うんめいのひと | ナノ

くるくると変わる顔

 
スティーブンが必要最低限らしい仕事を終えたところを見計らい、クラウスが早退をすすめてきた。
確かに、スティーブンは大怪我から退院したばかりだ。安静にしておくのも当然だろう。

はじめはその申し出を固辞していたスティーブンだったけれど、やがて大男が胃の辺りを押さえたのに気が付くと、まいったとばかりに両手をあげて頷いた。屈強な見た目の割に、クラウスはずいぶんと繊細な性格をしているらしい。

……ところで、ここってなんの会社なんだろう。
質のいいスーツを着たクラウスとスティーブン、それにギルベルトさんに対し、ザップとレオはずいぶんとラフな格好だ。真面目に書類整理をする人もいればソファでゲームをする人もいる。とても普通の職場だとは思えない。

帰り支度をするスティーブンに聞いてみる。

「ねえ、スティーブン。ここってどんな仕事をしているところなの?」
「世界平和を基本理念とした秘密結社」

……からかわれた。

部屋を後にするスティーブンに続く。来た時と同じ扉を開けて同じように職場から出たはずなのに、そこはあの廃墟ではなく、中流階級用タウンハウスの一室だった。

まるで魔法みたいだ。いや、もしかすると、スティーブンは本当に『そう』なのかもしれない。あんな化物と戦っていたし、こんな不思議現象に驚く様子もない。

「スティーブンは、魔法使いなの?」
「は?」

心底訳が分からないという顔をされた。どうやら違うらしい。ちょっとだけガッカリしたのは内緒だ。

この部屋がスティーブンの自宅なのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。彼の住まいはタウンハウスを出て20分ほど歩いた場所にある、もう2段階ほどランクが高いアパートメントだった。上層階の部屋には広いバルコニーがある。当然彼の部屋はあの辺りなんだろうな、と勝手に確信した。

エントランスホールのセキュリティを抜けてエレベーターに乗る。降りるとすぐに玄関だった。どうやらワンフロアすべてが彼の部屋らしい。
鍵を開けてリビングに向かうと、人がいた。掃除機をかけているその人は、今までにも何度か見かけた、異界種と呼ばれる人だった。

「旦那様!?お帰りなさいませ、お戻りは今夜だったのでは?」
「ああ。用事が早めに済んだんだ。ただいま、ヴェデッド」

小走りで近寄ってきた異界種の女性――多分女性。見た目じゃ分からないけれど、声が高い――に、スティーブンが上着を手渡す。

「急な出張で予定を変えてすまなかった。昼食がまだなんだが、何か簡単に用意してもらえないかな?」
「かしこまりました。準備が出来たらお呼びいたしますね」

スティーブンは出張中だったんだろうか。少し思案して、入院していたことを誤魔化しているのだろうと察した。どうやら彼女には事実を伝えていないらしい。

奥に移動するスティーブンとキッチンに向かう異界人の女性を交互に見る。初対面の私から見ても彼らの仲は良い。
はた、と思い付く。
そうだ、そういう可能性を失念していた。

スティーブンがネクタイを緩めながら、寝室らしい部屋のドアに手を伸ばす。そのドアが開ききる前に、思いきって聞いてみた。

「あ、あのっ、スティーブン!さっきの人って……スティーブンの奥さん!?」
「……何をそわそわしているのかと思えば」

スティーブンがリビングの方へ目を向ける。そちらにいる異界種の女性に自分の声が届かないのを確認して、彼は腕を組んで私を見上げた。

「ミセス・ヴェデッドは家政婦だよ。僕は妻帯者じゃないし、彼女は2人の子持ちだ」
「そ、そっか。良かったー」

こんなにハンサムで社会的地位もありそうな適齢期の男なのだから、もしかしたらと思ったのだ。彼が既婚者だったとしたら、ただでさえお邪魔虫な私に、別のお邪魔要素が加わってしまう。

ほっと胸を撫で下ろしたところで、新たな可能性に気付く。

「……ちなみに、恋人は?」
「特定の相手はいないよ」

それは……言葉そのままで受け取っていいものなのだろうか。それとも深読みすべきなのだろうか。『特定の』という部分に裏を感じる。こんなにモテそうな男に女が寄ってこない訳はないから、やっぱり不特定の相手はいるのかもしれない。
さらりと言ってのけたスティーブンの表情からは真意が読みとれない。下手に勘ぐるのはいけないことだと分かっているけれど、どうしても気になってしまう。

「……うん?」

気になる?そう思ってしまうのは何故だろう。

いや、そんなの理由は決まってる。気まずいからだ。
スティーブンにとり憑いてしまっている以上、私は彼から離れることが出来ない。ということは、彼が誰かとイチャイチャするとき、私はその現場の近くにいなくちゃならないということになる。そんなの、お互いに気まずくなるに決まっている。

ひとり納得して頷く私を、スティーブンが奇妙なものを見る目をして見上げる。

「君、結構な頻度で自問自答しているよな」
「そう?」
「表情がよく変わる」

そう言われればそうかも。はじめの数日間に誰とも話せなかったせいで、癖がついてしまったのかもしれない。それとも、生前からそうだったのだろうか。
再び思案した私を見てスティーブンが笑ったことに、私が気付くことはなかった。

ヴェデッドが用意したランチは、サーモンのベーグルサンドだった。



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