円盤は誠意の証明
帰宅は深夜になった。
リビングのソファに腰掛け、スティーブンは大きく息を吐いた。ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めて首元のボタンを開ける。晒された鎖骨にドキドキする。いや、心臓はとっくに動いていないのだけれど。
天井を仰いだスティーブンが目を閉じる。眠るんだろうか。ちゃんと寝室に行った方がいいと思うけれど、その気力もないほど疲れているのかもしれない。
……疲れているのは、私のせいか。
部屋から出て行こうとする私の背中に声がかかった。
「どこに行くんだ?」
「どこ、って、外だけど」
「話をしようと言っただろう」
スティーブンが指先を動かして私を呼んだ。
断る理由があるわけもない。大人しく窓際からソファに移動する。腰掛ける彼の足元に座る体勢をとった。
「……これも俺のせいだな」
「え?」
「アメリア。ここに座って」
なぜか苦虫を噛み潰したような顔をしたスティーブンは、その手で自分の横、ソファを叩いた。
断る理由があるわけもなく、床からソファに移動する。物をすり抜けるのだから実際に座ったのではなく、座った振りだ。
スティーブンと目線を合わせる。なんだか、ちょっとだけいたたまれない気がする。
「今まで悪かった」
「……え?」
それが何に対しての謝罪なのか分からなかった。
突然の言葉に顔を上げる。真っ直ぐに私を見つめる彼の目は、驚くほど真摯だった。
「KKの言うとおりだよ。僕はあまりにも君の存在を軽んじていた。今までの非礼を詫びさせてほしい」
「そ、そんな……だって、元はと言えば私が……」
「そう、それだよ」
スティーブンが指を立てる。
「君、最初はそんなに卑屈じゃなかっただろう。むしろこの状況の原因は僕にあるのではないかと疑っていた程じゃないか」
「それは、そうだったけど……」
「顔を上げてくれ。責めている訳じゃないんだ。それに、君がそんな考えをするようになったのは、僕の責任だ」
下を向いた私の顎先を、スティーブンの手がすり抜けた。その動きにつられるようにして顔を上げる。ほんの少し、気の抜けたような顔をしたスティーブンが、宙をかいた自分の指先を見下ろしている。
「僕以外と会話ができない、相談できる相手がいない。そんな環境の中で、僕は君を追い詰めすぎた。他の意見を取り入れることが出来ない君にとって、僕の言葉に対する比重は大きかっただろう。だからこそ君は、君の責任を問う僕の言葉を受け入れてしまった。そうして、自問自答の癖がある君は、更に自分を追い込んでいった。その結果、君は、すべての非が自分にあると思い込んでしまったんだ。それがその卑屈さの理由だ」
「そ、そうなの?」
口ではそう聞きながら、頭では納得している自分がいた。
確かに私は、スティーブンに対して、強烈な負い目を感じている。そしてその感情は、彼と出会った当初から抱いていたものではなく、ここ数日の間でいつの間にか芽生えていたものだ。
「僕は頭ごなしに君を敵視していた。この数日の中で、君を責める理由は何もなかったのにも関わらずだ。……そもそも、僕は周囲が思うほどパーソナルスペースが広い訳ではないし、自宅に友人を招くのも嫌いじゃない。それなのに君を邪険に扱いすぎたのは、おそらく、君があまりにもイレギュラーな存在だからだ」
「うん。それは分かってるわ」
対処可能なものに対してならば少しは寛容になれるかもしれないが、私という存在はあまりにも未知数だ。得体の知れないものを警戒するのは、生物として当然の反応だ。
スティーブンは、何故か腹痛に耐えるような顔をした。
「……反省は別として、この状態をいつまでも続ける訳にはいかないことは分かってほしい。いつ仕事に支障が出るとも分からない。不足の事態に備えて、この関係は早めに解消したい」
「うん。それも了解」
「……………」
「何?」
「……いや……もやが……」
「もや?」
何のことだろう。首をかしげる私に、スティーブンは頭を振る。
「何でもない。……今後は、無理に引き剥がすのではなく、君の記憶を探る方向で調査を進めるよ。それまではよろしく頼む」
「う、うん!よろしくね、スティーブン!」
微笑んだ彼の言葉が嬉しくて、触れもしないのにスティーブンに抱きついた。案の定、彼の体とソファをすり抜け、フローリングにめり込んでしまう。
軽く吹き出すような笑い声と、ソファが微かにきしむ音がした。
「それじゃあ、僕はもう休むよ。……ああ、それと」
「ん?」
「今日はこれで構わないかな?」
スティーブンの手には、1枚のDVDが握られている。
暇潰しさせてほしい、なんて突飛なお願いを覚えておいてくれたらしい。その日の夜は、6時間にわたる長編アニマルドキュメンタリーを見せてくれた。