許されるならずっと抱きついていたい!
ひとしきり再会を喜んだ後に、ようやくここが公共の場だと気付いた。
カフェの店員から生暖かい目で見られている。抱きついたりなんたり、人前なのにはしゃぎすぎてしまった。
慌てて体を離して――そこで、はた、と気づく。
よくよく考えれば、クロロは現在お尋ね者だ。辺り一体を騒がせている、例の強盗犯の一員だ。真っ昼間からこんな往来に出歩いているなんて、まずい状況なんじゃないだろうか。
男2人の手を引いて、そそくさと店を出る。結局、またデザートは食べられなかった。
頭上からのほほんとした声が降ってくる。
「えらく早急だな」
「誰のせいだと思ってんの!」
本当は、あたしは彼を捕まえて、すぐに通報しなくっちゃいけない立場なんだろうけれど……10年越しの再会だ。少しは見逃してほしい。
隣を歩くクロロを見上げる。あたしの視線に気付いた彼は、少し口端を持ち上げた。
「どうした?」
「う、ううん、なんでもない」
「そうか」
頭を撫でられる。な、なんだか久しぶりで気恥ずかしい。
「ミヤコ」
腕を引かれた。奇妙な表情をしたイルミがクロロを上から下まで見回す。敵か味方か判断しかねてるって感じだ。
「結局、何、コイツ」
「えーっと……」
そういえば、ちゃんと説明していなかった。
とりあえず人目を避けるために路地に移動する。いくら昨夜の事件のせいで周辺に人通りが少ないと言っても、この2人は目を引く外見をしている。用心するに越したことはない。
イルミとクロロを交互に指して、お互いを紹介した。
「イル、こっちはクロロ。あたしが昔住んでた場所でよく遊んでもらってた、お兄ちゃんみたいな人。んで、クロロ、こっちはイルミ。あたしがお世話になってるゾルディックの長男坊」
「へえ、君があの噂の」
よろしく、と差し出された手をイルミが握り返す気配はない。いつものあの無感情な瞳でじっとクロロの手を見下ろしている。
み、見ているこっちがハラハラする。
「つまり、流星街の住人か」
「ああ。といっても、今は街を出て、仲間と一緒に各地を転々としているよ」
「ふうん」
自分で何者だと聞いたわりに、まるで興味がなさそうだ。
いつまでたっても握り返されそうにない手を引っ込めて、クロロが肩をすくめた。
「ミヤコが良くしてもらってるみたいで安心したよ。ろくな挨拶も出来ずに離れたから、心配していたんだ」
「クロロお兄ちゃん」
不覚にも目頭が熱くなった。
あの街を出て10年も経つのに、覚えていてくれたんだ。あたしのこと、思っていてくれたんだ。その事実が嬉しくて、柄にもなく泣き出してしまいそうだ。
「ミヤコ。この後、時間はあるか?いろいろと話したいことがあるんだ」
「うん、もちろ……あ、ごめん、今日はダメなの。イルミと用事があるから」
そもそも、イルミとのお出かけ中に、こうして昔の友人と話し込むことも失礼じゃなかろうか。……先約が他でもないイルミなのだからいいか、と思ってしまう自分がいることも否定できない。
首を振ったあたしに、クロロは残念そうに眉を下げてみせた。
「そうか……ミヤコと会えば、きっとみんな喜ぶと思ったんだが」
「みんな……え、みんないるの?誰!?」
「フィンクスとシャルナーク、それとパクだ」
「3人も!会いたい、会わせてお兄ちゃん!」
「もちろんだ」
「ありがとう!」
クロロだけだと思ったのに、まさか他にも会えるだなんて!
街を出て10年、彼らと離れて10年、ゾルディックで過ごして10年。10年あれば、子供だった彼らも立派な大人になっているはずだ。その姿を、あたしはおぼろげな記憶で知っているけれど、きっと実際に目にしたときの感激は計り知れないだろう。
快諾してくれたクロロに抱きつこうとしたけれど、後ろ襟を掴む手に止められた。一瞬息が詰まり、潰れたカエルのような声が出る。
「こ、殺す気かっ」
「もういいだろ。行くよ」
「は?ちょっと、イルミっ」
ずるずると通りに向けて引きずられる。手を引く力はそう強いわけではない。抵抗しようと思えば出来るけれど、ここでイルミの手を振り払うのは間違いだということは分かる。
「ミヤコ!」
顔だけ振り返ったあたしに向けて、クロロが何かを投げてきた。固いそれを慌ててキャッチする。手のひらサイズの長方形の機械だ。
引きずられるままに遠ざかるあたしに、クロロが手を振ってくれた。
「俺の番号が入ってる!都合がつくときに連絡してくれ」
「わ、分かった!絶対連絡する!」
そのまま角を曲がって姿が見えなくなるまで、クロロは手を振り続けてくれていた。
預けられた携帯電話を抱きしめる。人の歩幅を無視して進むイルミに引きずられながら、手の中の小さな機械を、バカみたいに丁寧にしまいこんだ。