生きるためのお話 | ナノ

母の約束、母の思い

 
10年。
10年であたしを、殺さない限り死なないように鍛える。殺そうとしても殺せないくらいに強くする。

そのシルバの宣言どおり、屋敷に到着したその日の夜から、殺し屋流の訓練は始まった。

まずはその日の晩餐のスープに微量の毒が盛られた。
食事の間中やけに大人たちがこっちを見てくるなーって思ってたんだよ。そしたらこれだ。本人たちは軽いジャブのつもりだったかもしれないけれど、迎え入れた幼女にいきなりする仕打ちじゃないだろう、これは。
幸いなことに、使われた毒が単なる痺れ薬だったのと、本当に微量だった甲斐があって、あたしの体にたいした影響は出なかった。翌朝まで手足の指先がぴりぴりしていたくらいだ。流星街での暮らしは、思っていたよりもあたしの体を頑丈にしたくれていたらしい。

まあ、そこで毒が効かなかったせいで、歓喜したキキョウに、翌日もっと強い毒を盛られる羽目になったわけだけれど。

そんなこんなで、四苦八苦。
あたしがゾルディック家に迎えられて、早くも数ヶ月が過ぎた。

どんなに過酷な環境でも、文字通り死ぬ気でやれば、人間いつかは慣れるものだ。
毎食毒を盛られることにも徐々に体が適応しはじめ、料理を口にした途端に昏睡することもなくなった。はじめは開始5分で気絶していた本格的な体術訓練にも、3回に1回くらいは最後までついていけるようになった。

訓練中に気絶することがなくなった分、時間にも余裕が出来る。その時間は座学に当てられた。
最初にノートとペンを持たされたときには驚いた。てっきり、朝から晩までみっちり格闘技だけを教わるのだと思っていたから。

そうシルバに言えば、彼は少しだけ口の端を上げた。

「オレ達がそんなに野蛮に見えるか?」
「……イメージとは、違ってました」

イエスとは言えなかったので曖昧に答えておいたけれど、結局答えはノーだ。

でも、そうだよね。マンガの中で、キルアは高等教育を受けていただろう発言も多かった。ここの子供たちが普通の小学校なんなに通っているはずはないから、それならどこかで勉強しているはずだ。

座学はゾルディック家の執事が担当してくれた。彼らはとてもいい先生だった。教え方は懇切丁寧で分かりやすく、この世界の記号のような文字もすぐに覚えることが出来た。

そうやってこの世界のことを知って、改めて感じた。ここはあたしが以前いた場所とは違う、異世界なんだって。

けれどそんな衝撃的な事実も、今は受け入れてしまっている自分がいる。

あたしは、この世界で生きていくだけだ。
あたしが生き抜くことが、死んだ母さんの願いだから。

キキョウと母さんが交わした約束。
それは、あたしを「強くする」ことだったらしい。

流星街なんて場所で生まれたあたしが平穏な人生を送るのは難しい。何しろ出生ナンバーさえ持っていないのだ。平穏どころか、危険な事態に巻き込まれる確立のほうが高い。
そんなあたしが生きていける力をつけることを母さんは望んだ。もしも自分が娘を守ることができなくなっても、あたしが、どんな危険な状況下においても生き残れるように。あたしに生きて欲しいから。

最初に聞いたときは、子煩悩ここに極まれり、なんて茶化してみたけれど。
あとでこっそり泣いたのは秘密だ。

だけど、その修行過程であたしが死んじゃったら元も子もないんじゃないだろーか、お母さん。
実際、何度三途の川を渡りかけたことか。ゾルディックの子育て方法を想像できなかったとは言わせないぞ。なにせ相手は天下の暗殺一家だ。普通の教育方針ではないだろうことは簡単に想像できる。
母は、あと一歩のところがいつも抜けている人だった。

顔面に強い衝撃が走り、ふわふわと定まっていなかった意識がはっきりした。

「起きろよ、ミヤコ」
「……はーい」

額に張り付いた髪をはらいながら上半身を起こす。さっさと起きないと何をされるか分からない。この家の人たちに「あと5分〜」は通用しない。

イルミが手に持っていたバケツを放り投げる。それを見てさっきの衝撃の正体に気づいた。こいつ、あたしの顔に水をぶっかけやがったな。バケツには結構な量が入っていたようで、上半身がビチョビチョだ。
恨みがましく見上げてみても、義理の兄はどこ吹く風といった様子だ。コノヤロウ。

「もーちょっと優しく起こしてくれてもいいんじゃない?」
「ミヤコが俺に勝てるようになったら考えてあげるよ」

それはつまり改善する気はないってことだな。
ゾルディック家長男と居候のあたしの実力は天と地ほどの差がある。5歳の差は大きい。しかも相手は、生まれたその瞬間から英才教育を施されているわけだし。
あたしがイルミと戦って勝てるなんて、きっと小数点以下の確立だ。

「お前は筋はいいが、視野が狭いのが玉にキズじゃのう」

ひげの蓄えられたあごを撫でつつゼノが言う。老人らしく小柄な体格ながら、その実、彼が誰よりも強靭な肉体を持っているということを、あたしは知っている。胸から下がる布には、漢字で『盛者必殺』の文字。外国人が着るトンデモTシャツみたいだ。ただ、書いてあることは、とても物騒。

立ち上がって傷を確認する。気を失う直前に殴られたお腹が痛むくらいで、手足はしっかりしている。一応手加減してくれたらしい。

視野が狭い、か。それは以前シルバからも注意されたことだ。
例えば、こういう2対1での場面。一方の相手に集中しすぎてもう一方への反応がおろそかになり、結果死角からの攻撃をくらってしまう。思い立ったら一直線、猪突猛進。悪いくせだ。

「だから言ったじゃないですかー。まだ2対1は無理ですって」
「何を言うておる。実戦に早いも遅いもないわい。経験が力になるのだ」

そう言われてしまえばぐうの音も出ない。確かにゼノはあたしみたいな小娘には想像も出来ないほどの経験を積んできて、そしてそれを力にしてきたのだろう。年長者の言葉には貫禄がある。

「起きたのなら続けるぞ。1人だけに集中するな。周囲にも目を向けるんじゃ」
「はーい」

ゼノとイルミに向けて拳を構える。2対1の手合わせはめちゃくちゃキツイ。ひょっとしたら、次もやられて気絶してしまうかもしれない。

けれど、泣き言なんて言っていられない。

あたしは力を付けるんだ。母さんの望みどおり、この世界で生きぬくために。
生きていくために。



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