ふかいよるに
▼願わくば優しい夢を(ハンター:イルミ)
「……あのー」
「なに?」
「なに、って、聞きたいのはこっちなんだけど……」
「いいからじっとしてて」
つむじの辺りからくぐもった声が聞こえてくる。その声は、いつもの彼からは考えられないほど気だるげだ。
洗い立てのシーツが敷かれたふかふかのベッド。その上に2人して横になりながら、あたしたちは低くささやきあっていた。
背中から腕を回されて、後頭部に口元をうずめられている。髪をくすぐる吐息がくすぐったい。枕元の間接照明が壁に長い影を作っている。
ともすれば艶っぽい光景であるかもしれないけれど、あたしたちの間にそんな空気はさらさらない。
腕を引かれたのは突然だった。
仕事の打ち合わせをしようと部屋を訪ねたとき、イルミはすでにベッドに座っていた。服装も簡素な部屋着だった。最近任務が立て込んでいて疲れていたようだし、きっと休む直前だったのだろう。
邪魔をしては悪いと引き返そうとしたあたしの手を引き、長兄は背中からベッドに倒れこんだのだった。
抗議の意味をこめてお腹に回された手を叩く。逆に強く拘束されてしまった。なんなんだ、一体。
「ねー、イルミー。寝ないの?」
「寝るよ」
「じゃあ、あたし、おいとましても……」
「ダメ」
なんなんだ、一体!?
まるで駄々っ子だ。眠すぎて子供返りでもしているんじゃないだろうか。
腕の力が緩んだ。解放されるのかと思ったが、その手は明かりを消して、またあたしのお腹に戻ってきた。もしかしてこいつ、このまま寝る気なのか。
暗くなった部屋に、ほんの少しだけかすれたイルミの声が響く。
「お前、ちょうどいいんだよね。柔らかいし、体温高いし、小さいし」
「なにそれ。褒めてんの?」
「もちろん」
それっきりイルミは黙ってしまう。いくら手を叩こうがつねろうが離してくれる気はないらしい。
えーと……これはつまり、抱き枕になれってことなのだろうか。
「イールーミー」
返事はない。返ってくるのは規則正しい呼吸だけ。本格的に寝に入る体制のようだ。
……ま、いいか。
最近本当にお疲れモードだったみたいだし。一晩くらい枕代わりになってあげるくらい訳ないことだ。
それに、イルミがこうやって甘えてくるなんて、珍しいし。
体を反転させてイルミの方を向く。瞳が閉じられて、より一層端正な顔立ちが際立っている。耳を澄まさなければ呼吸音さえ聞こえない。まるで人形のようだ。
けれど、寄せられた体は、確かにあたたかい。
その頭を軽く撫でてやる。規則正しく、リズミカルに。いつか彼がそうしてくれたように。
「おやすみ、イルミ」
返事の代わりに、ほんの少し、腕に力がこめられた。
▼格好はつけたい(まるマ:グウェンダル)
※仲良くなった後のお話
次々舞い込む懸案事項を処理し、そろそろ休むかと息をついた頃。
侍女に泣きつかれて書庫に来てみれば、件の少女は深い寝息をたてていた。
グウェンダルは内心頭を抱える。彼女の行動が予測不可能であるのはいつものことだが、まさか書庫で眠りこんでいるとは。涙目の侍女が駆け込んできたときは何事かと思ったが、確かにこれは対処に悩む案件だ。
机に突っ伏して眠る少女を見下ろす。手元には開いたままの本がある。ページは残りわずかだ。最後まで読んでしまおうと粘ったが、耐え切れず途中で眠ってしまったのだろう。兄王と同じく早寝早起きを心がけている彼女にしては努力した方か。
微笑ましさについ緩んだ口元を引き締める。王妹殿下として褒められた振る舞いではないことは確かだ。
試しに肩を叩いてみるが、起きる気配はない。熟睡しているようだ。
「おい」
声をかけるも返事はない。だが、起きないからといってこのまま放置するわけにはいかないだろう。体にも障る。
仕方ない、運んでやろう。そう彼女の肩に手を伸ばしたところで、その唇が薄く開いた。
「ん……グウェン……」
起きたのかと思ったが、その漆黒の瞳が開く気配はない。どうやら寝言らしい。
普段よりわずかに舌足らずな声で、彼女はグウェンダルの名前を呼んだ。彼もついついその声に耳をすましてしまう。
「グウェン……だめ……そんな……だめよ……」
「……………」
なんの夢を見ているんだ。
ぎょっとしたグウェンダルのことなど知るよしもなく、彼女の寝言は続く。
「だめだって……そんなこと……やめてぇ……」
「……おいっ」
少女の眉が悩ましげに寄せられる。桃色の唇から吐息がもれる。
無理にでも揺すり起こそうと慌てて伸ばした手が、彼女の華奢な肩に触れる直前。
「だめだってばー……そんな、ふんどし姿で安来節なんて……グウェンのキャラでそんなことしちゃだめだってばぁ……」
「……………」
「ああっ、次はポールダンス……やめてーせめて真顔で踊るのはやめてぇ……」
「……………」
だから、なんの夢を見ているんだ。
彼女の寝言の内容はさっぱり分からなかったが、彼女の夢の中に登場した自分が不名誉な姿をしているだろうことだけは、グウェンダルにも理解出来た。
いっそ何も見なかったことにして、このままここに置いていくか。しばらくの間、グウェンダルは本気で悩んだのだった。