そばにいるためのお話 | ナノ

決闘、そして目覚める力

「殿下、遅かったですね」
「うん、ちょっとね。……このお城広すぎる……」
「はい?」
「や、なんでもないです」

ええ、案の定道に迷っていましたとも。

あそこで運良く人に会わなかったら、今頃どうなっていたことか。
ここまで案内してくれた気さくなオレンジ髪のメイドさんを思い出しつつ、駆け寄ってきたコンラッドとギュンターに手を振った。

中庭の中央に目をやれば、すでに有利とヴォルフラムは対峙していた。私闘の様子が分からないようにか、観客は最小限。中庭に面した窓も全て閉ざされている。
見知った顔を捜すと、一番にグウェンダルの姿を見つけることが出来た。壁に寄りかかるその姿は相変わらず不機嫌そうだ。あ、バルコニーのツェリさんが手を振ってくれた。

有利たちに視線を戻す。2人は石畳に書かれた、直径数メートルの白い円の中にいた。有利は上半身裸で、対するヴォルフラムはなんだか真っ赤な顔で慌てふためいている。
ちょっと理解不能な状況だ。

「一体何が起こってるの?」
「ジャパニーズスモウレスリングですよ、ユノ」
「相撲?それはまた突拍子もない」

けれど、うん、いい案かもしれない。
相手が日本の国技を知っているとは思えない。2人とも体格は同じくらいだし、意表をつけば、もしかすると。

なるほど、考えたわね、有利!

「有利ー、あたし行司やろうかー?」
「平気平気ー!有乃はそこで見といてくれよ」

ひらひらと手を振る。緊張具合は中の上ってところかな。いい感じの気合の入り具合だ。
おろおろするギュンターとは正反対に、ゆるく笑みさえ浮かべているコンラッドを見上げる。戦いのスペシャリストは、この決闘をどうみるのか。

「勝てると思う?」
「そうですね、おそらくは。ただ」
「ただ?」
「あのヴォルフラムが素直に負けを認めるかどうか」

そ、そんなに諦めが悪いのか、三男坊。ちょっと不安になってきたぞ。

望楼の笛が勝負開始の合図になったらしい。すぐに知らせが走り、高らかに合図が鳴らされた。
それと同時に、低く構えていた有利が突進し、ヴォルフラムのベルトを掴んで。

勝負は一瞬。気がついたときは、天使は呆けた表情で空を見上げていた。
……え、勝った?こんなにあっさりと勝敗が決まるなんて。

「っしゃあッ!俺勝ったぞ、勝ったんだろ!?勝ったぞ勝ったぞ勝ったぞーっうぷ」
「陛下ッ!ご立派な戦いぶりでございましたッ」
「てゆーか俺の戦略勝ち!アタマアタマアタマ、ここ使わないと」
「うーん。うまく行き過ぎて、嫌な予感がする」
「そうだな。これで事が収まればいいんだけど」

果たして、コンラッドの言葉通りとなった。

憤慨したヴォルフラムが勝負のやり直しを要求したのだ。もおー、物分りの悪い82歳だなーっ。

「有利は勝ったでしょ。そっちが勝負の方法を決めていいって言ったんじゃんっ」
「異界の競技で勝敗を決められてたまるか!この国の王になるというのなら、この国の方法で勝負しろ!」
「うっわ、なんて言い草。男らしくなーい!」
「うるさい!誰か、僕の剣を持て」
「聞けってのー!」

わがままってレベルじゃない。まるで子供の駄々だ。82歳のくせに。

運ばれてきたのは抜き身の真剣だった。チャンバラごっこなんて可愛いもので収まりそうにない。ヴォルフラムの実力がどの程度かは知らないけれど、彼もれっきとした軍人だ。まるで素人の兄が、あんなもので戦えるはずがない。
ヴォルフラムを睨み続けるあたしをギュンターが制してくる。自分だって不安そうな表情をしているのに。

「ああもうっ、最悪の状況!」

弁の立つ王佐は、ヴォルフラムに訓練用の模造刀を使うように交渉をはじめていた。刃を打って切れないようにした物だ。それならば最悪骨折程度で済む。だからといって、まったく安心は出来ないけれど。

兄に視線をやれば、ちょうどコンラッドから剣と盾を手渡されているところだった。なんて似合わない。おなじサイズのものでも、有利にはバットとグローブのほうが似合っている。

駆け寄ったあたしを見て、有利が苦笑した。

「笑ってる場合じゃないでしょ!」
「まあな。でも有乃、お前、すごい顔してるぞ」
「……あたし、どんな顔してる?」
「今にも泣き出しそうな顔」

兄の手があたしの頭をくしゃくしゃにかき回す。こんなときまであたしのことを慰めようとしないでいいのに。

「大丈夫だって。やれるだけやるさ。俺を信じろよ、有乃」
「ゆーちゃん……」
「陛下、これを」

コンラッドが軍服のボタンを2つはずし、首にかけていた革紐を引っ張った。

「ペンダント?ライオンズブルーだ、俺の好きな色」
「俺の、友人がくれたものです。お守りだと思って持っていてください。魔石なので、魔力のあるものにしか効果が無いようですが」
「あ、それじゃあ有利、これも!」

コンラッドからの贈り物を首に下げる有利に、ずっとポケットにいれていた真っ黒い小石を渡す。
力のあるものの代表、眞王さまがくれた魔石だ。もしかしたら、通訳以外にも役に立つかもしれない。魔法のバリアーか何かで、ヴォルフラムの剣を防いでくれるかも。

祈りをこめて有利の手を握る。どうか、無事に勝負が終わりますように。

「あたしの代わりに、有利を守ってくれますように」
「ありがとう、コンラッド、有乃」
「@+$&%¥」
「怪我、しないでね」

再び白線の中へと戻っていく兄を見送る。対するヴォルフラムは、なんだか太刀魚みたいな刀剣を携えていた。
い、いいのか、あれ。あんなので殴られたら、骨折じゃすまない気がするんだけど。細身の彼に似合わないその剣は、立派に武器としての風格を漂わせている。

「……本当に大丈夫なのかな」

ダメだ有乃、もっとしっかりしなさい。
不安に震える心を叱咤する。対峙する有利がとっくに覚悟しているのに、見ているあたしがこんなことじゃダメだ。もっとしゃんとしなきゃ。
それでも震えの治まらない肩を、優しい手がそっと包み込んでくれる。

『心配しないで。彼ならきっと出来る』
「え」

耳障りのいい声が、あたしの人生で2番目に聞きなれた言語をつむいだ。一瞬だけ今の状況を忘れてしまう。
見上げた先のコンラッドは、いつもどおり穏やかな笑顔を浮かべていた。もう一度ささやかれる。「Trust him」。

コンラッド、今、英語しゃべった?

彼に聞き返す暇もなく、突然生まれた熱気があたしたちの頬を撫でた。
視線を中央へ。腰が引けている有利の前に、対峙しているヴォルフラムの手の平から、火球が。

え、炎?え、魔術!?

「有利ッ!」

予想外の状況に駆け寄るあたしたちの行く手を、見えない何かが阻んだ。
進めない。透明な壁のようなものにさえぎられている。何これ、バリアー?一体どうなってるのよ異世界!本格的に剣と魔法のRPG世界になってきた。

「何これ卑怯!チート!」

背後でギュンターとグウェンダルが何か言い争っているけれど、魔石のない今はその内容が理解できない。けれど、ギュンターはともかく、グウェンダルに関して言えば、有利を助けようと奮闘しているようには見えなかった。ゆるりと壁に背を預けたまま、瞳を眇めて有利とヴォルフラムを見据えている。

見えない壁を必死で叩き続ける。手が痛い。剣を抜いたコンラッドがその何かを斬りつけているけれど、それでも2人の元にはたどり着けない。力をこめた一撃は、すべて見えない何かに弾き飛ばされている。

なんなのこれ、なんなのこれ!

壁に阻まれた向こう側、初弾を避けた有利に向け、さっきよりも巨大な炎が放たれようとしている。輪郭が揺れ、巨大な炎の狼が形作られた。
有利は、動けない。目を見開いたまま固まってしまっている。

ダメだ、有利。逃げなくちゃ。避けなくちゃ。危ない。死んじゃう。

……死?有利が?

そんなこと、させるもんか。

「――邪魔しないでよッ!」

胸の奥が熱い。

叩きつける手に鈍く伝わる衝撃。
それと同時に、急に支えを失った体は、前のめりに倒れこんでしまった。

壁が、消えた?いや、今はそんなことはどうでもいい。

立ちすくむ有利に体ごとぶつかる。倒れこむあたしたちの真横を熱気が通り抜けた。微かな焦げ臭さが鼻を突く。

「うわっ」
「……ッ有利!大丈夫?どこも怪我してない!?」
「いてて……だ、大丈夫」

背後で訳の分からない言語が飛び交っている。誰かの悲鳴に、いくつかの怒声。その中には聞きなれた声も混じっている。騒ぎの中心は、さっきの狼の進行方向だ。
有利の視線がそちらへとつられ――そしてすぐに、その目が大きく見開かれた。

「……これが……」
「……有利?」
「これが、お前たちの言う勝負だってのかッ?関係のない女の子を巻き添えにする、これが……!」

ざわざわと胸の奥がうずく。
抱きついたままだったあたしの手を乱暴に払いのけ、有利は立ち上がった。貴重だ至高だとあがめられる黒眼がまっすぐにヴォルフラムをとらえている。

怖い。こんな有利は見たことがない。

瞬間、なんの前触れもなく空が曇り、大粒の雨が落ちてきた。

「雨?」

強く体を打ちつける、息も出来ないほどの豪雨だ。カーキ色の軍服の腕が伸び、その体を盾にしてあたしを雨から守ってくれる。

日本語ではない発音で、ギュンターが有利の名を呼ぶ。兄はそれに応えない。口調も声すらも、表情も様変わりして、その唇が異国の言語をつむぐ。

豹変した兄の姿に目を奪われる。

「ゆう、り?」

呆然とつぶやくあたしの目の前で、掲げた有利の手によって魔術が形成された。
雨と同じ色、澄んだウォーターブルーをした2匹の大蛇だ。その胴には、正義の文字。

なんだそりゃ。軽く現実逃避を始めた頭のどこかがツッコミを入れる。

魔王が作り上げた蛇は瞬く間にヴォルフラムに絡みつき、全身の自由を奪った。悲鳴を上げるヴォルフラムの抵抗なんてあってないようなものだ。その手にはいくつもの炎が生まれようとしているのに、出来る端から雨に消されている。
締め上げられて、天使の顔が苦痛にゆがむ。

ええと、これは、やばいんじゃないんだろうか。

「ゆ、有利、ちょっと落ち着いて!」

もつれた舌で叫んだあたしを、ちらり、有利が一瞥する。あたしのことなんてまるで知らないみたいな無感情な瞳だ。ちょっとだけ背筋がぞくっとする。
けれどその瞳は、すぐに囚われの元王子へと戻された。あたしのことなんて相手にする気もないらしい。無関心の態度だ。

……あ、ちょっと今の、ムカッときたぞ。

豪雨から守ってくれていたコンラッドの腕から抜け出した。
慌てたような彼の声が、奇妙な発音であたしの名前を呼ぶ。やっぱり魔石がないと不便だな。自分の名前のはずに、違和感を覚えてしまう。

その翻訳機を預けている兄の目の前に立つ。ヴォルフラムを見据えていた眼が、もう一度、隣に立ったあたしを見下ろした。

冷たい、感情のない瞳。
むかつく、この目。こんな目をする兄を、あたしは知らない。
こんなのはあたしの知ってる渋谷有利じゃない。

あたしはすっと、自分の右腕を掲げ。

渾身の力で振り下ろしたチョップは、有利の額にクリーンヒットした。

「〜〜〜〜〜ッ!?」
「落ち着いてってば、有利!」

額を押さえて身悶える有利。多分それと同じくらい、あたしの手も痛い。この石頭め。じんじんする痛みと熱で、頭の芯が焼けそうなほどだ。
そうとう痛かったのだろう、涙目で見下ろしてくる兄の手を取る。いつもよりも体温が低い。操っている水のせいだろうか。

そこでやっと気がついた。不思議なことに、有利の体は髪の毛一房さえ濡れていなかった。まるで、この雨が有利を避けているみたいに。不思議だ。これが魔術というものなのだろう。

「もういいよ。ゆーちゃん。もう止めて。ヴォルフラムのこと、離してあげようよ」
「―――#@;+*&%!」

誰かの歓声が聞こえる。コンラッドとギュンターが有利の名を呼び、触れている兄の手が、それに反応してピクリと動いた。
黒眼がまっすぐにヴォルフラムを見据え、聞きなれない言語をつぶやいく。

「$+、@:&%#@$……」
「……え、ちょ、有利……きゃあっ!?」

急に傾いだ体があたしの方へと倒れこみ、2人して地面にご挨拶。盛大に跳ねた泥水があたしたちを迎えてくれた。固い、痛い、まったくありがたくない。

すぐにコンラッドとギュンターが駆け寄って、有利を抱き起こしてくれた。
兄は真っ青な顔で目を閉じている。どうやら意識を失っているようだ。

「もー、何なのー」

怒涛の展開に、頭が痛くなりそうだった。
それにさっきから右手が熱い。まさか、有利の石頭を殴ったことで、骨折でもしちゃったのだろうか。

立ち上がる気力もなく、座り込んだままのあたしの肩にコンラッドが触れる。茶色の瞳が、あたしの顔をそっと覗き込んでくる。

『ユノ?どこか痛みますか?』
『あー……大丈夫。大丈夫です』

教科書のお手本みたいな発音だ。流暢な英語でそう尋ねてくるコンラッドに、あたしも同じ言語で返す。発音がいまいちなのはご愛嬌。

一体、この数十分の間に、どれだけの出来事があったんだろう。キャパオーバーの脳が悲鳴を上げている。考えることを放棄してしまいたい。
けれど、とにかく今は、有利だ。運ばれていく兄を追いかけるために立ち上がる。相変わらず右手の熱は収まらない。

落ち着いたら、誰かあたしに説明してくれるだろうか。

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