生きるためのお話 | ナノ

バトルスタジアム

 
「ミヤコ、ちょっと頼まれてくれない?」
「んー、内容によるけどー」
「子守してほしいんだよね。3年くらい」
「……は?」

自分の部屋でのんびりしていたところに、ノックもなしに入ってきたイルミが告げる。頼みだとはいいながら、その口調は有無を言わさない様子である。

寝転んでいたベッドから体を起こす。見上げたイルミの目は相変わらず無表情で、何を考えているのかさっぱり分からない。

「ごめんイルミ、聞き間違いかも。今なんて言った?」
「キルを連れて、天空闘技場まで行って来て。キルには200階に到達するまで帰ってくるなって言ってあるから。まあ大体3年はかかるだろ。その間お前は向こうでキルの面倒を見ながら訓練をつけてやって」
「は?」

何を言っているんだ、こいつは。

「キルはもう飛空艇の中で待ってるから。ああ、ついでにお前も挑戦しておいで。小遣い稼ぎ程度にはなるだろ。その場合200階まで念の使用は禁止ね。そんなもの使わなくたってお前なら余裕だろうし」
「ちょっと、イル」
「詳しいことはこれに書いてあるから。行きがてら読んで。キルに何かあったらすぐ俺か父さんに連絡すること」
「待てっつーに」

本気で投げつけた枕は、余裕でキャッチされてしまった。ちぇっ、残念。

舌打ちしたあたしを尻目に、イルミは勝手に人のクローゼットを開けて、持ってきたカバンにあたしの服を詰め始めた。自由人だ。この図太さはむしろ見習うべきだろうか。

って、ちょっと、それ下着!触んなぁーッ!

「いいいいいイルミ!ヤダ、勝手にそんなとこ漁らないでよっ!」
「別に、子供が下着を見られたところで、何が減るわけでもないだろ」
「うるっさい!マニアの中ではこれくらいの年齢が一番需要あるんだよ!ピークなんだよ!少女と大人の境界線だって、ミルキが持ってた雑誌にも書いてあったし!」
「なにそれ気持ち悪い」
「あたしもそう思う」

ミルキがそんな趣味を持たないことを願うばかりだ。

「……ってそうじゃない、イルミ、ちゃんと説明しろっての!」
「だからこの手紙に詳しいことは書いてあるってば」
「そ・れ・で・も!」

無言でカバンを投げられる。どうやら本気らしい。

「……何よ。急がなくちゃいけない理由でもあるわけ」

イルミは、答えない。

……しょうがない、準備しよう。こうなったら何を言っても無駄だろうし。

あたしが立ち上がったのを確認してか、イルミが次々と荷物を投げつけてきた。あたしはそれを片っ端からカバンに詰めていく。
手入れの途中で放置してたナイフを数種、それを服に隠すためのベルト、机の引き出しに放り込んでいた薬瓶、キキョウママにもらったアクセサリーをケースごと、その他いろいろ。

……ねえ、イルミ。どうしてあたしが必要なものが分かるわけ?しかも、どうしてそれがしまってある場所も知ってんの?

「……まあいいか」

見られちゃまずいようなものは持っていないし。その気になれば鍵開けくらい容易な人たちが暮らしている家に住んでいるのだから、これくらいのプライバシー侵害は覚悟してなくちゃいけないだろう。

ブーツの紐を結び終わり、おろしたてのコートを羽織る。
髪を結ぶゴムを探しながら考える。その天空闘技場って場所がどこにあるのかは分からないけれど、聞いたことがある気がするんだよなー。この世界に生まれてからじゃない、もっともっと昔の記憶だ。何か特別な場所だった気がするんだけど。

「思い出せないなー。ねえイルミ、その闘技場ってさぁ」
「……お前もキルも、しばらくこの家から離れるべきだから」
「え?」
「準備出来たなら行くよ。キルが待ってる」

結局髪は結べなかった。手を引かれて部屋を後にする。

「ちょっと、イルミ」
「いいから早く」

どうしたんだろう。常にないほど落ち着きがない。イルミにしては珍しい。

長い長い廊下を大きな手に引かれて歩く。
成長期なのか、最近イルミの背はぐんぐん伸び始めている。あたしも成長期真っ只中ではあるけれど、彼の成長ペースには追いつけそうにない。きっとどんどん差は広がっていくんだろう。

イルミの横顔を見上げる。ほんのちょっと前は少女と見間違えるほどだったのに、随分と男らしい顔つきになってきた。

「イルミ。さっき言ってた、離れるって、どういう意味?」
「どうも何も、言葉通りの意味だよ」
「その意味が分からないから聞いてるんだけど」
「分からなくていい」

なんだろう。頭がぼんやりする。霞がかかっているような、そんな感覚だ。
ぼんやりと、イルミとつないだ手を見つめる。そこから感じられるのは、彼の低い体温だけだ。

「遠い場所で、すべて忘れるんだ。アレへの愛情も、執着も、何もかも」
「……イルミ?」
「いいね?」

視界がぼんやりする。足元がふわふわする感覚。なんだろう、この感じ。
手のひらを伝って、イルミから何かが流れ込んでくる気がする

「……うん」
「忘れるんだ。何もかも」

忘れる?

一体、何を?

はっ、と。
ぼんやりしていた意識がはっきりした時には、すでにあたしは飛行船の中で、寄りかかって眠るキルアの頭を撫でていた。

霞がかかったような感覚は、無くなっていた。



そんなこんなで、やってきました天空闘技場。

地上251階建て、高さ991メートル。毎日平均4000人もの挑戦者達が集う、世界でも有名な戦いのメッカである。

受付までの長い列に並び、あたしとキルアは塔の頂上を見上げた。首が痛い。さすが世界4位の高さを誇っているだけある。

「すごいねー、キル」
「でも、俺らの家のほうが高いじゃん」
「……それもそっか」

なんてったってゾルディック家の所在地は標高約3700メートル。天空闘技場なんて目じゃない。

キルアに課せられた帰宅の条件は、ここの200階まで勝ち抜くこと。あたしはそれプラス、キルアのサポート役も任せられた。つまり、キルアが200階にたどり着くまで、お互い家には帰れないってことだ。

周囲からじろじろと好奇の目で見られる。そりゃあ子供がこんなところに居るなんて、場違いなことこの上ないしね。それにしたって態度があからさま過ぎる気もするが。

そっと隣のキルアを見れば、まったく気にしている様子もなく、最後のお菓子を口に運んでいた。大きな飴玉のせいで、頬がハムスターみたいに膨らんでいる。あーもーかわいいなあ癒されるなあ。

感じる視線が痛いだけで、たいした問題もなく、無事あたし達の順番が回ってきた。
受付のお姉さんがにこやかに記入用紙を差し出してくれる。

「お嬢さんが挑戦者かしら?こちらに必要事項を書いて下さい」
「はい。あ、もう一枚申込用紙もらえます?この子も登録するんで」
「え?」
「はいキルア、ここに名前とかその他もろもろ書いてってね」

あ、でもキルアの身長じゃ記入台に届かないな。
細い胴に腕を回してキルを抱え上げる。そこでようやく少年の存在に気づいたらしい。驚いた様子のお姉さんが、その大きな目を一層大きく見開いた。

「ええと、そちらの坊やも、挑戦するの?」
「はい。……あ、こらキルア、歳をごまかさないの。あんたまだ6歳になったばっかりでしょ」
「ちぇー」
「ちぇーじゃないっての。あ、苗字は書かなくていいからね。バレたらいろいろと面倒……」
「6歳ッ!?」

おおっ、びっくりした。お姉さん意外と声大きいですね。

よく通る受付嬢の叫び声が聞こえたらしく、周りに居た挑戦者陣がざわめき出す。
まったくうるさいなあ。こっちはキルアを愛でるのに必死なんだから邪魔しないで欲しい。下手っぴな字で一生懸命自分の名前を書いているキルアがいじらしくって堪らないんだから!

ゾルディック家で過ごすこと数年。戦闘の腕と共にブラコン度も上がっていきました。後悔はしていないです。まる。

「書けたっ!」
「よしよし、良く出来ました」

満面の笑顔を浮かべるキルアを地面に下ろし、自分用の登録用紙に記入する。

格闘技経験、は……何年だろう。きっちりと戦闘について教わったのはゾル家に来てからだけど、流星街に居た頃から、母さんにちょくちょく習ってはいたし。10年くらいでいいか。格闘スタイルは何だ、暗殺術?……不穏だし、自己流ってことにしておこう。

2人分の用紙を提出した頃には、ざわめきは最高潮に達していた。その波を掻き分けて、あたしはキルアの手を引いて闘技場の中へと足を進める。

子供は帰れーなんて下卑た野次が飛んできても気にしない。ああいう輩は無視するに限る。それに、出来ることなら、こっちだって早く家に帰りたいのだ。

だって家には、あたしの大事な大事な弟たちが。
弟。
ーー ア ル カ 。

「……つッ」
「ミヤコ姉ちゃん?どうかした?」
「ううん。大丈夫」

一瞬、眉間の辺りに鋭い痛みが走った。何かで刺されたような痛みだ。
心配そうに見上げてくるキルアに笑顔を返す。きっとパドキア共和国との気温差か何かで神経の一部が狂っちゃったのだろう。じきに慣れるはずだ。

「それよりほら、見てごらん、キルア」

うす暗い廊下を抜けた先は、歓声と熱気に包まれていた。四方を客席に囲まれた正方形の広場に、4列かける4列、合計16のステージが設置されている。
客は超満員というほどもなく、かといって席がすかすかってほどもなく。見世物としては成功しているらしい。

中に入ってみれば、入り口の時よりも感じる視線は減った。ほとんどの人が、あたしたちの存在よりも興奮できるものに集中しているからだろう。

歓声、罵声、嬌声、怒声。興奮した声が選手に浴びせられ、それに応えるようにしてリングが白熱する。「野蛮人の聖地」ってのは、どうやら本当のことらしい。

空いていたベンチに腰掛ける。キルアは早速飽きてきたらしく、脚をプラプラと遊ばせている。

「なんだよ、弱っちいやつらばっかじゃん」
「今はね。でも、上の階に進むほど強くなっていくらしいよ。キルアはちゃんと200階にたどりつけるかなー?」
「そ、そんなの、ヨユーだしっ」

むっと頬を膨れさせるキルア。ああもう、可愛いなあ。思わずぐりぐりと頭を撫で回してしまう。

「ごめんって、キル。そんなに拗ねるなよー」
「別にっ、拗ねてねーもん」
「あはは。……でもね、200階にたどり着くまで、何年かかるか分からない。それは覚悟しておいてね」

そのために、あたしがお守りとして付けられたんだし。

今のキルアの実力だったら、余力を持って進めるのは、せいぜい80階程度まで。そこからは長期間の勝ち負けを繰り返すだろうっていうのが、イルミとシルバパパの予想だ。
あたしはここでキルアの修行に手を貸しながら、その成果を定期的に報告しなくてはならない。けれど過干渉は禁止だというのだから難しい。あたしがキルアと一緒にいたら、ベタベタに甘やかしてしまうことくらい、想像出来ることだろうに。

「とにかく、なるべく早く家に帰りたいのなら、努力は惜しまないこと。そのためにあたしがいるんだからね」
「……うん」

うなづいたキルアの頭を撫でる。髪の毛がふわふわしていて気持ちいい。

タイミングよく、あたしとキルアの番号が呼ばれた。それぞれ別のリングだ。

「それじゃあ行きますかー。あ、そうだキルア」
「何?」
「もし無傷で勝てたのなら、ご褒美として、チョコロボくんをたくさん買ってあげちゃう」
「マジで!?オレ、頑張る!」
「うん、頑張ってきなー」

駆け出したキルアの背中に手を振って、あたしもゆっくりと歩き出す。

初戦では、選手の素質が試される。成果を魅せた人物ほど、早く上の階へと上がれるのだ。
とりあえずはキルアより上の階に行って、あの子に発破かけることにしますかね。

指定のリングには、縦横それぞれがあたしの3倍はある大男がいた。自分の前に立つのが子供、そして女だったことに驚きを隠せないようだ。
けれどその顔も、すぐに下卑た笑いに変わる。

そんなになめたツラが出来るのも今のうちだっつーの。

「なんだ、こんな子供が相手なのかぁ?」
「初戦なのに、悪いねー、おっさん。さっさと沈んでもらうわよ」
「あァ!?」

すごまれても怖くない。こっちは、普段からもっと怖い人たちを相手に修行しているんだから。
手加減はしてあげるから、安心して負けて頂戴。

レフェリーの開始の合図と共に動いたあたしの足は、男を場外へと蹴り飛ばした。



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