生きるためのお話 | ナノ

苦い涙

 
天空闘技場に来て4日目。

初戦で、キルアは20階、あたしは50階への切符を手に入れ、それぞれ今日まで勝ち進んできた。

順調だが、小さなトラブルはあった。
キルアは6歳という年齢のことを考慮され、初日から今日に至るまで、1日1試合しか組ませてもらえなかったのだ。早く上がることが出来ずにフラストレーションが溜まっているようである。

「姉ちゃんはもうすぐ100階だってのにさー……」
「キルアもすぐにたどり着けるよ。ほら、先に行って今日の分の試合こなしてきなさい。終わったらロビーで待っててね」
「はーい」

今日、キルアは50階に挑戦する。スタート自体はまずまずだ。このままいけば、3年といわず、案外早めに家に帰れるかもしれないなー。

あたしはと言えば、急ぐ用もないので、キルアに合わせて1日1試合、10階ずつゆっくりと進んでいた。頼めばどうにかなるものである。初日だけは申請が間に合わず、2試合組まれちゃったけれど。

天空闘技場に戻るキルアを見送り、部屋の荷物をまとめる。もともと2人とも着替えが入った鞄しか持ってきていない。荷造りといっても楽なもんだ。

両手に荷物を持ち、ホテルをチェックアウトする。
天空闘技場の周りには、闘技場挑戦者向けの安宿がいくつも点在している。設備は決して上等とは言えないが、そんなこと闘技場に挑むような荒くれ者たちにとっては大した問題じゃない。あたしたちもこの4日間、その中の一つに宿泊していた。

だが、それも今日までだ。
今日あたしは100階に挑戦する。ここで勝てば、念願の個室が手に入るのだ。今後はそこを拠点とするつもりである。

負ける気はまったくない。だからこそ、この宿も引き払ったのだ。
余裕で勝ち抜ける自信はある。そのくらい、あたしは強くなった自分を自覚していた。
ゾルディック家での修行の日々は伊達じゃなかった。この場所にあたしを負かせられるような相手はいない。きっとこのまま200階まで余裕で勝ち抜けるはずだ。

闘技場の恩恵を受けてか、街は活気であふれていた。少々柄が悪いやつらが多いのはご愛嬌。用品店から娯楽施設まで、街にはさまざまなお店が揃っている。
路地を一本入れば、少し怪しい看板も。

「“ミニガン、はじめました”って……冷やし中華じゃないんだからさ」

そんな気楽にいえるような代物じゃないだろうに。
名前にこそ「ミニ」なんて可愛らしい物がついているが、実際は車載用のガトリング銃だ。撃たれても痛みを感じるより先に死んでしまうことから、通称無痛ガンとも呼ばれている。なんてネーミングセンスだ。

露店で朝食兼昼食のホットドッグを買い、食べ歩きながら闘技場を目指す。ついでにキルアのために、油で揚げたドーナツ風のお菓子も購入。甘やかすなとは言われているけれど、連日頑張っているご褒美をあげるくらいはいいだろう。

プラプラ街を歩いていたら、結構時間が経ってしまった。
もうキルアの試合は終わった頃かなあ。50階程度の相手なら、まだぎりぎり無傷で勝利できているはずだ。

待ち合わせ場所のロビーに到着する。探すまでもなく、小さな背中はすぐに見つかった。
キルアは椅子の上でひざを抱えて座ってた。

「キルア、早かったね。もう終わったの?」
「……ミヤコ姉ちゃん……」

振り返ったキルアを見て、一瞬呼吸が止まった。

「……キルア?どした?」

目元が赤い。頬に涙の跡が残っている。鼻をすすり上げる動きが止まらない。今は止まっているようだが、ほんの少し前まで泣いていたのだろう。
もしかして。

隣に腰掛ると、大きな目が拗ねたようにあたしからそらされた。

「キルア」

小さな体を抱え上げて膝の上に座らせる。抵抗はされないが、視線はそらされたままだ。

周囲を行きかう大人たちが妙なものを見るような視線を送ってきた。こんな場所で戯れている姉弟の姿が珍しいのだろう。

「黙ってちゃ分かんないよ。どーしたの?」
「……姉ちゃん」
「ん?」
「……オレ」

負けた、と小さな声がつぶやく。握り締めた手に、ぽつり、小さなしずくが落ちた。

「あー……」

予感が当たった。
やっぱりそうかあ。様子もおかしかったし、もしかしたらとは思ったけれど。

小さな頭を撫でると、それに合わせるようにして、ぽつぽつと涙がこぼれていく。

「攻撃っ、当たってんのに、全然、利かねーしっ」
「うん」
「て、手加減とか、言ってっ。片手しか、使って、こねーし!」
「あー」

それは、悔しかっただろうな。

キルアは天才だ。乾いたスポンジが水を吸収するように、教えられた技術の全てを自分のものにしていく。頭もよくセンスもいい。この歳にして、大の大人相手に無傷で立ち向かえるほどの力を持っている。

そんな彼は、今まで家族以外の誰かに負けたことなんて無かった。
それなのに、初めての敗北がそんなに屈辱的なものだったなんて。

「そっか。悔しいね、キル」
「っ……ミヤコ姉ちゃん……っ!」

ぱっと見た感じ、キルアは服こそ汚れているが、大きなダメージを受けている様子はなかった。あしらわれ続けて、0点試合で負け判定を食らったってところだろう。なんとも、舐めてかかられたもんだ。

いっこうに顔をあげようとしないキルアを抱きしめる。小さな背中を撫で続けていると、少しずつ落ち着いてきたらしい。嗚咽が段々と治まってくる。

小さなその手が、ぎゅっと、強くあたしの服を掴んでくる。
プライドの高いこの子が、あたしを信頼しきって、こんな弱弱しい姿を見せてくれる。なんて可愛らしい。泣き顔さえも愛らしいなんて、本当に天使みたいな子だ。写メってイルミに見せ付けてやりたいくらい。

ああ、でも。
泣き顔よりは、笑顔が見たいなぁ。
キルアは、笑っているときが一番可愛いんだから。

「キルは泣き虫さんだなぁー」
「うっ、うるせーよ!」
「あはは、ごめんごめん。ねえキルア、負けて悔しかった?」

思わずといった様子で上げられた顔には、もう涙は見えなかった。
まだ少し赤い目が迷ったように揺れ、そしてまっすぐにあたしを見返してくる。

「……うん」
「そんじゃあ、キルアはもっと強くなれるよ」
「もっと、強く?」
「そう。その悔しさをバネにするの。挫けそうになったら、その悔しさを思い出して。やる気と向上心があるなら、キルはもっと上を目指せるよ。あたしが保障する」

ゾルディックの後継の名は伊達じゃない。キルアには、そのための才能も実力もある。

……それに、将来的に暗殺家業を継ぐ継がないに関わらず、力を付けるに越したことはない。キルアには、強くなってもらわないといけない。
前世の記憶によれば、将来、この子は幾度となく危険な目に遭ってしまうのだから。

どんな障害がキルアの前に立ちふさがろうと、キルアがその先を目指すのなら、あたしはその歩みに手を貸そう。そのための助力は惜しまないつもりだ。

大事なこの子を守るためなら、あたしは何だってする。

「頑張れる?」
「うんっ。オレ、姉ちゃんみたいに、もっと強くなる!」
「……あー、もう本当、可愛いなあキルアはっ!」

キルアの頭を撫で回す。可愛い可愛いあたしの弟は、くすぐったそうに笑って首をすくめた。

「なあ姉ちゃん、これから訓練に付き合ってくれよ!」
「よしきた任せろー!……あ、でもごめん、あたしこれから試合だ。どうする?見に来る?」
「うんっ……あ、でも、いいや。オレ、その間に特訓しとく」
「おお。偉いねキルア」

どうやら気合が違うようだ。ほんの数時間前までは見られなかったやる気だ。
勢いを付けてあたしの膝から飛び降りたキルアは、いつもどおりの笑顔を見せてくれた。もうすっかり涙は乾いている。

「それじゃあ、終わったら迎えに来るからね」
「おう!頑張れよ、ミヤコ姉ちゃん!」

お土産だったお菓子を手渡し、大きく手を振ってくれるキルアに背を向けた。

向かうのは100階の闘技場。今日の宿泊先を賭けての戦いだ。
あんなに可愛い子が応援してくれてるんだ。百人力だ。



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