生きるためのお話 | ナノ

予想外の再会

3日ほどキルアと一緒に過ごして、ようやくあたしは天空闘技場を後にした。

後ろ髪を引かれまくった。必死で隠そうとしていたようだけれど、別れの間際、最愛の弟はずっと涙目だった。あんなにかわいい子を残して行くのは断腸の思いだったが、別れが長引けば長引くだけ辛くなるのは分かっていた。

かわいい弟に再び会うためにも、これからの生活を頑張っていこうと思った。

新生活を始めるために向かったのは、ヨルビアン大陸の北東、海に面する一都市だ。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら大都市の中。今後の生活について考慮した結果、人混みに紛れて暮らす方が何かと便利だろうと判断した結果、しばらくこの街を拠点にすることにした。

なぜそんなに警戒する必要があるのかって?

だって、薬屋になるって言ったところで。
無免許なのだ、あたし。

技術は身に付いているものの、学校で本格的に勉強したわけでも、資格を取った訳でもない。そもそもあたし、自分の戸籍が存在するかどうかも怪しいのに。そんなんで正式なお店を構えるための許可が下りるはずがない。
そんな訳だから、お店は当然非合法。真っ当な宣伝も看板も掲げられないから、自然と顧客も真っ当じゃない人たちになる。
というか、最初のお客からしてシルバからの紹介なのだ。表立って宣伝できない以上、集客は口コミに頼るしかないから、お店の評判は『そちら側』の世界に広がることになる。

けれどそんな状態でも、開業から2ヶ月ほどで、徐々に稼げるようになっていった。少しは貯金を削っているけれど、それもあと数ヶ月もすれば必要なくなるだろう。

不安だった仕事も上手くいって、新生活は上々だ。



テーブルの上に5種類の薬を並べる。どれも小さなカプセルや錠剤だが、それが1ヶ月分ともなれば結構な量になる。

「今回のご注文分です。ご確認下さい」
「ああ、ありがとう。いつもすまないね」

テーブルを挟んで対面、上質な皮張りのソファに腰かけるのは、これまた上等なスーツに身を包んだロマンスグレーだ。笑うと目元のしわが濃くなって一層渋味が増す。
彼はダグラス・ダグズワイルド。この国有数の資産家で、貿易関係の会社を中心に幅広く事業を展開しているグループの会長だ。俗っぽく言うなら、『すっげえ金持ち』。あたしの顧客の中でも1、2を争う上客だ。

側に控えていた使用人が薬の束を運んでいく。山盛りの薬を載せて運ぶトレイでさえも高級だ。あの細工って、なんとか朝のなんとかっていうアンティークじゃないっけ。オークションでの相場は1枚ウン十万だった気がするんだけど。

「あのゾルディックの縁者だと聞いたときは驚いたけれど、なかなかどうして素晴らしい腕前の持ち主だよ。年若いのにご立派な方だ」
「ありがとうございます」

そう、この人も、シルバからの紹介で知り合ったお客だ。ということは、暗殺家業のお得意様でもある訳で。
何度か話した感じは、暗殺なんて無縁そうないい人なのだが、ま、お金持ちなんてそんなもんだろう。それに、誰にだって裏の顔というものはある。

「おかげ様で、私も彼女たちも毎晩大満足さ!」
「……そ、それは何よりです……」

……裏の顔、というものはある。この人の場合、それを爽やかな笑顔でぶっこんでくるから質が悪い。

金持ちのサガ、なんていうと語弊があるかもしれないが、ダグズワイルド氏は大層な女好きだった。本妻の他に彼女だの現地妻だのが8人、子供は14人もいるらしい。確かに還暦を迎えたという割には若々しいし、姿勢が良くスタイルも良い。物腰柔らかなダンディで、今まで経験してきた分女性の扱いにも長けている。これでモテない訳がない。

しかし、そんな彼も寄る歳には勝てないようで。
彼が注文する品の7割が、その……いわゆる、精力剤ってやつだ。高価で効き目の良いものをバンバン買ってくれるので商売としては助かっているが、なんとなく毎回気恥ずかしい気持ちになってしまう。

愛想笑いがひきつってしまう。下手に態度に出してしまう前にさっさとおいとましてしまった方が良さそうだ。

「すみません、次の仕事があるので、そろそろ……」
「おや、そうかい?それでは見送らせてもらうよ」

豪奢な応接室を出て、これまた豪奢な廊下を歩く。壁かけの絵画やら飾られた壺やら、これまた高価なものばかりだ。
……ククルーマウンテンの家でも思ったけれど、どうして金持ちというものは、廊下に壺を飾るんだろう。置く場所がないという訳でもないだろうに。しかもこれが別邸だというのだから、本邸はどれだけ豪華な内装なんだろう。

「今度はぜひ時間をとってきてくれ。一緒に食事でもしよう」
「はい。喜んで」

社交辞令なのか本気なのかは分からないが、とりあえず笑顔で返事をしておいた。客商売に愛想は必要不可欠だ。

廊下を抜けると回廊に出る。回廊は吹き抜けのエントランスホールの2階部分をぐるりと覆っている。高級ホテルみたいな解放感溢れる造りだ。もちろん、階段は大理石製。

その時、玄関の重厚な扉が開き、エントランスホールに人が入ってきた。初めて見る顔だ。使用人ではない。ラフな格好をした、細身で長身の男だ。

男は、その痩身にオーラを纏っている。

「父さん、ちょうど良かった。今度の警備の件でお話が……」

どうやら氏の息子さんらしい。ダグズワイルド氏を見つけた男は、しかしその背後にいるあたしに気づいて警戒を露にした。父親の側に見慣れない念能力者がいれば、そりゃ驚くだろう。

敵意はないと示すために両手を上げる。ややあって、男も警戒を解いてくれた。

「……失礼。来客中でしたか」
「ああ、ちょうどお帰りになるところだ。せっかくだ、お前も挨拶していきなさい」

ダグズワイルド氏が破顔する。女にだらしがない一方で、氏は家族愛に溢れる父親でもあるらしい。むしろ彼はその内に抱える愛が大きすぎるゆえに、対象をひとりに絞りきれないのだろう。
誰かさんとは正反対だ。

男があたしの前に立つ。遠目で見た時の印象よりも痩せてはいない。むしろ、体つきは逞しい部類だ。それでも細身に見えたのは、彼の手足が長いからだろう。背も高い。
きつく蛇のような目があたしを見下ろして……あれ?

なんか、既視感?

それは向こうも同じのようで、男は器用に片眉を上げた。

「お前、どこかで……」
「これはジェイク。私の8番目の息子です。ジェイク、こちらはミヤコさん。お世話になっている薬士だ」
「ジェイク……って、ああっ!」

思い出した!

「“切り裂きジェイク”!?」
「……あっ、お前、“リトルクイーン”!?」
「そっ、その呼び方はやめて!」

思い出した!この顔!天空闘技場で戦ったあの男だ!

「おや、知り合いだったのかい?」
「し、知り合いも何も、以前」
「仕事を!そう、以前一緒に仕事をしてッ!」
「そうか。偶然というものはあるんだな」

ジェイクは目に見えて慌てている。明らかに様子がおかしいが、親バカの父親はそんな息子の言い訳を信じたらしい。訳知り顔で頷いている。

「それではミヤコくんも警備の……ちょっと失礼」

甲高い音が響いた。携帯電話の着信音だ。
ダグズワイルド氏が電話を受けたのを確認した途端、ジェイクが顔を寄せてきた。必死の形相だ。

「お前、どうしてウチにいるんだっ!?」
「どうしても何も、仕事よ!」

お互いになんとか聞こえる程度の小声で言い合う。本当に予想外の再会だ。
あたしたちが話している間に氏の電話も終わったらしい。携帯電話を胸ポケットに戻しながら、ハッスルダンディは申し訳なさそうに眉を下げた。

「すまない、ミヤコくん。急遽確認しなければならないことが出来てしまった。半端な場所で申し訳ないが、ここで失礼するよ」
「あっはい、お気になさらず!」
「ありがとう。またよろしく頼む。ジェイク、私の代わりにミヤコくんをお見送りしなさい」
「分かりました」

息子が頷いたのを確認して、それでは、と氏はきびすを返した。慌てた足取りだ。お金持ちもなかなか大変らしい。

エントランスに取り残されたあたしたち2人の間に、微妙な空気が流れる。き、気まずい。

先に口を開いたのはジェイクだ。

「……最近、親父がゾルディック出身の薬士と懇意にしているとは聞いていたが、まさかお前だったとはな」
「そっちこそ。まさかあなたが……良いとこのお坊ちゃんだったなんて……」

金持ちの息子が、どうして闘技場なんかにいたんだろう。小遣い稼ぎにしては乱暴だ。戦闘狂って感じでもないし。

「ほっとけ!」

ジェイクが鼻を鳴らす。若干顔が赤い。天空闘技場で会ったときは、まさか彼のこんな顔を見ることがあるなんて思いもしなかった。

「おい、俺たちが会ったのが天空闘技場だってこと、親父には黙っておけよ」
「そういえばさっき誤魔化してたね。どうして?」
「あの人を心配させるとまずいんだよ」

なるほど。子煩悩な父親的には、あんなに危険な場所に息子がいるなんて耐えられないんだろう。

息子……息子かあ。
じっとジェイクの顔を見上げる。そう言われれば似てるような気がしなくもない。雰囲気は正反対だけれど。彼からは父親から感じる金持ちオーラが全く感じられない。ラフな格好のせいだけじゃないと思う。

ジェイクも同じようにあたしを観察の目で見下ろしてくる。

「それにしても、ゾルディックねえ。強いわけだ」
「そりゃどうも。……あ、あの後体は大丈夫だった?後遺症とか残ってない?」
「……お前、普通それは聞かねえだろ」
「あ、ごめん」

心配だったから、つい。悔しげに口をへの字に曲げるジェイクに思わず笑ってしまった。



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