生きるためのお話 | ナノ

優しくって可愛い子

 
家を出ると決めた翌日、ゾルディックの面々に挨拶して回った。

シルバから話が行っていたのか、ひいじいちゃん達は何も言わずに受け入れてくれた。「帰りを待っている」と穏やかに見送ってくれた。
ミルキは、あたしがイルミに嫁ぐと聞くと10分くらい絶句していたけれど、戸惑いながらも納得してくれた。

大変だったのはカルトだ。

「おねえさまぁ……」
「泣かないでー。カルトに泣かれるとあたしも悲しいよ」
「じゃあ、行かないで。姉さまとずっといっしょにいたいよ」
「う、うーん」

号泣しながら抱きついてくる末弟に、思わず頷いてしまいそうになった。けれどそうする訳にはいかないのだ。あたしだって寂しいけれど、これは将来のためなんだから。今後の未来のため、この先も彼らと一緒にいるために、あたしはここから離れるのだ。

「ずっと帰ってこないって訳じゃないんだしさ。ね?」
「でっ、でもぉ」

何度も何度も諭して、納得してくれた頃には、日付が変わっていた。およそ半日もカルトをなだめっぱなしだった計算になる。それはつまりカルトが半日も泣き続けていたってことだ。泣くのって結構疲れるのに。小さいからって、その根性と体力は侮れない。

それから2日後、あたしはゾルディック家を出た。
結局、あの日以来イルミには会っていない。それで良かった。別にこれ以上話すこともなかったし、これから機会はいくらでもある。

家を出たあたしが最初に向かったのは、天空闘技場だった。
まだ『家族』への挨拶は終わってなかったからだ。

およそ8ヶ月ぶりに会ったキルアは、ほんの少し背が伸びていた気がした。

「ミヤコ姉ちゃん!」

ぱっと顔をほころばせ、キルアが一直線にあたしの腕に飛び込んでくる。力いっぱいみぞおちに突進されて一瞬息が止まったが、こんなの弟のかわいさを考えればどうということはない。

「ぐっほ……キ、キル、久しぶり。元気だった?」

手足の所々に傷跡が見られるものの、何か大きな怪我をした様子はない。それだけでも安心だ。

「勿論!あのな、俺、今130階なんだぜ!すげーだろ!」
「へー凄いじゃん。頑張ってるね、キルア」

満面の笑みを浮かべる弟の頭を撫でる。ふわふわした髪の毛の感触が久しぶりだ。キル以外の兄弟はみんな直毛だもんなあ。キルアと同じ髪質なのはシルバとゼノくらいのものだけど、あの人たちの髪を触らせてもらうなんて芸当、あたしには出来そうにない。
頭を撫でられ、キルアは気持ちよさそうに目を細める。子猫みたいでかわいい。

「姉ちゃんの言うとおり、ちゃんといい子にして待ってたんだぜ。お菓子も控えてたし、野菜だって……ちょっとは食べてたしっ。なあ、今日からまた一緒にいてくれるんだろ?」
「そっか……偉いね、キルア」

返事はできなかった。
その期待には応えられないからだ。

目を輝かせて、キルアがあたしを見上げてくる。その小さな体を抱え上げると、くすぐったそうな笑い声を上げてあたしの首に腕を回してきた。

キルアの部屋に移動して、あたしは事情を説明した。

母とキキョウの約束。10年の月日。これからのこと――イルミに嫁ぐということ。そのために家を出ていくということ。
ゾルディックから離れるということは、彼らの庇護の外に出るということだ。再びあの家に帰るときが来るまで、あたしはひとりで生きていかなくちゃならない。

そして、『その時』が来るまで、あたしはみんなと――弟たちと会わないことに決めた。せっかくの「家を出る」という決意が鈍ってしまう気がしたからだ。

イルミは、別だ。むしろ、彼とは半年に1度の面会日を設けた。ずっと会わないでいる相手に恋が出来るはずがないからだ。そのことについて直接話は出来なかったけれど、キキョウから内容が伝わっているはずだ。

話を聞き終わったキルアは、驚愕に目を見開いていた。ぱくぱくと、酸素を求める魚のように口を開閉させる。
驚くのも当たり前だ。いくら血が繋がってないとはいえ、兄と姉が結婚するなんてことをいきなり伝えられて、受け止めろという方が難しい。

やがてキルアは低く絞り出すような声を出した。

「ミヤコ姉……血が繋がってないって、ホントか!?」
「うん……うん?」

あ、あれ?

「……言ってなかったっけ?」
「聞いてねーよ!」

キルアが机を叩く。加減する余裕はなかったらしく、木製の机に蜘蛛の巣状のヒビが入った。
マジか、あたし言ってなかったっけ。ついついみんな知っているものだと思っていた。もしかしたらカルトも聞いていないかもしれない。

「信じらんねー!そんな大事なこと、なんで今まで黙ってたんだよ!?」
「ご、ごめんキルア。知ってるものだとばっかり……」

よくよく考えてみれば、キルアはまだ6歳だ。こんな複雑な家庭事情を聞き入れられる歳じゃない。パパたちもあえて黙ってたんだろう。

「でもほら、今後はちゃんとした家族になる予定だし。結果オーライ?」
「全然良くねーよ!兄貴に嫁ぐ?そのために家から出て行く?意味わかんねー!」

再び机を叩く。興奮して瞳孔が開ききっている。

「おかしいって!姉ちゃんぜってー騙されてる!」
「お、落ち着いてキルア。騙されてなんかないからさ」
「騙されてんじゃん!そうじゃなくても、姉ちゃんが断りきれないのを分かってそんなこと言ってんだろ?そんなの脅迫と一緒じゃねーか!」

違う。それは違う。

「違うよ。騙されても脅迫されてもない。これはあたしが選んだことだから」

確かに、はじめから選択肢なんてなかった。家族になるか否か、そのどちらかを選ぶだけ。あたしが後者を望むことなんてありえないから、実質道はひとつしかなかった。
けれど、それは強制されたものなんかじゃない。あたしは彼らと家族になりたかった。だから自分で選択肢をひとつに絞った。あたしはこの道を選ばされたんじゃなくって、自分で選んだのだ。

ひとつ問題があるとすれば、そこに義兄との結婚という条件が付随したということ。
それさえも、今となってはたいした障害じゃない。葛藤はあの夜で済ませた。今はもうなんの迷いもためらいもない。

家族になりたいと思ったのも、そのためにイルミに恋をすると決めたのも、全部あたしの意志だ。

「キルアが心配しているようなことは何もないんだよ」
「姉ちゃん」

キルアの視線が揺れた。あたしの気持ちを思って心配してくれているんだろう。優しい子だ。

「……本当にいいのか?姉ちゃんはそれで幸せ?」
「もちろん」

幸せに『なる』んだよ。
そのために、あたしは。

机を乗り越えて小さな体を抱き締める。ややあって、ためらいがちに背中に手が回された。
あたたかい。小さくて柔らかい、子供の体だ。頭を撫でると、ふわふわのくせっ毛が指の間をすり抜けていく。
抱き締められながら、キルアがあたしを見上げてくる。不安げに揺れる瞳を見れば、心からあたしを案じてくれているのが分かる。本当に優しい子だ。

全く似ていない。見た目も中身も、何もかもがアイツとは似ていない。全て正反対の、アイツの実の弟。
あたしの弟。

「ねえキルア。笑ってよ。あたしが家族になること、喜んでくれないの?」
「嬉しいよ!嬉しいに決まってんだろ」
「じゃあそれでいいじゃん。みんな幸せになって、ハッピーエンド。めでたしめでたしだよ」

彼らともっと一緒にいたいと思ったあたしと、あたしに家族になってくれと言ってくれた彼ら。お互いの望みは合致していた。みんなの願いが叶う。これは最良の形だ。

「……うん」
「ありがとう、キル」

少し口を尖らせていたけれど、しぶしぶ頷いてくれた。納得はしていないみたいだけど、理解はしてくれたらしい。

その背を強く抱き締め、そして1度だけ背中を叩いた。

「それじゃ、ご飯食べいこうか!なんでも好きなものご馳走するよ」
「……なんでも?」
「うん。なんでも」

大きな瞳が輝いた。興奮で頬がぱっと赤く染まる。

「なんでも?俺の好きなもの食べていい?野菜食べろって言わない?」
「言わない言わない。今日は特別」
「やったー!」

かーわいいなぁー、もうっ。
飛び上がってはしゃぐキルアの頭を撫で回す。さっきまでの厳しい顔はどこへやら、機嫌を直してくれたみたいだ。すっかりとろけてしまった頬で出かける準備をはじめている。

うん、やっぱりキルアは、笑っている顔が1番かわいい。
心配をかけてしまった分に加えて、この数ヵ月間ひとりで頑張ってくれてたんだ。今日はめいっぱい甘やかしてあげなくっちゃ。

準備を終えたかわいいキルアに手を差し出すと、小さなかわいい手がしっかりと握り返してきた。見上げてくる視線すらかわいい。あたしもすっかり姉バカだ。

「そういや姉ちゃん、家を出るって、これからどうするつもりなんだ?……まさか、ニート?」
「違ぇよ」

思わず素で返事をしてしまった。どこで覚えたんだ、そんな言葉。

首を傾げる弟に、わざと幼稚な言い方をしてみせた。

「薬屋さんになるのよ」



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