生きるためのお話 | ナノ

取り扱い絶対注意

 
今生では特に趣味も持たなかったあたしが興味を持ったもの。それが薬品の調合だった。

きっかけは、シルバが息子たちの訓練用にと所持していた毒薬だ。

たった1滴で象すら麻痺させるという強力なそれは、その効能が嘘のような、澄んだウォーターブルーの液体だった。小瓶に収まる毒は、まるで小さな海のよう。無骨なシルバの手の中で照明を受けてキラキラと光輝く液体は、今まで見たどんなものよりも怪しく、それでいて美しかった。

その瞬間、あたしは魅了されてしまったのだ。

一度調べてみれば、薬品の世界はとても奥が深かった。
その痺れ薬のように、その効能が冗談かのように美しい見た目の毒もあれば、ドブ色のどろどろとした液体が、難病を治療するたった一つの特効薬だったりもする。そんなギャップはもちろん、ほんの数滴の分量や接種方法、調合の違いで、薬品はまったく異なる効能を表す、そんなところにも探究心をくすぐられた。

元々、暗殺者と薬は切っても切れない仲だ。
薬品について深い知識を持つ人だらけの中での生活は、そんな趣味に没頭するには最適な空間だった。めずらしい原料も簡単に入手することができた。

はじめは綺麗な見た目の薬品を収集するだけだったけれど、徐々にその効能を調べたり、調合の真似事をしてみたりするようになった。

分からないことはシルバやゼノが教えてくれた。ミルキも文句を言いつつネットでいろいろと調べてくれたし。キキョウは入手困難な薬品を頻繁にプレゼントしてくれた。

本当、恵まれすぎた環境だったと思う。おかげ様でちょっとやそっとの玄人には負けないくらいの知識や技術が身についた。
今では立派なゾルディック家の薬物担当だ。

「……よし、いい感じ」

試験管に入った開発途中の新薬を見つめる。30分後に仕上げの液体を入れれば完成だ。

イルミからの電話があった翌日、天空闘技場の自室に大きな荷物が届いた。家に置いてきたままだった調合セットや簡易無菌室だ。こっちで自室を獲得した日にシルバに連絡を取って、送ってもらうように頼んでおいたのだ。

これでこっちでも調薬がはかどる。飛び上がって喜ぶあたしを、弟は呆れたような目で見上げていた。
や、やっぱり、こんな趣味って、マイナーだよなあ。やってみると意外と楽しかったりするんだけど。

気配を感じて振り向けば、洗面所からキルアが出てくるところだった。

「朝ごはん用意してるよ。テーブルの上においてあるから」
「んー」

寝ぼけ眼をこするキルア。よくよく見れば、髪の先から雫がしたたっている。まったく、仕方のない弟だこと。

視線を手の中の試験管に戻す。細かい気泡が出てきた。うん、期待通りの反応だ。
今調合しているのは、シルバに頼まれた、無味無臭で遅効性の毒だ。食事なんかに混入させやすく、きっかり24時間後に効果を表すタイプのものをご所望らしい。

完成したこれが、誰に何の目的で使われるかなんて、聞くまでもないが。

けれど、自分が直接手を下すよりは気が楽だ。そう感じてしまうあたり、あたしも随分彼らになじんでしまったなと思う。

背後でことこと物音が聞こえる。焼けたパンをかじる音、小さな咀嚼音、飲み物とともに嚥下する音。特に注意している訳でもないのだが、発達した聴覚は、そんな些細な生活音さえも拾い上げてしまう。

あ、そうだ、言い忘れてた。

「ねーキル、机に置いてある瓶だけど」
「オレンジのこれ?」
「うん、それ。甘い匂いがして口当たりがいいから分かりにくいけど、それ、キキョウママが送ってきた毒入りジュースでね。まだキルアの体が対応できるレベルかどうか調べてないから、間違えて飲まないようにね」
「……姉ちゃん……」
「ん?」

あれ、なんだかキルアの声が、今にも死にそうな猫の鳴き声みたいなんだけど。

振り向いたあたしの目に映ったのは、無菌室のカーテン越し、空っぽになった瓶を握っているキルアだった。
自分の口元が引きつったのを感じた。

「キ……キルア……?」
「言うの、遅すぎ……」
「ぎゃあぁーッ!?」

ーーそれからは、仰向けに倒れたキルアに水を飲ませたり、毒を吐かせたりするのに必死で、気がついた時には、開発途中だった新薬はすっかりダメになっていた。

苦しそうにベッドの上で横になるキルアの頭を撫でる。

今回の毒は、キルアの抵抗力以上に強力なものだったようだ。命に別状はないにしても、早くて半日、最悪の場合明日の昼ごろまで、腹痛や発熱が続き、ベッドから起き上がることはできないはずだ。

中途半端な時期から訓練されたあたしとは違い、キルアは生まれたその瞬間、もっと言えば、キキョウのお腹にいた時から、母体を通して耐毒物訓練を行っている。そうは言っても、それはシルバやイルミのように完成されたものではない。まだまだ訓練途中なのだ。当然、今回のようなことは十分起こり得る。

弟の小さな額には次から次へと玉のような汗が浮かんでいる。

「ごめんね、キル……」
「いーって。ミヤコ姉ちゃんのせいじゃねーよ」
「ううん。あたしが悪いんだよ。ちゃんと管理してなかったから」

何がキルアの世話係だ。自分のミスで大事な弟を危険な目にあわせるなんて、そんなの笑い話にもならない。

「大丈夫だってば。気づかなかったオレも悪いんだし」
「キルア……」
「ごめん、ちょっと眠いや。姉ちゃんは、このあと、試合だろ?」

ちゃんと勝ってくれよ。無理に微笑んだキルアが、小さく息を吐いて目を閉じる。苦しそうな寝息が耳に痛い。

荒く息を吐いて眠るキルアの手を握る。

毒と薬は表裏一体だ。
毒が利かない体だということは、それを治療するための薬も効果がないということだ。特性の解毒剤も、キルアにはなんの役にも立たない。

けれど。
薬が効かないのなら、他の治療法を施せばいい。
あたしにはそれが出来るのだから。

ジュースの瓶に添えられていた成分表を確かめる。うん、大丈夫だ。この毒薬は以前あたしも飲まされたことがある。

キルアが完全に寝入っているのを確認する。本当にごめんね、キルア。
その小さな手をぎゅっと握り締める。

「待っててね。絶対に勝って、すぐに戻ってくるから」

瞬き一瞬の間に生み出されたそれは、あたしの首元でかさりと小さな音を立てた。



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