、頭にハテナを浮かべている女の子に話しかける。

「有利はあたしの兄なの。あたしたち、はぐれた有利とグウェンを探しているの」
「まあ、そうだったのね。あなた、ユーリの……そちらの方も魔族のようだけれど、あなたもユーリの兄弟なの?」
「僕がユーリの?まさか!」

いつでもどこでも偉そうな(実際にえらい)元プリンス現閣下のヴォルフラムは、腰に手を当ててふんぞり返った。

「僕はユーリの婚約者だ」
「え」

女の子が「やっべ」って感じで唇に手を当てた。

「ということは、それじゃ、あなたが、あのっそのォ」
「なんだ」
「……婚約者をお兄様に奪われたという弟さんなのね?」
「何ぃ!?」

ヴォルフラムの白い頬が紅潮した。唇がわななき、今にもかみつきそうな顔をして、隣のコンラッドに詰め寄る。

「どういうことだコンラート!?兄上がそんな、まさか、いややっぱり、というかあの尻軽ッ!」
「落ち着けヴォルフラム。ちょっとした誤解だから」
「いいえ。誤解じゃないわ」

火に油を注がれ、コンラッドが天を仰いだ。更に激昂するヴォルフに気づいていないのか、女の子はいかに有利とグウェンが仲睦まじく寄り添っていたかを語りだす。
……そんなことを聞かされて、妹のあたしはどんな顔をすればいいんだろう……。

コンラッドに耳打ちしてみる。

「結局、有利の婚約話ってどうなってるの?」
「そこは当人たちの問題ですからね。俺からは何とも」

はぐらかされたのか、それとも本気で年少者2人を見守るつもりなのだろうか。

ゴミ箱に当たり始めたヴォルフラムについてはそっとしておくことに決めたらしい。荒れたヴォルフラムに動揺したのか、女の子は泣きそうな顔をして所在無さげに立ちすくんでいる。その細い肩に手を置き、コンラッドは相手を落ち着かせるように、ゆっくりと語りかけた。

「では君は、陛……ユーリたちの居場所を知っているんだね?」
「少なくともどこに連れていかれるかは、わかるわ。あたしもそうなるところだったから」

女の子の瞳が曇る。下げられた視線は誰かを思い出しているようだ。その目は、出会ったばかりだろう有利を心配するにしては、熱がこもりすぎていた。
まるで遠く離れた恋人を想っているかのようだ。

「正式に別れると誓えなかった場合……寄場送りにされてしまう」

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