生きるためのお話 | ナノ

ずっと会いたかった

 
渡された携帯電話で連絡を取ると、すぐに住所が記されたメールが送られてきた。
件の美術館から車で30分ほど向かった先は、すでにさびれて久しい繁華街の一角だった。街の中心が移動したことで利用客が途絶えたのか、外装が古びてみすぼらしい店ばかりだ。一応、経営中の店舗もあるにはあるらしい。

入り組む通りの1つ、元は酒場だっただろう店先に放置された樽に軽く背を預ける人影があった。

「クロロお兄ちゃん」
「ミヤコ」

クロロが顔を上げた。今日は全身真っ黒な服を着ていて、どことなく怪しい雰囲気だ。この場所のせいかもあるかもしれない。
駆け寄ると、クロロが微かに笑いかけてくれた。

「早速だけど移動しよう。この裏だ」
「うん」

歩き出したクロロの後に続く。人通りが全くない路地に入っていく。
クロロの背中を見ながら、はやる心臓を抑える。

……ヤバい。ドキドキしてきた。クロロともそうだったけど、みんなとは10年ぶりの再会だ。10年もあれば、人は見た目も中身も大きく変わってしまう。また以前のように、違和感なく話すことが出来るだろうか。

躊躇が体に出てしまったらしい。足取りが鈍くなった私をクロロが振り返る。

「不安か」
「……ちょっとだけ」
「無理もない。けれど、そんな事は杞憂さ。あいつらも楽しみに待ってるぞ」
「楽しみにって……あたしが今日会いに行くこと、もう話してあるの?」
「ああ、もちろん」

そんな、あたしの知らないところでハードルを上げなくっても。背中からプレッシャーが襲ってきて、一層足取りが重くなってしまった。

わざわざ歩く速度を遅くしてくれたクロロの気遣いを無碍にするわけにもいかず、ひたすら重い足を動かしていく。少しの距離が万里の長城とまで思えた。

たどり着いたのはコンクリート製の建物だった。もとは倉庫だったのだろうか。気密性を重視して作られていたはずの正方形の壁には所々にひびが入っている。こうなっては元の性能は期待できないだろう。

中には数人の気配があった。

クロロの手が古びた扉を開ける。灯りのついていない室内に目を凝らす。大柄な影がひとつ、それと比べれば小柄な影が2つ。どれも立ち姿に隙はない。
暗がりに目が慣れたあたしは、3人に浮かぶ面影に気が付いた。

「フィン!シャル!パクお姉ちゃん!」
「ミヤコ!」

腕を広げてくれたパクノダの胸に飛び込む。
この10年であたしも成長しているはずなのに、小さかった頃と身長の差は縮んでいなかった。それに、抱きしめられる感覚もあの頃とちっとも変わっていなくて……いや、私の頭を包む柔らかさは、確実に成長している。なんだこの弾力は。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、子供のころにはなかった胸のふくらみで窒息しそうになる。何とか谷間の当たりに顔を移動させることには成功したものの、今度は香水のいい香りでくらくらした。

「ひ、久しぶり、パクお姉ちゃん」
「本当に久しぶりね。ずいぶん大きくなったわ。元気にしていた?」
「うん。引き取り先で良くしてもらってたから。お姉ちゃんも……大きく、なったね」

いろいろと。ええ、いろいろと。

「ミヤコ!テメーこのヤローよくもやってくれたな!」

ぐいっと襟元をつかまれ、後ろに引き倒された。慌ててたたらを踏んだあたしを見下ろす男の目には、郷愁の他に、僅かなくやしさが映っていた。

「フィン!その顔はフィンだ!わーおっきくなったねー!」
「おう、お前もな。……じゃねーんだよ!よくもやってくれたなミヤコ!」
「何よ、何のこと?」
「フィンはミヤコにやられたのが悔しくってたまらないんだって」

大柄なフィンクスの影から顔を出したのは、クロロとはまた違ったベビーフェイスだった。この中で一番幼少期の面影が残っている。

「シャルぅー!わーシャルは全然変わってないね!」
「うーん、複雑な感想だなあ」

けれど、苦笑した表情はやっぱり年相応に大人びていた。よく見れば肩の骨格ももしっかりしているし、まくられた袖から覗く腕は顔に似合わない太さがあった。

「それはともかく。昨夜、お前が毒を投げつけた相手がいただろ?あれ、フィンクスなんだよ」

何のこと、と聞き返そうとした言葉を慌てて飲み込んだ。
そうか。昨夜の侵入者の正体はクロロだったのだから、その仲間は当然彼ら3人ということになる。
思い知らされた事実に、胃のあたりが少し重くなった。
……本当はすでに感づいていたのに、気づいていないふりをしていた。彼らが侵入者だってことは、美術品を奪っていったのも、昨夜私たちを襲ったのも、2人の警備員を殺したのも、すべて彼らだということになる。

口をついて出そうになった批難を飲み込み、動揺を悟られないよう頭を振る。

「そうだったの?ごめんねフィン。もう効果は切れてるはずだけど、念のため解毒剤打っとく?」

冗談めいた軽口を叩く。あたしの内心には気づくことなく、フィンクスは眉をひそめて舌打ちした。

「いらねーよ!ったく……つーかお前、あんなモンいつも持ち歩いてんのか?どこから手に入れてくるんだ?」
「仕事柄ね。あたし今、薬屋さんしてるから」
「はァ?薬屋?お前が?」

フィンクスが面白い顔になった。嫌いな食べ物を前にした子供みたいな表情だ。

「……ヤブじゃねーだろうな?」
「失礼な!」
「ミヤコは昔から賢かったものね。集中力もあるし、向いていると思うわ」
「ほーら、分かる人はちゃんと分かるんだからねー!」

パクノダの背後に隠れ、フィンクスに向かって舌を出す。男のこめかみがわずかに痙攣した。短気なところは相変わらずらしい。
まあまあと半笑いでフィンクスをなだめたシャルナークが、彼には見えないように肩をすくめて見せる。それに気づいたパクノダが、こらえきれなかったように小さく笑い声を漏らした。

ああ、懐かしい。まるであの頃に戻ったみたい。クロロの言う通り、心配する必要なんて全くなかったようだ。

うるんでしまった瞳を見せたくなくて下を向くと、暖かい両手があたしの手を取った。その細い指先が私の左手を滑る。

「あの日、さよならも言えないまま貴女が居なくなって、ずっと心配していたのよ。話したいことも、聞きたいこともたくさんあるの」
「お姉ちゃん……」
「例えば」

パクノダの声音が変わった。私の顔を覗き込んでくる旧友の瞳には、隠し切れない好奇心が浮かんでいる。

「例えば、この指輪のこととかね?」

逃がさない、とばかりに力を込められた手を振りほどくことが出来ない。華奢な手は見た目以上の力であたしの手を拘束する。
4人の視線が左手に集まるなかで、あたしはただ乾いた笑いを返すしかなかった。



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