生きるためのお話 | ナノ

ナイン

 
猛烈な攻撃があたしを襲う。確かに避けているはずの拳は、しかしあたしの体に次々と傷を作っていく。

痛みには耐えられる。ゾルディックの面々ほどではないが、あたしだってこの数年、まじめに修行をしてきたのだ。痛みを表情に出すことなんてしない。それで隙を作るなんてことは絶対にない。

けれど、こうも体中を傷つけられてしまっては、痛覚云々以前に、いらいらして仕方がない。
こちとら年頃の乙女だっていうのに。玉のお肌に何をしてくれるんだ!自然と舌打ちがもれてしまう。

「こ、っの!」
「おっと」

いらだち任せに放った蹴りは簡単に避けられてしまった。くそ、なんだってんだ。あたしから距離をとり、涼しい顔で見下ろしてくるジェイクが腹立たしい。

「降参しろよ。これ以上怪我したくねェだろ」
「はっ、冗談!」

つーか、やっぱりこの傷の付け方はわざとか。
急所を狙わずにわざと全身を攻撃するなんて、随分と余裕ぶったやり方をしてくれるもんだ。おかげでキキョウから貰った服もボロボロになってしまった。可愛いデザインのわりに動きやすくて気に入っていたってのに!

取られたポイントの合計は3ポイント。ラウンドはいつの間にか2つ目で、そろそろ決定打を出さなければ、判定負けもありえる。
それだけは避けなければ。絶対に勝つって、キルアと、約束したんだから。

ジェイクは、強い。最初に感じたそれは間違いではないだろう。けれど、それも所詮は天空闘技場レベルでの話だ。

いつも冗談みたいなレベルの強さを持つ人たちに稽古を付けてもらっているあたしには分かる。本当に空を斬る拳っていうのは、ジェイクが放つそれよりも、何倍も強く速いのだ。
そんなスピードで攻撃されたら、あたしだってとっくの昔に直撃を食らっているはずだ。けれどあたしは彼の攻撃を避けられる。それが出来る程度の拳のスピードで、衝撃波を生み出し、直撃を避けたあたしを傷つけるなんて芸当は、不可能だ。

それならば、この男の強さの秘密は、一体何だ。

考えろ。何か仕掛けがあるはずなのだ。この現象を生み出している何かが。肉体的なポテンシャルを抜きにした、もっと、超能力的な何かが。もしくはゾルディックの人たちのように、肉体を少しだけ操作しているとか。
彼の強さに秘められた、何かが。

「何か……って」

……………あ。

「……っだああぁぁぁッ!!」
『おぉっと、一体どうしたミヤコ選手!いきなり奇声を上げながらリングを破壊し始めたーっ!?』
「何やってんだ……?」

うっさいわボケぇぇぇぇぇ!

いらだち任せに拳を床に打ち続ける。何の強化もしていない素の拳は、それでも硬い床にヒビを入れることくらいは出来た。

ああもう本っ当、あたしってばかだ。どうしてこんな簡単なことに気づけなかったんだろう。何がポテンシャルだ、何が超能力だ、何が肉体操作だ!

そんなものより、もっと先に思いつくべきものがあるじゃないか!

観客のどよめきを背に受けて立ち上がる。
あたしの視線の先にはジェイクがいる。その拳には、肉眼で見た限り、何の仕掛けもない。すこし骨ばった、ただの拳だ。

その光景はたった1枚のフィルターを通すだけで一変する。

すっと息を吸うと同時に瞳を閉じ、今まで垂れ流し状態だったオーラを体に纏わせる。見えない膜に全身を包まれている感覚。あたしから溢れるあたしの力。念能力の基本中の基本、纏だ。

一呼吸の後に目を開けると、わずかに驚いた様子の男の姿が目に入った。

「お前、使えたのか」
「まーね」

何のことはない。要するに、ジェイクは念能力者だったのだ。

念はそれを使っている人間にしか目視することができない。だから、天空闘技場に来てからずっと纏をすることすらやめていたあたしには、ジェイクの念を確認することが出来なかったのだ。
今ははっきりと、彼の拳から発せられる、鋭利な刃物のように変形させられたオーラが見て取れる。これが、切り裂きジェイクのタネって訳だ。

あたしに向かってジェイクが駆ける。真横に薙がれる手刀。最初にあたしに傷を付けたときと同じ攻撃だ。
違うのは、今のあたしには、その手の先から伸びるオーラの刃が見えているということ。

体を捻って攻撃をよければ、相手から小さな舌打ちがもれた。

「舐めてもらっちゃあ困るわよ」
「あ?」
「見えてる攻撃を避けられないほど、あたしは弱くないってーの!」

オーラを足に集中し、瞬間的に爆発させる。それを機動力にしてジェイクの背後へと回り込んだ。突然スピードを上げたあたしについてこれなかったらしい、見開かれたその目が驚愕と動揺に染まる。

振り返ろうとした、そのがら空きの背中を軽く平手で叩く。

「どうよ?」
「クソっ!」
「わっと」

なぎ払うジェイクの手からオーラが伸びる。けれどそれは、もはやあたしに届くことはかなわない。オーラで出来た刃は自由に伸縮出来るようだが、それも最長60センチ程度といったところなのだろう。
苛立ちを隠そうともしないジェイクに、あたしは満面の笑みを浮かべてみせる。

「降参してよ。これ以上怪我したくないでしょ?」
「……この、クソガキが」
「何、交渉決裂?もー仕方ないなー」

待ってやる気はない。思っていたよりも時間をかけすぎてしまった。大事な弟がそろそろ目を覚ます時間だ。

もう一度攻撃を仕掛けようと、ジェイクがあたしに飛びかかる。

あたしはそれを避けずに、彼の鋭い眼をじっと見返した。

『あーっと、どうしたミヤコ選手!このままではジェイク選手の攻撃がクリーンヒットだー!』
「――ざーんねん」

すでにあなたはあたしの巣の中だ。

突然、ジェイクは振り上げた腕をそのままに、ぴたりと動きを止めてしまった。その目が驚きに見開かれる。
それはほんの一瞬だったけれど、あたしにとっては十分すぎる隙だ。

ジェイクの懐にもぐりこみ、その腹に拳をお見舞いする。握った拳が肉にのめりこむ独特の感覚。頭上からくぐもった声が聞こえた。

「がッ……!?」
「ゲームセットだよ、おにーさん」

ジェイクの体が、折れるように、硬いリングの上へと倒れこんだ。

一瞬だけ静まった会場が、すぐに熱気を取り戻す。

『……き、決まったァーっ!ミヤコ選手のカウンターがジェイク選手を捉えました!強烈な一撃にジェイク選手はダウンしてしまったー!』

倒れこんだジェイクに近づき、その横にしゃがみこむ。その体を仰向けに転がしてやれば、きつい眼差しがあたしを睨みつけた。あ、意識があるんだ。結構本気で殴っちゃったから、ヤバイかなーって思ったんだけど。
けれどダメージは深刻らしく、口の端に血がにじんでいる。内蔵をやっちゃったっぽい。

「ちゃんと意識を無くしてやったほうが楽だったかもしんないなあ」
「……って、めェ、何……し、やがった……!?」
「お、喋れるんだ」

でも、息も絶え絶えだ。咳き込むたびに吐血している。震える指先があたしを捕らえようと小さくわなないているが、彼にはそれも叶わない。

地面に転がったままあたしを睨みあげるジェイクを見ていると、なんだか少し悪い気がしてくる。
……やりすぎたかな?いやいや、こっちだってたくさん怪我させられたんだし。おあいこだ。

審判がカウントを取るが、すぐにジェイクは試合続行不可と判断された。

「勝者、ミヤコ選手!」
「いえーい」
『決まったァー!注目の戦いを勝利したのは、ミヤコ選手だー!』

歓声と怒声が沸き起こる。怒っているのは、まあ、ジェイクに賭けていた観客だろう。ふふーん、ザマぁ見ろってんだ。

よし。ちょっと時間をかけちゃったけど、約束どおり勝つことが出来た。早くキルアのところに戻らなくっちゃ。

リングから降りる前に、一度だけ振り向く。ジェイクの長身が、数人のスタッフによって運ばれようとしているところだった。その目の奥で怒りの炎がギラギラと燃え上がっている。
何この人、怖い。視線だけで人が殺せそうだ。

あ、目が合った。
人差し指を唇に当て、ウインクしてみせる。

「そっちが言ったんでしょ?お前も使えたのか、って」

切れ長の目が大きく見開き、けれどそれは、すぐに苦笑交じりの色を浮かべて閉じられた。



窓口で賞金の受け取りを確認していると、背後からあたしを呼ぶ声があった。

「ミヤコ姉ちゃーん!」
「キル!もう起きて大丈夫なの?」
「平気。もうすっかり良くなったぜっ」

手を広げて、飛びついてくるキルアを受け止める。抱きしめた体はまだ少し熱いが、本人の言うとおり、辛くはなさそうだ。良かった、ちゃんと治療が効いたらしい。

「改めて、ごめんね、キル」
「だからー、それはもういいって……うわっ!」

悲鳴に近い声を上げて、キルアがあたしの腕の中から飛びのく。

え、何、どうしたのいきなり。おねーちゃんショックなんですけど。ショックすぎて涙が出そうなんですけど。

少しだけ怯えた様子のキルアの目線は、あたしの肩口に向けられている。

「姉ちゃん、こんなところにまでそいつを連れて来てたのかよ!?」
「え?そいつって……ああ、そっか」

そういえば念を解いてなかったな。
肩に手を伸ばすと、それは慣れた様子で手のひらをつたい、あたしの腕を遊び渡りはじめた。

それは、9本足の蜘蛛。

あたしの念によって生まれた、あたしの分身。あたしの強さの象徴だ。

「いきなり現れたから、マジでビックリしたっつーの!今までどこに隠してたんだよ!?」
「あはは、ごめんね。ほらナイン、キルアにごめんなさいして」

蜘蛛――ナインを手のひらに乗せてキルアのほうに向ける。あたしの言葉を受けたナインは、その長い脚を器用に折り曲げると、会釈の真似事をしてみせた。あたしの念として生まれたこの子は、あたしの命令であれば、ある程度のことならこなすことが出来るのだ。

それでもまだ怯えているキルアから出来るだけ遠ざけるように、ナインを自分の頭の上に乗せた。手のひらサイズの蜘蛛の重さなんて、あってないようなものだ。

「ほら、この子もこう言ってるし」
「……本当、ただの虫のわりに、賢い奴だよな、ナインって」
「まあねー」

ミルキいわく、あたしよりも知能指数が高い。失礼な。

まだ念を知らないキルアには、この子はあたしのペットだと伝えてある。はじめのうちは趣味が悪いと散々けなされたものだ。

「ってか、姉ちゃん、傷だらけじゃん!早く治療しないと」
「ん?ああ、大丈夫。全部浅いし、すぐに治るよ」

体中に無数に付けられた傷は、どれも思っていたより浅い。この分だとすぐにふさがるだろう。完治すれば跡も残らないはずだ。手加減は得意だというジェイクの言葉は本当だったらしい。……やっぱり、やりすぎたかな?会う機会があれば謝っておこう。

心配した様子であたしの頬を撫でてくるキルアに、思わず眉尻が下がる。
本当に可愛くっていい子だなぁー。ゾルディックの仕事の後も、キルアはいつも一番にあたしの安否を確かめてくれてたっけ。

中断していた手続きを終わらせ、係のお姉さんから通帳を受け取る。うん、相変わらず、目玉が飛び出そうなくらいの預金額だ。こんな金額、前世では天地がひっくり返ったって目にすることなんて出来なかっただろう。

けれど、こうやって賞金を貰うのも、これで最後だ。
次の階からは褒賞金が出ない。ただ名誉だけを賭けた、200階での戦いだ。

これでようやくあたしも200階の部屋が貰えるのかあ。早く今まで使っていた部屋に戻って荷造りしなくちゃ。ああ、実験道具なんかも仕舞わないと。思ったより時間がかかるかもしれないな。今日は安静にさせておく分、明日からのキルアの訓練メニューも考え直さなくちゃ。

その時のあたしは、そんなことで頭がいっぱいで。

「よーしまた明日から頑張ろーね、キルア」
「うん!」

どうして今まで念の使用を避けていたのか、その理由をすぐに思い出していれば、きっともう少し対応が練れていたはずだったのに。



念能力 具現化系

・ナイン
 ミヤコの念によって生み出された蜘蛛。
 ミヤコの意思を汲み取って行動する。

・子蜘蛛のいたずら(ナインズウェブ)
 自分の円の範囲内に巨大な蜘蛛の巣を形成する。
 範囲内の生物は糸に囚われ身動きが取れなくなる。
 形成される範囲が狭いほど、糸は強く対象者を拘束する。
 拘束できる時間は最大で9秒間。
 制約:この能力を使用する際はナインを具現化していなければならない。

・いとし子への祝福(ディアマイディア)
 毒への治療薬を精製する。薬を投与されたものは9時間強制的に昏睡する。
 大体の場合ナインに対象者を噛ませて治療薬を投与するが、
 実際はナインを介さなくても薬を投与することは出来る。
 制約:@治療出来る毒は自分が摂取したことがあるものに限る。
    A自分自身には使用できない。
    B再度この能力を使用するには9時間間隔をあける必要がある。
    C自分が大切に思っている相手にしか使用できない。



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