うんめいのひと | ナノ

深まる謎と残念な人

 
大通りから横道に逸れ、少し進んだ先に、個人経営のトイパーツショップがある。
いつも不機嫌そうな顔をした若者が店番をするその店の裏口から裏通りに出て、路地に入る。薄暗く、日が届かない空間は、どこか湿っていてカビ臭い。進むほど道幅は細くなり、さらに複雑に交差する道を右左折していくと、突き当たりに廃墟が現れる。
その奥に3つ並ぶ部屋の1番右の扉が、結社へと続く四面扉のかご室へと繋がっている。

人気のない道に進むにつれ顔色を曇らせていたアメリアは、かご室を抜けた先に現れた執務室に、丸い目を一層丸くして驚いた。

「ここ、どこ?」
「僕の勤め先」

ドアの真向かい、窓際に据えられたテーブルには、男が着いていた。彼はスティーブンに気がつくと、椅子から立ち上がりこちらに歩み寄ってきた。

「スティーブン。もう傷は癒えたのか?退院するのならば迎えを寄越したものを」
「いや、寄りたいところがあったんだ。ありがとう、クラウス」

スティーブンがそう笑いかければ、クラウスも安心したらしい。僅かに口元を緩めて頷いた。
その目が何かを探すように周囲に向けられる。

「頼まれていた資料はあちらの机に揃えてある。……ところで、例の彼女は、今もここに?」
「ああ。ここにいるよ」

スティーブンは親指で背後のアメリアを示す。突然話題の渦中に引き出された彼女は、思わずと言った様子で姿勢を正した。
クラウスが自らの胸元に手を当てる。

「自己紹介が遅れてしまってすまない。私はクラウス・V・ラインヘルツ。スティーブンの同僚だ」
「こっ、コンニチハ!私、彼にとり憑いてる、アメリアって言います!」
「君も記憶がないことを不安に思っているだろうが、どうか気を強く持ってほしい。希望を持って進めば、いつか必ず君が望む答えに辿り着ける。私たちも、そのための助力は惜しまない」
「まあ……ありがとう!励ましてもらえて、私、とっても嬉しいわ!」
「これからは、いつでも私たちを頼って欲しい。必ず君の力になると約束しよう」
「うん!頼りにさせてもらうね!」

一見会話が噛み合っているように聞こえるが、実際は一方的に話しているクラウスに対しアメリアがタイミング良く言葉を返しているだけだ。その証拠に、クラウスの視線は、アメリアから少し逸れた方を向いている。見えない・聞こえないのだから仕方がないが、それを認識できる側からしてみれば、やはりシュール以外の何物でもない。
しかし、本人達はそれを気にしてはいないようだ。どことなく和やかな空気に内心呆れつつ、スティーブンは示された資料に目を走らせる。

緊張が解けたのか、晴れやかな笑顔を浮かべたアメリアが近寄ってきた。

「ねえスティーブン、クラウスってとってもいい人なのね!てっきりもっと怖い人なのかと思ってたわ。彼にありがとうと伝えてくれる?」
「ああ、後でな」
「後で?何か用事かね、スティーブン?」
「いや、君のことじゃなくって……ややこしいな」

アメリアの声は自分以外には聞こえないのだ。スティーブンはアメリアと会話をしているつもりでも、周りから見れば、それは彼のひとりごとか、もしくは近場にいる誰かに向けた言葉ということになる。だからクラウスは自分が話しかけられたものだと思ったのだろう。
事情を知っている仲間の前でならまだいいが、そうでない時は、自分はひとりごとの多いただの危ないやつ扱いということだ。気を付けなければならない。

眉間のシワを濃くしたスティーブンに何かを感じ取ったのだろう。それまで笑顔だったアメリアは、急激にしおれて俯いてしまった。その頭に、垂れ下がった耳の幻覚まで見える気がする。
その顔はやめて欲しい。まるで動物をいじめている気分だ。ひどい罪悪感を覚えてしまう。

資料に目を通し終えたスティーブンは、出来るだけアメリアを視界にいれないようにクラウスの方を向いた。

「ダメだ。例の事件での死亡者リストに、彼女らしき人物はいなかった。整形経験があるやつがいるという記録もない。幻術か何かで誤魔化しているというのなら話は別だが、レオナルド少年の言葉を信用する限り、そこまでの小細工もないだろう」
「だとしたら、やはり彼女は幽霊以外の何かだと?」
「まずはその線で探るのが妥当かな」

アメリアの主張通り、彼女が幽霊であるとしたならば、彼女は例のBB出現事件の被害者なのだろうと思っていた。あの時、あの場所で死亡したからこそ彼女はあの場所にいたのだと、幽霊だなんて奇っ怪な存在になり果て、あげくに記憶喪失になったのだと推測していたのだ。
だが、死亡者リストに載っていないとすれば、その線は薄くなる。警察の怠慢により情報が不正確だったというのでもない限り、可能性はゼロに近い。

「幽霊ではないとすると、元からこういう存在として発生した生物だということになるが……いや、少年の『眼』が生体オーラを捉えない以上、生物ですらないのか」
「……そうよね。私、本当は『生きていなかった』って可能性もあるのよね」

アメリアが消え入りそうな声で呟いた。その可能性は考えてもみなかったらしい。血の気のない顔が陰り、この世のものとは思えないほど鬱々とした表情になっている。
それに気付いたスティーブンがアメリアに声をかけるよりも早く、クラウスが口を開いた。

「過去に今の君のような事例がなかったか、改めて調べてみよう。結論を出すのはそれからでも遅くないだろう」
「……ああ。迷惑かけるな、クラウス」
「迷惑だなど、とんでもない。友のためだ」

力強く頷くクラウスは、きっと心からそう思ってくれているのだろう。彼に任せれば全て上手くいく、クラウスには他者にそう思わせる力がある。

リーダーのカリスマ性を改めて認識していたところに、四面扉から続くドアが乱暴に開かれた。
こんな開け方をするのは1人しかいない。ライブラきってのトラブルメーカー、ザップ・レンフロだ。

「番頭ぉ!こっぴどく振ったオンナに恨まれた挙げ句呪われて幻覚を見るようになったってマジっすか!?」
「……どこでどんな尾ひれがつけばそんなに話が湾曲するのか、ご教示いただけるか?」
「ああ?ンだよ、その調子じゃデマか」

不快感も露に眉をしかめるスティーブンに、ザップは心の底から落胆して肩を落とした。人の不幸は蜜の味とは言うが、ここまでデバガメ根性全開で人の困難に目を輝かせる輩はそうそういないだろう。
慌てて追いすがってきたレオナルドがザップに強く抗議する。

「だから言ったじゃないですか!そんな下世話な問題じゃないですって!」
「でーもよー、原因が分からねぇンだろ?それなら痴情のもつれを疑うのが男に対する礼儀ってもんだろ」
「全人類があんたと同じシモ事情だと思うなよ!?」

現れた闖入者にアメリアが目を白黒させている。それに気付いたレオナルドが、少しばつが悪そうに声を大きくした。

「こ、こんにちは。えっと……」

続けようとした言葉が詰まる。呼びかけようにも、レオナルドは幽霊の名を知らなかった。
スティーブンが助け船を出す。

「少年。彼女の名はアメリアだ」
「アメリアさんですね。俺はレオナルドです。よろしくっす、アメリアさん。……あれ?名前は思い出したんですか?」
「いいや。彼女に頼まれて僕が名付けた。呼び名がないと不便だと言われてね」
「それは素晴らしいことだ、スティーブン」

称賛するクラウスの口角が上がっている。きっと本気でそう思っているのだろう。つくづく人のいい男だとスティーブンは感心してしまう。

「美しい名だ。どういった意味だね?」
「……昔世話になった人からとった名だよ」

スティーブンが笑顔でそう答えた瞬間、彼の背後に浮かんでいるアメリアが奇妙に顔を歪めたことを、レオナルドの目は見逃さなかった。幽霊の女性のその顔が「嘘をつけ」と語っている。彼女たちのことはよく分からないが、何か事情があるのだろう。

ザップが気安くレオナルドの肩を組む。

「おう陰毛。ちょっくらその幽霊の顔を見せてみろや」
「人に頼みごとするときくらい殊勝な態度をとれんのか、アンタは!」
「ケチケチすんじゃねーよ。お前のデバガメ機能はこんな時のためにあるんだろーが」
「そんな訳があるかっ!ったく……アメリアさん。この失礼な人はザップさんって言います。とんでもなく失礼な人ですけど、僕らの仲間なので安心してください。とんでもなく失礼ですけど」
「2回どころか3回言ったなテメェ」
「こんなに失礼な人ですけど、この人にアメリアさんの姿をを見せてあげても大丈夫ですか?嫌だったら断ってくれても全然構わないんで!」
「4回目ー!おいコラ後輩君よう、先輩に対する尊敬の念が足りてねーんじゃねーか!?」
「尊敬されたいならまず自分の態度を見直してみたらどうっすか!?」
「え、えっと……」
「気にしなくていい。いつものことだから」
「そ、そうなの?元気なのね?」
「元気……いや、これは騒がしいと言うんだ」

目の前で始まった言い合いにうろたえるアメリアに、スティーブンが声をかける。部下2人を見るその目には呆れの色が濃い。
突然、ザップの動きが止まった。勢いよくスティーブンへと顔を向け、にやにやと口元を歪めている。

「……何か言いたげだな、ザップ?」
「いやー。噂には聞いてたっすけど……実際にスターフェイズさんが何もない空間に話しかけてるのを見ると、頭がおかしくなったのかと思えますね」
「そうか。俺としては仕事に私情を挟みたくないんだが、お前がその気なら仕方がない。ザップ、減給な」
「ジョーダンっすよーやだなースターフェイズさんっ!……おいてめーレオ、お前がさっさと快諾しないせいで俺様がピンチじゃねぇか!どうにかしろ!」
「つくづく自分勝手な男だなあアンタは!?」
「……なんというか……」

アメリアが呟く。ぎゃあぎゃあと騒ぐザップを見下ろすその目はまるで珍獣を見ているかのようだ。

「ええと、その……いろいろと、残念な人なのね?」
「……これでも頼りになる部分はあるんだ」

それを消して余りあるほど問題のある性格なのだが。
強く否定もフォローも出来ず、スティーブンはぐっと頭痛を堪えた。



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