生きるためのお話 | ナノ

思い出

念を覚えてから1年ほど。じっくりと基礎を教わった。

死の淵に立たされたあの日から、戦闘訓練は徐々に対念能力者用のそれに変わっていった。
幸いここは天下のゾルディック家だ。演習相手には事欠かない。熟練者との修行は、良質な成果をもたらしてくれた。

その分、ものすごく、きつい訓練ではあったけれど。

最初のうちは、本当に辛かった。
シルバとの限界ギリギリの組み手だとか、イルミとミルキとのリアル鬼ごっこだとか、ゼノからの不意打ち(殺る気1000%)だとか、日常的にキキョウから仕掛けられる罠だとか。

何度も死ぬ思いをした。いつかあたし、この人たちに殺されるんじゃね?そう本気で悩んだ日もあるくらい。

けれどそのすべてが、あたしに力を与えるという、その約束を果たすためのもので。

何度も不思議に思った。どうして彼らは、こんなにまであたしに協力してくれるのか。
何年も前に死んだ人との約束を、どうしてこんなに忠実に守ってくれるのか。

キキョウに聞いてみたこともある。けれど彼女は、いつもあいまいに微笑んで、あたしを見つめて呟くのだ。

あたしを通して、何か別のものを見るかのように。

「だって、約束したんですもの」



葉っぱ1枚を浮かべたグラスの中いっぱいに、こぶし大の結晶が現れた。
シルバが小さく息を漏らす。

「ほう。具現化系か」
「……ほー」

ずっと地道に念の修行をしていたせいか、はじめて行った水見式は、十分合格レベルらしい。

グラスに指を突っ込んで結晶体を取り出す。黒い黒い、夜みたいな色の塊。水晶の原石みたいにごつごつした見た目ながら、思ったよりも滑らかな手触りだ。

「意外だなー。俺、ミヤコは絶対強化系だと思った」
「どうして?」
「だってお前、馬鹿じゃん」
「うるさいっての!」

誰が単純馬鹿の強化系じゃいっ!
ミルキの頭を叩こうと手を伸ばすけれど、意外と素早い動きで避けられてしまった。くそ。

そりゃあ情報処理専門のミルキと比べたら、ちょっと位は賢くないこともないこともないけれど。
最近キルアからも、「ミヤコ姉ちゃん、ばっかじゃねーのー」なんて言われるようになったけれどっ。

あたしの前に水見式を終わらせたミルキは、やっぱりというか、操作系だった。
もう随分薄れてしまった記憶をたどる。ゾルディック家の人間は、歴代当主とその候補以外、みんな操作系だったはずだ。念の系統には遺伝子も影響しているのだろうか。
もしかしたら、珍しいといわれる特質系だらけの家族も世の中には存在するのかもしれない。

ミルキは練を習得してからまだ数ヶ月しかたっていない。葉っぱもちょろっと動いた程度で、まだまだ合格ラインではないらしい。

「ミル、お前は引き続き練の特訓だ。イルに付き合ってもらえ。ミヤコ、お前はこれからしばらくの間、発の開発に入る」
「はい」

シルバに名前を呼ばれると、ついつい背筋が震えてしまう。

念を使えるようになって、改めて分かったことがある。
この家には、執事も含め、半端な使い手なんて1人もいない。シルバやゼノをはじめ、その洗練されたオーラの質には、念を覚えたてのあたしなんて足元にも及ばなかった。やはり天下のゾルディックの名は伊達じゃないらしい。

ミルキが横目であたしを睨んでくる。馬鹿にしているあたしが自分より進んだ段階にいることが気に食わないらしい。

はっ、と、鼻で笑っておいた。

「そんなところに突っ立ってないで、ミルキさんはさっさと練を完成させたらよろしいんじゃなくってー?」
「……お前、本っ当に性格悪いよな!」
「ふふーんだ。悔しかったらさっさと追いついてみろっての!」

足音荒く部屋を出て行くミルキを見送る。あっかんべーだ。さっき馬鹿にしてくれたお返しだ。
けれど、扉を閉める直前に、ミルキが再度こちらを睨み、「ミヤコのバーカ!ゴリラ女!」と捨て台詞。

「誰がゴリラだこのヤロウ、もういっぺん言ってみろー!」

暴言の応酬だ。クソ、あの肥満児め。後でただじゃおかないんだからな。

別にあたしとミルキの仲は悪くない。こんなことを言い合いもよくするけれど、むしろこの家族の中では上位に入る仲の良さだ。趣味も合う。
けれど最近は、一緒に訓練する機会も多くなり、あたしたちの仲はライバルのそれに変わってきていた。年齢が近いこともある。こんな時に睨み合ってしまうのもそのせいだ。

広い部屋にシルバと2人きりになる。うう、緊張する。

「具現化系がどんな系統か、知っているな?」
「えっと、オーラを物質化することが出来る能力、でいいんだよね?」
「そうだ。オーラに形を持たせるという点では変化形と共通するが、具現化系はそれを一層凝縮させ、物質化させる。これには強いイメージ修行が不可欠だ」
「うーん……イメージ、かぁ……」

イメージ、イメージねえ。
急に言われても想像が出来ない。実はあたしも、自分は強化系だと思っていた。だから発をどんな能力にするか、ろくに決めていなかったのだ。

「具現化したものに何か特別な能力を付加するのが一般的だな。ただし、この効果には限界がある」

人間の限界を超える能力は付加できない、ってやつですね。

「うーん、やっぱり、使い勝手がいいとは言い切れない系統だなー」

主要メンバーでは、たしか、えーっと……クラレット?クラピカ?そんな名前の人がこの系統だった気がする。けれどあいにく、その能力の内容は思い出せない。何かきっかけでもあれば出てくるかもしれないが。
彼に関して覚えているのは、蜘蛛と深く関わっているということだけだ。

具現化、イメージ、物質化。頭の中にシルバの言葉が駆け巡る。

「何を具現化させるかは慎重に決めろ。ひとつのものを具現化させるには相当の時間とエネルギーがかかる」
「うーん」
「悩んでいるなら、何か心に浮かんだものにしておくといい。技の使い勝手を考えて具現化するものを決めるより、直感に従った方がいい場合もある」

心に浮かんだもの、ねえ。急に言われてもすぐには思い浮かばない。
直感で心に浮かぶもの。何があるだろう。

思えばここ数年、来る日も来る日もずっと修行の日々で、思い入れがあるものなんて、そんなにない気がする。
唯一の趣味といえば、幼い義弟たちと戯れる時間だけ。なんともまあ悲しい少女時代である。……自分で言っといて余計悲しくなってきた。

あたしの中に何があるだろう。この世界で今まで生きてきた、今のあたしの中にあるもの。

可愛く、憎たらしく、でもいとしい兄弟。意外と親切な家族。必死で身につけた生きる術。
優しかった母。ゴミだらけの街。交わした再会の約束。一緒に笑った友達との記憶。

母。
流星街。
幻影旅団。

「蜘蛛、とか」


気がつけば、あたしはそう呟いていた。シルバの眉が小さく跳ねる。

「蜘蛛?」
「蜘蛛が、いいな。子蜘蛛。9匹……ううん、9本足の蜘蛛」

蜘蛛、蜘蛛。口に出すたびにしっくりくる。うん、これがいい。どうせ具現化するのなら、思い入れのあるものにしなければ。

決めた。力の形。これはあたしの中の強さの象徴だ。

いばりんぼのノブナガ。
おこりんぼのフィン。
優しいフラン。
気難し屋のフェイ。
力持ちなウヴォー。
泣き虫のシャル。
過保護なパク。
気の強いマチ。
みんなの中心だった、クロロ。

小さい彼らの姿がまぶたの裏に浮かぶ。ここ数年振り返ることはなかったけれど、その姿は、まるで昨日のことみたいに思い出すことが出来る。
彼らは元気にしているだろうか。もうあの街を出ているのだろうか。

子蜘蛛は、無事に12本足の蜘蛛になれたのだろうか。



「はい、とりあえず終わり」

閉じていた目を開ける。汗で額に張り付いた髪がうっとうしい。
うつ伏せていた体を起こすと、右肩の皮膚が引き攣ったように痛んだ。

「あー、なんか違和感ー」
「すぐに慣れるだろ。また数日後に仕上げするから」
「うん。ありがと、イルミ」

机に並べられた機器をイルミが手際よく片付けていく。それを扱うのはまだ数回目だという割には、随分と手馴れている。本当に、こと針に関しては天才的な男だ。彼に出来ないことはないんじゃないだろうか。

「今更だけど、専門家に頼まなくて良かったの?」
「うん。思い立ったが吉日ってね」

元々、以前から漠然と考えてはいたのだ。
けれど、身近にこれを出来る人間がいなかった。修行中の身としては、このためだけに休みを貰うのも気が引けるし、わざわざ専門家を呼び寄せてもらうのも忍びない。

だから、イルミがこれを出来ると聞いた時は、思わず飛び上がって喜んでしまった。

「ま、いいんじゃない。いつかの傷跡も隠せるし。おかげで物凄くやりにくかったけど」
「それはどーもすみません。でもあれって、あたしだけの責任じゃなくない?ミルの確認不足は勿論だけど、イルももっと早く注意してくれれば良かったんじゃないの?」
「何、今更。俺の所為にしないでくれる。気づかなかったミヤコが1番悪いんだろ」
「それはそーですけどー」

ま、結果として、力を手に入れたのだ。今はあの時の能力者に感謝したいくらいだ。

背中合わせに鏡を覗き込む。右肩には、あの日貫かれた銃創の痕。
今はさらにその上に、傷を覆い隠すようにして、9本足の蜘蛛の刺青が彫られていた。



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