そばにいるためのお話 | ナノ

波乱万丈のお食事会

本日のメインは、肉か魚――鳥類と哺乳類と両生類と爬虫類と魚類からの、選択制だった。
ああ、悲しきかな、食文化の違い。

これは何を選ぶのが正解なんだろう。両生類と爬虫類は、ちょっと、生理的に受け付けないなあ。姿焼きなんて出てきたら、食事どころじゃない気分になることうけあいだ。
悩んだ末に、無難にお魚にしておいた。

前菜とスープが各人の前に並べられる。どれもおいしそうなのに、漂い続ける重い空気のせいで食欲が減退してしまう。

父親から教わったテーブルマナーを思い出そうとしたけれど、どうやらその必要はないらしい。円卓の上にはナイフもフォークもおかれてなかった。あるのは、きれいに磨かれた、銀色の。

隣に座る有利と目が合った。

「……懐かしいよなぁ、先割れスプーン」
「うん、まあ、合理的だよね」

切ってもよし、すくってもよし、刺してもよし。これ一本でなんでもござれ。小学生時代の給食の時間を思い出す。

食事を口に運んでいると、異世界の様子に興味津々らしいツェリ様が次々と質問してくる。特に興味があるのは恋愛についてのご様子。セクシークイーンは愛に生きるお人のようです。

「異種間の恋愛はどうなのかしら。やっぱり障害があると燃え上がるものなの?」
「えーっと、異種間というのがいまいち掴みきれないのデスガ。国際結婚ってこと?いやでもそれはもうフリーっていうかある意味憧れの的ですし。かといって人間とチンパンジーっていうのも」
「身分差とかいうのも時代遅れなイメージだし……。恋愛上の障害っていうのなら、やっぱり性別の問題とか?」
「あらぁ、もしかして、同性同士の恋愛は禁じられているの?思ったよりお堅い世界なのねぇ」

驚いた口ぶり。それって、こっちでは同性愛が完全フリーってこと?

メインディッシュが運ばれてくる。白身魚の切り身に上品に添えられた紅色のソース。良かった、お魚を選んだのは正解だったみたい。
ツェリ様のお皿には、丸々とした、カエルの姿焼き。……見なかったことにしよう。有利の選んだ哺乳類は、赤々とした牛肉だった。

先割れスプーンで口に運んだお魚は、思った以上に濃厚な味だった。白身なのに。

「突然王になれなんていわれて不安でしょうけれど、深刻に考えなくてもいいのよ?あたくしの息子たちも、誠心誠意お仕えすると思うし」
「母上!」

ヴォルフラムがきつい声を上げる。きっと有利を睨み、そのついでとばかりにあたしにも視線をよこしてきた。

「僕はこいつに使える気はありません!こんなやつより、グウェンダル兄上のほうが」
「ヴォルフ。眞王のお言葉に背いて王を立てて、ただで済むとお思い?」
「くっ」

悔しそうに、手にしたワイングラスをテーブルに叩きつける。割れてないか心配だ。

眞王。この国を作った人。かの人は眞魔国の祖であり、絶対的な存在らしい。亡くなってもなお、あのヴォルフラムが黙り込むほどの影響力があるなんて、どんなにすごい人だったんだろう。

胸元に手を当てる。邪魔にならないようドレス飾りに縫い付けてもらった魔石も、その眞王様がくれたものだ。言葉の通じないあたしにくれた、偉大な人からのおくりもの。

「やはりな」
「っえ?」

ぼんやりしていた頭がグウェンダルの声によって引き戻される。え、何がやっぱり?有利が気圧されたように声を漏らす。

「双黒だろうがなんだろうが、魔王に立たぬなら意味もない。最初から王になる気などないのだろう。そうだな、異界の客人?」
「グウェン、陛下はこちらにいらして日も浅い!無礼な憶測はよせっ」
「だが事実だ、ウェラー卿。……陛下。魔王として生きる覚悟がないのなら、今すぐ元の世界へお帰り下さい。心から願うよ。民の期待が高まらぬうちに、我々の前から消えてくれ」
「っそんなの、俺だって……」

言いかけた言葉は音にならない。有利のことだ。意地とかプライドだとか強がりだとか、そんな厄介なものが、続く言葉を塞いでしまったのだろう。目の前の皿に視線を戻した兄の顔が、いろんな感情に塗りつぶされている。

なんだかたまらなくなって、あたしは有利の手に自分の左手を伸ばした。触れた兄の右手が一度だけぴくりと動いて、すぐにぎゅっと握り返してくる。

「有乃」
「有利。大丈夫」

大丈夫だよ。何があっても、あたしはあなたの味方だから。

卓上では今も新王バッシングが続いている。もうすっかり食欲も何もなくなってしまった。せめて水だけでも飲もうと、洒落た彫りの施されたグラスに手を伸ばす。

「双黒だろうが魔王の魂だろうがっ、こんな人間の小倅れにはこの国を任せられない!」
「ヴォルフ。お前が生まれにこだわるなら言っておくが、陛下のご尊父はれっきとした魔族だ。それもあちらの世界の魔王陛下の直属の部下でいらっしゃる」

え。

「うえぇっ、まさか、親父が悪魔!?」
「有利、悪魔じゃなくて魔族だよ、って、え?うそ、父さんがぁ!?」

父さんが魔族?あのちょっと情けなくて、近所でも子煩悩で有名な父さんが、魔族?
だって、コッヒーみたいに羽も生えてないし、この世界の人たちみたいに超絶美形でもない。野球好きの銀行員の、見た目普通のおじさんの、あの父さんが!?

あまりの驚きに水をこぼしそうになって、慌てて両手でグラスを持ち直した。よかった、こぼれてない。ほっと息をつく。

「たとえ父親が魔族でも、母親はどうせ人間だろう!?」

美少年、勢い納まらず。それどころか、どうあっても論破しようと、さっきよりもボルテージが上がっているようだ。言葉尻がより一層剣呑さを増し、お酒のせいだけではない理由で、目元に朱がさしていく。

「お前たちの体には、半分しか魔族の血が流れていないわけだ」
「こっちとしては、それさえも驚きの事実ですけど」
「残り半分は汚らわしい人間の血と肉だ!どこの馬の骨とも分からない尻軽な女の血が流れてるんだろう!?」
「……は?」

何それ。馬の骨、尻軽?

母さんのことを言ってるの?

あたしと有利、どちらが立ち上がるのが早かっただろうか。

手元のグラスから水がなくなり、その中身が美少年の鼻っ面にヒット。それとほぼ同時に有利の片道ビンタが炸裂し、ヴォルフラムの頬に真っ赤なもみじが咲いた。髪の毛もすっかりずぶ濡れだ。

あっという間に惨めな姿になってしまった美少年は、呆けたように目を見開いている。

晩餐の間が色めきだつ。コンラッドの焦り声が聞こえる。取り消せ?どうしてそんなこと言うのよ。

だって今ヴォルフラムは、決して言っちゃいけないことを言った!

「馬鹿にしようが悪口言おうが、俺のことなら構わねぇよ!だけど他人の母親のことをっ、見たこともあったこともないくせに尻軽とは何だ!?どこの馬の骨とはどういうこった!?馬の骨と人とで子供が生まれるか?ああそうさ、俺のお袋は人間だよ、お前に言わせりゃ汚らわしい人間だよ!だからって、お前何様のつもりだ?お前のお袋がそういう風に汚らわしいって言われたら、息子としてはどう思う!?」
「尻軽って言葉の意味を一度辞書引いて調べなおして来い!いちー、動作が活発なこと。にぃー、落ち着きがなくて行動が軽々しいこと。さんー、女が浮気なこと。あんたが言ったのはまあ3番だろうね。けどおあいにく様っ。うちの親は町内会でも有名なラブラブ夫婦なんです、今でも子供の前でいちゃつくような年中新婚カップルなんですー。知りもしないくせに、見たこともないくせに!勝手な想像でうちの母親のことけなしてんじゃないわよ!馬鹿にすんな!」

すっ、と息を吸って、異口同音に、一言。

「絶対謝まんねーかんなっ」

興奮しすぎて、まぶたの裏がちかちかする。うそみたいに頭に血が上っている。こんなに怒ったのはいつ以来だろう。
熱したら止まらない有利をいさめるのは、普段なら隣にいるあたしの役目。けれど今はそれを果たせそうにない。むしろ兄の感情と共鳴して、どんどん怒りがこみ上げてくるようだ。

それが治まったのは、ツェリ様の場違いなくらい明るい声おかげだった。

「どうしても、取り消さないと仰るのね?」
「ああ」
「右に同じ!」
「素敵っ、求婚成立ね!」
「そう、きゅうこん……きゅうこん?」

球根?ガーデニングとかのあれですか。

ハイテンションで息子に抱きつくツェリ様の笑顔がまぶしい。背後からギュンターが嘆く声が聞こえる。そうじゃなくて、求婚のほうだと。
え、誰が誰に?有利が、ヴォルフラムに!?

「……うっそーん」
「嘘ではありません。相手の左頬を打つのは求婚の行為。陛下は古式ゆかしく伝統にのっとった方法で、彼に求婚されたのです」
「ええっ、でも俺、男同士っ」
「珍しいことではありません」

ああ、やっぱり、この世界は同性愛にオープンらしい。

「……良かったー、あたし、水ぶっかけただけで」
「そんな、有乃ーっ」

もしあたしと有利の座る位置が逆だったら、あたしが引っぱたいていたかもしれない。不幸中の幸いって、いっていいのかな、これ。有利には申し訳ないけれど。なにせ初のプロポーズ相手が同性だ。

激昂したヴォルフラムが卓上で腕を払う。お皿やグラスが床に落ち、有利の足元にも銀のナイフが跳ねた。鶏の油で少しくもっている。

「あっぶねーな、ご飯にあたるなよ、ご飯にぃ」
「陛下っ、拾っては……!」
「拾ったな?」

にやり、天使が悪魔の笑顔をみせる。あれ、なんか、いやな予感。

「時刻は明日の正午だ。武器と方法はお前に選ばせてやる!せいぜい得意な武器を使って、死ぬ気で僕に挑むがいいっ」

覚悟しておけ!そう言い残して、ヴォルフラムは会食の場を後にした。髪から滴り落ちた雫が、彼の歩いた道に転々と跡を残していく。

はぁー、っと、有利派の2人のため息。ここまで来ればあらかたの予想はつく。
要は、また何か異国の文化に触れちゃったわけですね、あたしたちはっ。

「故意にナイフを落とすのは、決闘を申し込むという無言の行為。それを拾うのは、受けて立つという返事なのです」
「うそでしょ!?てことは俺、あいつに殺されちゃうのー!?」
「お、おおおお落ち着いて有利、大丈夫、死なない死なない、病は気から、死なないって思っとけば死なないって!」
「有乃こそ落ち着けよ、ってゆーか、そんな根拠もない言葉で励まされても!」

呆然とする有利。それと同じくらい、あたしも困惑していた。
決闘なんて、普通の高校生をしていたあたしたちにとっては、テレビの中の世界でしか聞いたことがない言葉。イメージは荒野のガンマン。背中合わせに10歩歩いて早抜きで撃ち合う。そんな感じ。

早撃ちだろうがそうじゃなかろうが、有利が勝てる気なんて、まったくしないんですけど!?

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