生きるためのお話 | ナノ

X day

(※残酷表現あり)
(※お酒は20歳になってから!)

「だからっ、鳥肌が!鳥肌がぶわってなったの!なんか、ぶわって!ぶわあーって!」
「もう分かったって。何度も同じ話をしなくていいって、何度言えば分かるんだ?」

兄が呆れたように顔の横で手を振る。すごく面倒そうだ。
そうは言うけれど、本当に衝撃的な出来事だったのだ。興奮するのも仕方がないじゃんか。

飛空船内にあるバーの一席。無事イルミとの合流を果たし、目的の飛行船に乗り込んだあたしは、やっと落ち着いて軽食を取ることが出来ていた。

周囲には着飾った紳士淑女ばかりの中で、子供と呼べる年齢層はあたしたち2人くらいだ。それもそのはず、この船はヨルビアン大陸行きの中でも最上級の高級船なのだ。豪奢な船内はもちろん、スタッフのサービスも一級品。航路についても考え抜かれていて、大きな窓に面したこのカウンター席からは、100万ジェニーのすばらしい夜景が見下ろせる。このバーに限らず、全ての施設や部屋、廊下に至るまで、必ず一面は夜景が見渡せるつくりになっているのが、この船の特徴だ。

クラブハウスサンドの最後の一口を咀嚼し、グラスの中の甘い液体と一緒に飲み下す。イルミが頼んでくれた、たぶん、お酒だ。飲みやすいけど、のどがぴりぴりするような感覚はあまり好みではない。

「人生でも上位に入る衝撃だったんたってば」
「その言葉、それで5回目」

そうだっけ?だとしたら、そんなに何度も言うほどほどショックだったんだと思ってほしい。
あの歪んだ口元を思い出すたびに背筋に悪寒が走る。あ、鳥肌が復活した。

イルミがカクテルグラスの中身を飲み干す。チクショウ、様になってやがる。

「お前がそんなに拒絶する相手なら、逆に見てみたい気もするけど」
「……拒絶?誰が、誰を?」
「お前が、その公園で出会ったって男を」

拒絶。そう言われて首を傾げる。

それとは少しニュアンスが違う気がする。確かに恐怖は感じた。得体の知れないものに対する本能的な恐怖で体が震えた。
けれど一方で、あたしは彼に興味を抱いていた。あの目に魅いられてしまっていた。許されるのなら話してみたい、触れてみたい。知りたい。彼を知りたい。

けれどその興味以上に、あたしは彼が危険な存在だと知っている。関われば大変な目にあうことを知っている。

知りたいのに、知っている。
あたしは彼を知っている。

何故だろう。彼とは初対面のはずなのに。どこかで会ったことがあるんだろうか。思い出そうにも、うまく頭が働かない。
そんなあたしを見て、イルミが小さく眉をひそめる。

「ミヤコ。お前、もしかして酔ってる?」
「ん?あー、んー……そーかも?」

言われてみれば、なんだか頭がふわふわする。考えがまとまらないのもこのせいか。

「アルコールの耐性訓練はまだだったっけ?」
「ううん、修了しといてこのザマ……うっぷ、ちょっとイルミ、これアルコール度数何度?」
「25度かな」
「うっそ!?」

ビールの5倍じゃん。口当たりがいいからって飲みすぎてしまった。

「もー信じらんない……うぇ、気分悪い。ごめんイル、ちょっとお手洗い」

以前は消毒用アルコールの臭いだけで気分が悪くなっていたのだから、これでも成長したほうなのだ。
酔いを自覚した途端、胃がむかむかしはじめた。イルミをひとり残したあたしは化粧室へと向かう。

呆れたような顔で見送ってくれたけどさ、ドリンクを頼んでくれたのはイルミなんだから、原因の一端はあんたにあると思うんだ。
ま、気づかずに飲み干しちゃったのはあたしなんだけどさ。

「うー、もう絶対お酒なんて飲まない……っと」
「きゃっ」

アルコールは集中力と注意力を奪う。
くらくらしはじめた視界を我慢しながらたどり着いた化粧室の入り口で、ちょうど中から出てきた女性とぶつかってしまった。

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「い……ったぁー。ちょっと何するのよぉ!?」

あたしは少しよろけたくらいだったけれど、相手は高い悲鳴と共に、盛大に尻もちをついてしまった。黒いラインの引かれた目じりに涙が溜まっている。大きく開いた真っ赤なドレスの胸元とスリットがセクシーな、迫力系の美人さんだ。

「どこ見て歩いてるの!?」
「ごめんなさい。ちょっと具合が悪くて」
「はあ!?……なぁに、顔が真っ赤じゃない。子供がお酒を飲んで酔っ払ったあげく、人様に迷惑かけてるってワケっ?」
「ごめんなさい……あの、手を」

金切り声が頭に響く。助け起こそうと差し伸べた手は、しかし勢いよく振り払われてしまった。爪が当たって痛い。
少しだけよろけながらもひとりで立ち上がった女性は、一瞬顔をしかめ、しかしすぐにその綺麗な顔に怒りの表情を浮かべた。こ、怖い。

「ちょっとぉ、足くじいちゃったじゃない!」
「あー、ごめんなさ……うぷっ」
「はあ!?何よ、失礼な子ね!」

女性に詰め寄られ、大窓に背中をついてしまう。同時に彼女のきつい香水の匂いが鼻をついた。普段ならなんとも思わないその香りにも、酔っぱらっている今は過剰に反応してしまう。
吐き気に耐え切れずにひざをつくと、金切り声がもっと高くなった。顔を見て気分悪そうに口元を押さえられたら、誰だって怒るよね。

ああ、でもちょっと、本気で限界かも。視界はぐるぐるするし、吐き気はもうそこまできている。なんとか気合いで押さえ込んでるけど。
女の人は許してくれそうにないし、ほんとどうしろってーの。いっそここで吐いてやろうか。

「どうしたんだい?随分手間取っているようだけれど」
「あ、やだァ、迎えに来てくれたの?」

その上伏兵の登場だ。もー勘弁してほしい。

どうやら、現れたのは女性の連れの様子。彼女はさっきまでとは別人のような甘い声で、仕立てのいいスーツを着た男に擦り寄っている。なんだよ、結構元気じゃん。痛めたという足はたいしたことなさそうだ。

「聞いてよ、この子ったら酷いの!あたしがそこに立ってたら、いきなり突き飛ばしてきたのよ」

おいちょっと待て!事実がものすごい角度で歪曲されてるぞ!抗議しようにも、今口を開くと、言葉以外のもろもろが飛び出してきそうだ。

「足もくじいちゃって、すっごく痛いんだからぁ……え、ちょっと」
「立てるかい?」

うずくまるあたしの頭上に声が落とされる。顔を上げれば、女性の連れらしい男がこちらに手を差し出していた。
燃えるような真っ赤な髪に涼やかな目元、すっと通った鼻梁、立派な体躯。はっとするようなイケメンだ。こんなに気分が悪いときじゃなかったら、あたしのテンションも上がっていただろうに。今はそんな余裕がない。

「ほら」
「あ、ありがとうございます」
「ちょっとォ!どうしてその子を構うのよ!?」

ああ、金切り声が復活した。なんだかキキョウを思い出すハイトーンだ。
ありがたく手を貸してもらえば、男越しに見える女性が般若の形相を浮かべていた。女の嫉妬って怖い。

「すみません、すぐにおいとましますんで」

こうなりゃ逃げるが勝ち。申し訳ないが、この男性に怒りの矛先を向けてもらおう。
声をかけて手を引こうとしたけれど、男はあたしを解放してくれなかった。

「?あの……」
「ねえッ!聞いてるの、ヒソ」
「うるさいなあ」

突然、視界が赤く染まった。

「え」

瞬き一瞬の間にきらめいた男の手は、その一閃で、女性の首を切り裂いていた。
壁に、窓に、女の血が飛び散る。彼女は悲鳴を上げる暇もなく、血しぶきとともにその場に倒れこむ。真っ赤なドレスが、もっと濃い緋色に染まっていく。

わずかに痙攣した体は、けれどすぐに動かなくなった。

何。突然、何が。

「な……」
「さて。邪魔者は消えたことだし、これでゆっくり話ができるね」

突然の惨劇に呆然とするあたしの耳に、愉快そうに笑う男の声が入ってくる。
この男は何を言っているのだろう。いきなり、何の前触れもなく人を殺しておいて、一体何を。

見上げた彼の長い指には、一枚のトランプが握られていた。

――ああ、思い出した。もやもやの正体はこれだったのか。

「……昼間とまったく格好が違うから、分かりませんでしたよ」
「あれ、気づいてくれたんだ。嬉しいなァ」

男はクツクツとのどの奥で笑う。その間もあたしの手は強く掴まれたままだ。そこから、さっきまでは感じなかった粘着質なオーラが伝わってくる。

「どうしてこの船に?」
「偶然だよ。……というのは冗談で、あとをつけさせてもらったんだ。君とぜひお近づきになりたいと思って。あの時君が公園で発したオーラ、とても良かったよ」
「そりゃどーも」

カップルを脅してしまった時のことか。
こちらとしては、出来ればもっと後に会いたかったかなー。こうなってしまった以上、いまさらどうしようもないけれど。自分の軽率な行動を後悔するばかりだ。

「あの人は?彼女じゃなかったの?」
「違うよ。誘われたからすこし一緒に話していただけ。あくまで、ボクの目的は君だから」

女の死体に目を向ける。切られた首から、どくどくと真っ赤な血が流れている。
ああ、この男の髪と同じ色だ。

ぎゅっと、手を握る力が強くなる。骨がみしみしときしむ音がする。このまま握りつぶされてしまいそうだ。
男は笑みを浮かべ、睨みあげるあたしに顔を近づける。

「ボクはヒソカ。君の名前は?」

奇術師ヒソカ。前世の記憶にもある。この世界での、重要人物だ。

通りで、どこかで会った気がするわけだ。興味を持つのも当然だし、彼を危険だと思うのも当たり前だ。

「ねえ。君のことを教えてくれるかい?」

低く、うっとりするような声音でささやかれる。まるで愛をささやくかのように蠱惑的な声だ。
ヒソカの瞳が、口元が歪む。彼から目が離せない。

紙一枚の距離で唇が触れそうになる、その瞬間、肌に慣れた殺気が、あたり一帯を包んだ。

ヒソカに向かって針が投げられる。それを体のひとひねりで避けたヒソカだったが、すかさず飛んできた2撃目に、ようやくその場から跳躍した。右手が開放され、痛みと圧迫感がなくなる。
かと思えば、またすぐに手を引かれ、あたしは誰かの腕の中に納まった。
いや、誰かじゃない。イルミだ。助けてくれたんだ。

「っと。ありがと、イルミ」
「誰、お前。ミヤコに何してるの」

おいこら無視かよ。

あたしを抱えたまま、イルミはヒソカと対峙する。いくつもの針を指に挟み、隠すこともなく殺気を溢れさせている。
怒ってくれているのはありがたいが、触れ合う距離で感じるこのオーラは、とても、非常に、胃に悪い。普段からお世辞にも爽やかとはいえないイルミのオーラが、より一層どす黒く染まっていく。

「ふうん。ミヤコと、イルミか。恋人?それとも、あんまり似てないけど、兄妹かい?」
「俺の話聞いてる?何してるのって聞いてるんだけど」
「過保護だね。とっても魅力的な子だったから、ちょっと遊んでみたくってさ。……ま、ボクとしては、君が相手でも構わないんだけど?」
「イル、イルミイルミ、苦しい、力強い」

イルミとヒソカ、その2人に挟まれたあたしの立ち位置に気づいてください。
ほとばしる殺気、悪寒を生む凶悪なオーラ、どちらかが動いたその瞬間に勝敗が決まりそうな緊張感。なにこの人たち、マジで怖い。

ヒソカの興味はもうすっかりイルミに移ってしまっているようだ。綺麗な顔立ちに浮かべた怪しい笑みが深くなる。
……前世でマンガとして読んでいたときも思ったけれど、すっぴんはこんなに綺麗なのに、どうしてあんな奇抜なメイクをするんだろう。もったいない。そんな現実逃避をしても、あたしの体を襲う威圧感は治まらなかった。

「どうする?君が相手をしてくれる?」

ヒソカが恍惚の表情を浮かべる。怖い。ガチの戦闘狂を見るのは初めてだ。イルミのこんな怒りのオーラなんて、慣れている筈のあたしでさえ冷や汗が出るほどなのに。悠然と笑っていられるなんて、やっぱりこいつ、頭おかしいわ。

さっきまでとは別の意味でふらふらし始めた頭で考える。この状況からどうやって切り抜けよう。
数だけ見れば2対1。イルミとヒソカの実力が拮抗しているように見える以上、こちらが有利だ。けれど今のあたしじゃ、助けどころか足手まといになるだけだ。吐き気は引っ込んだけれど、今度は足元がおぼつかなくなっている。このままじゃあ無事で帰れる保証はない。

「それとも、2人一緒に遊んでくれるのかい?」

イルミが強くあたしの肩を抱いた。

「まさか」
「え、ちょ、イル……ぎゃあーッ!?」

轟音、衝撃、浮遊感。全てが一瞬で襲ってきた。

イルミが背後の大窓を叩き割り、外へと体を躍らせたのだ。もちろん腕には私を抱えたまま。

兄と2人、夜の闇へとダイブする。

「いっ……やあぁーッ!?」

ちょ、高い高い死ぬダメ死ぬ死ぬ高い落ちるー!?

あっけに取られたような表情のヒソカが一瞬で視界から消える。あとはもう、見えるものは、夜の黒と小さな光だけだ。

風を切る轟音。目が乾いて開けていられない。風圧で頬の肉が波打つ。
あり得ない。この高さから落ちたら死ぬ、ぺちゃんこになって死ぬ!

「死ぬうぅーッ!!」
「―――――」
「何言ってんのか全然聞こえなぁうぷっ」

お腹に強い衝撃。治まっていた吐き気が復活した。

急に落下速度が緩やかになり、イルミの声が聞きとれるようになる。
首を捻って背中側を見れば、イルミが大きな傘を差して……いや、違う。
これは、パラシュートだ。

「衝撃に備えて、って言ったんだけど」
「パ、パラシュート、っ持ってたんなら、先に言えよ!」

こっちは本気で死を覚悟したってのに!

落ち着いて考えれば、イルミが何の考えもなしにこんな無謀な逃走を図るわけがないのだ。あたしと心中するなんて万が一にもあり得ない。
だけど、そうだとしても、これはあんまりな行動じゃないだろうか。黙って飛び降りるとかあり得ないっての。大体、いつこんなものを用意したんだ。

「ずっと変な気配がついて来ていたことは気づいてたけど、実害がないから放っておいたんだよね。これはもしものときの保険」
「気づいてたの!?」
「むしろお前が気づいていなかったことに驚きだよ」

落下しながらも器用に肩をすくめて見せるイルミ。
昼間のあたしは思っていたより、ヒソカとの出会いに動揺していたらしい。あんな分かりやすく凶悪なオーラを悟れなかったなんて。……こりゃゾルディックに戻ったら修行やり直しかな。

疲労感と安堵が一気に襲ってくる。眼下に広がる夜景を眺めながら、あたしは溜め息をついた。



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