うんめいのひと | ナノ

そのもやの理由

 
アメリアがスティーブンにとり憑いて数日が経過した。

表面上は穏やかに時が過ぎている。アメリアも言いつけ通り大人しくしているし、結社の仕事の面でも、この数日は珍しくデスクワークのみで事足りていた。正直に言えば、まだ腹部の手術跡が引きつる時もあったので、激しい運動を控えられるのは助かった。

だが、その不変の日々は、確実にスティーブンの精神を侵していった。
変化がない。それは進展がないという意味でもある。

著名なエクソシストに相談した。数多の除霊法を試した。古今東西の霊について調べてみた。それでも彼女はスティーブンから離れず、またその解決法も見つからなかった。
アメリアが幽霊以外の何かであるというパターンを念頭において調査を進めてもみた。だが、今回のスティーブンのケースに当てはまるような体験談の記録はめったに無く、あったとしても当人の幻覚だというオチだった。

段々と刺々しさが隠しきれなくなってゆくスティーブンと、それを感じ取って落ち込むアメリア。2人の間に流れる空気は、日毎に荒んでいった。
当事者以外で唯一それを見ることが出来るレオナルドとしては、毎日気が気ではなかった。

今日もスティーブンの機嫌は悪い。彼はその苛立ちを、普段よりも多くコーヒーを飲むことで抑え込もうとしていた。
アメリアの方は、出来るだけスティーブンから距離を取った部屋の隅で、膝を抱えて宙に浮いていた。その顔には生気がない。幽霊(?)なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、以前の彼女はもっと生き生きとしていたように思える。重ね重ね、幽霊(?)に対して不適切な表現ではあるのだが。

このままではマズい。レオナルドの直感がそう告げた。何がどうマズいのか説明は出来ないが、誰かが2人の関係を取り持たなければいけないと、そんな気がしてならなかった。

意を決したレオナルドが行動に移ろうとした、その時だった。
執務室のドアが勢いよく開け放たれる。ヒールを打ちならしながら、1人の女性が入室してきた。長身で細身の女性――KKだ。
彼女は一直線にスティーブンのデスクへと進み、その机を両手で叩いた。

「アンタ、幽霊にとり憑かれたって本当!?」

まるでメロドラマを見ているような表情だ。

「なんだい、心配してくれてるのか?」

意外だとでも言わんばかりのスティーブンに、KKはその隻眼をすがめた。

「何を寝ぼけたこと言ってるの。心配するとしたら、それはアンタよりもその幽霊の子の方よ。……あら、ちょうど良かったわ、レオっち。その女の子を見せてくれる?」
「えっと」

KKに問われ、レオナルドはアメリアに目を向けた。断られることはないだろうが、念のため確認はとっていた方が良いだろう。
アメリアは初対面の女性の登場に面食らっていた。レオナルドの視線に気が付くと、1度不安げにスティーブンへと顔を向けた後、レオナルドに頷き返す。

彼女の了解をうけて、神々の義眼により、レオナルドとKKの視界が共有される。
瞳を揺らすアメリアを見とめたKKは、その隻眼に涙を溜めた。

「こ、こんなにかわいい子が……こんな腹黒男から離れられないなんて……!」
「えっと……は、はじめまして……」
「あなたも辛いでしょうけれど、安心して。解決策が見つかるように、アタシも協力するわ!」
「あ、ありがとう」

アメリアの相づちは聞こえていないはずだが、KKはそれを気にも留めていないらしい。むしろ、言葉での意志疎通が図れないからこそ、KKはアメリアに対して、より深い憐憫の情を抱いたのだろう。もしもKKがアメリアに触れられたのなら、今頃彼女はKKの腕の中でもみくちゃにされていたかもしれない。そんな勢いだ。

「おいおい。随分な物言いだなぁ」

KKに――というよりも、女性に対するものにしては珍しく、スティーブンは露骨に不快感を露にした。

「被害をこうむっているのはこっちなんだぜ?」
「はあ?」

その言葉に、KKは顔を歪ませた。信じられないものを見る目付きで同僚の男を見下ろしている。

「まさか、本気で言ってるわけじゃないわよね?」
「……なにがだ?」
「はあー!?」

KKが絶叫する。それを受けてもなお、訳が分からないと片眉を上げるスティーブンに、KKは再度その机を叩く。

「馬ッ鹿じゃないの!?何を自分だけ被害者ヅラしてんのよ!ちょっとは彼女の立場になって考えてみなさい!」

KKが指をさした先はアメリアから少しずれていたが、それでも話の引き合いに出されたのは理解したらしく、アメリアはびくりと肩を震わせた。

「アンタが彼女から離れられないのと同じように、彼女だってアンタから離れられないのよ。プライベートがないのはお互い様よ!その不遇を我慢している上で、アメリアちゃんは孤独にも耐えているの。幽霊である彼女を認識してあげられる相手は極わずか、話せる相手はどっかの腹黒ただ1人。けれどその唯一の相手は自分を消す方法ばかり探っていて、まともに構っちゃくれない。その上、彼女は記憶喪失だっていうじゃない。自分が何者なのかも分からないのに、その苦悩を慰めてくれる相手はいない。それができる男が寄り添ってくれない!そんな状況で、寂しくないはずが、不安じゃないはずがないじゃない!」

静まり返った部屋の中でKKの怒号だけが響いた。
ハラハラと見守るレオナルドの前でKKはなおも続ける。

「その不安を、彼女のことを唯一認識してあげられるアンタが気づかなくてどうするのよ!?アメリアちゃんはね、意志がない物なんかじゃないのよ!幽霊だとかなんだという前に、この子はただのか弱い女の子なんだからね!?」
「不安……」

怒りと憐憫の情を浮かべて自分を見下ろすKKを、スティーブンはまるで子供のようにきょとんと目を見開いて見上げた。
その反応が余計に癇に障ったのだろう。KKはスティーブンの胸ぐらに掴みかかった。

「な・に・を!とぼけた顔をしてんのよ!?」
「いやぁ……」
「いやぁ、じゃないわよ!まさか、考えてもみなかっただとか言うんじゃないでょうね!?」
「ははは」
「笑って誤魔化してんじゃないわよ!ったく……アメリアちゃん!この際よっ、日頃の文句を全部吐き出しちゃいなさい!」
「え!?え、えーっと……」

形相を向けられたアメリアは一瞬たじろぎ、おそらく無意識の内にスティーブンに視線を送った。レオナルドは、その目の中に僅かに躊躇いと萎縮の色が混ざったことに気がついた。

「わ、私は……」
「言ってくれ」
「え!?」

乱れた首もとを直しつつスティーブンが口を開いた。その表情は冷静さを取り戻し、ただじっとアメリアを見上げている。
3つの視線に晒され、アメリアは居心地が悪そうに指先を擦り合わせた。重い口が開かれる。

「えっと……じゃあ、ひとつだけ……」
「ああ」
「……夜、スティーブンが寝ている間なんだけれど、ひとりですごく暇なの。良かったら、テレビをつけっぱなしにするとか、何か暇潰しをさせてくれるといいんだけど」

まるで予想もしていなかったその言葉に、スティーブンは目を瞬かせた。てっきり過激な恨み言でも出てくるかと思っていたのだ。
いや、それよりも。

「……君、寝ていないのか?この数日の夜、今まで何をしていたんだ?」
「え?あ、うん。ほら、私、幽霊?だから。お腹も空かないし眠くもならないの。夜の間は、外で街を観察していたわ」

それはそうだ。アメリアは幽霊のようなものなのだから、生きる上で必要な食事や睡眠をとることはないのだろう。少し考えれば分かることだ。

スティーブンは意識を取り戻した日の夜を思い出す。アメリアは病室の外で膝を抱え、じっと街を見下ろしていた。
彼女はこの数日の夜を、あの時と同じように過ごしていたのだろう。スティーブンが睡眠をとる数時間、誰からも認識されていない数時間を、たったひとり、孤独に身を置きながら宙に浮かんでいたのだろう。

スティーブンの胸に、ほんの僅かにもやが生まれた。それを後押しするかのように、KKの厳しい声音が発言を促してくる。

「それで?アメリアちゃんはなんて言ってるのよ?」
「……ああ、うん」

はっとしたように、スティーブンは首を振った。

「そうだな。僕も焦りすぎていた。今後は少し態度を改めるよ」
「少しィ?」
「全面的に、考え直させていただきます」

視線だけで人を殺せそうな目で睨まれ、スティーブンは諸手を上げた。そんな2人の頭上で、アメリアは再びおろおろと視線をさ迷わせている。
その姿を見て、スティーブンは苦笑した。

「アメリア、帰ったら少し話そうか」

アメリアは戸惑いの表情を浮かべつつ頷いた。内容も理由も聞かない、恭順さを示すその態度に、再びスティーブンの胸をもやがおおった。
数日振りに感じたそれは、罪悪感と呼べるものだった。



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