生きるためのお話 | ナノ

幕間.ある非日常の話

 
最初にミヤコと会ったのは、ミヤコがまだ首も座っていない赤ん坊の頃だ。

その異質に気が付いたのは、恐らく自分だけだ。

母親の腕に抱かれ、彼女はじっとこちらを見ていた。赤ん坊に周囲の状況が理解できる筈などないのに、その目は食い入るように自分を観察していた。

気味が悪い、と思った。

彼女は不気味なほどに子供らしさがない子供だった。周囲の大人や仲間たちは、それを「しっかりしている」などという言葉で片付けていたが、自分はそう思わなかった。
歳のわりに整理された話し方も、どこか達観したような様子も、自分たちの輪に入りながらも1歩引いている態度も、すべてがおかしかった。
奇妙な違和感があったのだ。基準がずれているような気がした。彼女を子供の枠にはめて考えるのは間違っているような気がした。
そう、それは、大人が子供の皮を被っているような違和感だった。子供が無理に虚勢をはって大人ぶっているのとは違う。達観しているというよりは老成していると言った方が正しい。

成長するにつれ、その違和感は薄れていった。だがそれは、ミヤコが年相応に子供らしくなったというよりも、子供のように振る舞うのが上手くなったのだと感じた。

彼女に抱いていた違和感は、次第に興味へと変わっていた。
面白い奴だと思った。好奇心の強い自分にとって、不自然なその少女は格好の観察対象だった。

それに、違和感を除いて考えれば、ミヤコは可愛い奴だった。自分たちを年長者として慕い、いつでも後を着いてくる最年少の少女は、守り慈しむべき存在だった。

このままずっと、彼女は自分達の側にいるのだと、ずっと彼女を見守り続けるのだと、そう思っていた。

別れは突然訪れた。

ミヤコの母親が、死んだのだ。
体を壊してから半年余り。早すぎる死だった。

彼女は素晴らしい人だった。快活で豪快で明朗で気さくで優しくて、あれほど自らに胸を張って明るく生きている女を、彼女以外には見たことがない。
彼女は唯一無二の存在だった。この世のプラスの部分をすべてをかき集めたような女だった。

誰もが彼女を慕っていた。彼女もその好意を返してくれた。
素晴らしい女だった。太陽のような、とは、あの人のことを言うのだろう。

彼女の葬儀には多くの同胞が参列した。誰もが涙を流し、その痛みを共有し、彼女に最後の別れを告げていた。もう2度と開けない夜を嘆くように、もう2度と目覚めない彼女の死を惜しんだ。

少女は、ミヤコは、泣いていた。

ミヤコは泣いていた。ただひたすら、声を上げ、地面を叩き、死への不条理を嘆き、神を罵りながら泣いていた。ただただミヤコは泣き続けていた。

それはミヤコが初めて見せた子供らしい表情だった。
皮肉なことに、ミヤコは自分を庇護する『親』がいなくなって初めて、『子供』になったのだ。

やがて涙も枯れ果てたのか、ミヤコはぼんやりとその場に座り込んだ。服が汚れるのも、手足が泥にまみれるのも構わずに崩れ落ちる少女は、大人たちの涙を誘った。

その姿があまりにも哀れで、だから「ひとりにして欲しい」と呟いたミヤコに反対する者は誰もいなかった。

今になってみれば、その判断は間違いだったと分かる。孤独な少女をひとり置き去りにするべきではなかった。彼女の悲しみを隣で分かち合うべきだった。
そうしていれば、少なくともミヤコは、今も自分達の隣にいたはずだ。

葬式から一夜明け、ミヤコが訪ねてきた。
泣き張らして赤くなった目は、それでも確かな芯を持って自分を見ていた。

「あたし、ここを出るの」
「……そうか」
「驚かないの?」

驚かなかった。ミヤコの元に流星街出身の女が訪ねてきたということは聞いていた。このタイミングで孤児の元に訪ねてきたということは、きっと『そういうこと』なのだろう。

案の定、膝に乗ってきたミヤコは、別れの言葉を告げてきた。

「母さんの友達だっていうひとがね、あたしを引き取るんだって」
「お前はそれで良いのか?」
「うん。だってこれが母さんの望みだから」
「先生の?」
「母さんがね、その人にお願いしてたんだって。自分にもしものことがあったら、あたしを頼むって」

そんなことしなくても良かったのにね。
小さく呟かれたその言葉を俺は聞き逃さなかった。

「出発はいつなんだ?」
「今日。これから」
「早いな」
「あたしもそう思う。でも、向こうにも色々都合があるんだって。……だから今日でみんなとはお別れ」

ミヤコが膝から降りる。慣れ親しんだ重みと温もりが遠ざかり、自分の体温まで下がった気がした。胸に風穴が空いた気分だ。
そうだ。きっと自分は、あの時、寂しさを感じていた。

ドアの前でミヤコは笑って振り返った。

「それじゃあ、さようなら」
「ああ。……またな、ミヤコ」

その瞬間、ミヤコの動きが止まった。大きな目を一層大きく見開き、間抜けのように口を開けている。ドアノブにかけようとしていた手は空を切って体の横に落ちた。

「……また?」
「ああ、また。お前がそう言ったんじゃないか」

どこにいても、離れていても、いつの日かまた会える。

ミヤコが顔を歪ませた。泣き出すかと思ったが、少女は強く目元を拭うと、晴れやかな笑顔を浮かべた。大きく手を振る彼女を、俺も笑顔で送り出した。

「うん……うん!またね!……クロロおにいちゃん!」

それは、ある非日常での言葉。
輝かしい日々、その終わりの日の話。



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