生きるためのお話 | ナノ

まっくろくろすけ

 
お湯が真っ黒になる光景をはじめてみた。

そしてそのお湯を、嫌な顔ひとつせずにはりかえてくれる執事を見て、あたしは思った。プロってすげえ、と。そしてこうも思った。
あたし、今までどんだけ汚れてたんだろう、と。

多分この世界に生まれ変わって初めてのちゃんとしたお風呂を堪能した後、キキョウ監修のもと、徹底して身支度を整えられた。
髪を切りそろえたり荒れた肌にクリームを塗ったり爪を磨かれたり。かいがいしく扱われて、気分はお姫様だ。

ひらひらのワンピースを着せられ、最後にキキョウの手ずから髪にリボンが結ばれた。キキョウの髪と瞳と同じ、光沢のある黒いリボンだ。

鏡に写ったあたしの姿を見て、キキョウが小さく息をつく。

「やっぱりいいわねえ。私、1人くらいは娘がほしいと思っていたのよ」
「はあ」
「あら、本当よ。こうして可愛らしい格好をさせたり、一緒にお茶をしたりしたかったの。……昔、あなたのお母様と、そうしたようにね」

思わぬ言葉に心臓がはねた。

「母さんと?」
「ええ。あの時は今と立場が逆で、私が髪を結われていたのだけれど。……ミヤコちゃんは、本当にお母様に似ているわ」

そっと肩に手を置かれる。鏡越しにあたしを見つめる眼差しは慈愛に満ちている。
その暖かさに、枯れたはずの涙が再び溢れそうになった。



キキョウに手を引かれて向かった広間には、先客がいた。

振り向いたのは少年だった。部屋の中央に置かれたソファに腰掛けている。真っ黒な髪に真っ黒な瞳。きつめだが端正な顔つきはキキョウとよく似ている。成長途中のしなやかな体つきは、まるで黒猫のようだ。

彼はこちらに視線を向けると、小さな頭をこてんと傾けた。

「母さん。何、それ」

少年の長い指があたしを示す。“それ”っていうのは、もしかしてあたしのことだろうか。失礼な。
そんな息子をいさめるでもなく、キキョウは頬に手を当てて笑う。

「この子はミヤコちゃん。今日からあなたの妹になるのよ」
「妹?」

キキョウの言葉に、少年はわずかに目を見開く。外見年齢のわりに感情の薄い瞳があたしを値踏みするように観察する。頭の先からつま先まで、暗い黒い目があたしを見る。

なんだか、いたたまれない。

思わず、つながれたキキョウの手を強く握り返してしまう。その様子を見た少年の目がわずかに細められた。

「……これが?」
「さっきから失礼だな、あんた!」

しまった。ついつっこんでしまった。
慌ててキキョウの後ろに隠れるが、感じる視線の強さが増してしまった。声変わり前のアルトボイスが広い部屋に響く。

「すごいね。オレ、こんなに口が悪い子供って、初めて見たよ」

お前に言われたくねーよ!
確かにあたしは言葉遣いがきれいなほうじゃないけれど、そっちだって負けず劣らず毒舌だ。まったく、どの口がそんなこというんだか。彼はこんなに口が悪いキャラだっただろうか。

そんなあたしの心の叫びにも気づかず、キキョウは頬を上気させる。その幼いとまで思える姿は、決して子を持つ母には見えない。

「あらあら、早速仲良しになったみたいね!」
「どこをどう見たらそう思えるんです?」

あたしのつぶやきは華麗にスルーされた。

つながれたままの手を引いて、キキョウはあたしを部屋の中央までいざなった。
妹(仮)に目の前に立たれても少年はソファに腰かけたままだ。そんな息子を見下ろし、キキョウはしょうがないわねと息をつく。

「ほら。きちんとご挨拶しなさいな。今日からミヤコちゃんは我が家のお姫様になるのよ」
「そ、そんな大げさなー」
「あら、そんなことないわ。せっかく待ち望んだ娘なんですもの。大事に可愛がらなくてはいけないわ」

再三の母親からの催促で、少年はようやく腰を上げた。
立ち上がった彼を見上げる。足が長い。子供らしいハイウエストのパンツスタイルなので、見上げるあたしからは、体の3分の2が足なんじゃないかと思えるくらいだ。……いや、さすがにそれは言い過ぎだが。

差し出された手は大きい。きっとこれから身長も伸びていくのだろう。記憶にある彼は長身だった気がするし。

「イルミ。よろしく」
「ミヤコです。……ねえ、イルミ」

差し出された手を強く握る。傾げられた首の動きに合わせて、彼の短い黒髪がさらりと揺れた。
ああ、やっぱり彼は、こんなに幼いときから美人だったんだな。

「何」
「かみ」
「かみ?」
「髪の毛、伸ばした方が、絶対に、似合うと思うの!」

そりゃあもう、とてもよくお似合いだったよ。紙面で見た限りでは。
何言ってんだ、こいつ。力説するあたしを前に、ゾルディックの長兄の目がそう語っていた。



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