うんめいのひと | ナノ

信用度0%

 
信じてくれなかった。

それどころか、彼――スティーブンは、自分の頭がおかしくなったと決めかかって、自主的に脳の再検査まで受けたのだ。
真っ向から幻だと決めつけられては、あたしだって少し傷つく。せっかく唯一私を見てくれる人なのに。

むくれてみせる私の目の前で、彼は担当の看護師から今後についての説明を受けていた。意識不明のうちに腹部の手術も終わり、脳にも異常は見られなかったから、数日中には退院出来るらしい。あんなに満身創痍だったのに、すごい回復力だ。それとも、この病院の医療技術がすごいのか。

「それじゃあ、何かあったらすぐにお呼びくださいね」
「ああ、ありがとう」

スティーブンが微笑むと、それを真っ向から見た看護師の頬が赤く染まった。うんうん、分かるよー。格好いいもんね、スティーブンって。きっとナースステーションでの噂の的になることだろう。

そそくさと部屋を後にする看護師を見送り、スティーブンは私を一瞥した。彼の唇が苦々しげに歪む。
あたしを真っ向から見上げる彼と違い、看護師は浮かぶあたしの存在に微塵も気づいていなかった。

「本当に見えていないんだな」
「だからそう言ってるじゃない。まだ信じてくれないの?」

頬を膨らませてみせると、スティーブンは大袈裟にため息をついた。失礼だ。

「自称記憶喪失の幽霊だなんて女の言うことを信じろって?」
「う、うーん……」

それもそうだ。もし立場が逆だったら、私だって信じられるとは断言できない。

「仕方がない。まずは、君が幽霊だという前提で話を整理しよう」

前提も何も、そうだと言っているのに。けれどここで反論しては話が進まないだろうから黙っておく。

「それで?君の目的は?」
「目的?」
「僕にとり憑いているという以上、何か目的があるんだろう?僕を殺したいとか、不幸にさせたいとか」
「……さあ?」

首を傾げる私に、スティーブンの眉がピクリと反応した。あ、今イラッとしたな、この人。
あたしは慌てて首を振った。

「だって、何も思い出せないんだもの。私だって理由が知りたいわ」
「……その記憶喪失というのは、具体的にどの程度のものなんだ?」
「全部よ。自分の名前も、これまでの人生も、死因も、何もかも。気づいたら私は、あの場所――貴方が化け物と戦っていた場所の近くで宙に浮かんでいたの」

あの時はまさか自分が幽霊になってしまっただなんて思いもしなかった。

「君が僕にとり憑いたのはその時なのか?」
「分からない。私にはそれ以前の記憶がないから」

もしかしたら、もっと以前から彼にとり憑いていたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。何も分からない今は推測するしかない。
徐々にすさんでいく彼の目付きを見ていると、なんだか申し訳なくなってくる。

「はっきり出来なくてごめんなさい」
「謝罪するくらいなら、俺から離れてくれ」
「それが出来るのならとっくにしてるわ。……というか、この状況は私にとっても不本意なんだから」

私だって好きでとり憑いた訳じゃない。スティーブンにとって厄介な存在になってしまった自覚はあるけれど、こんなのお互いにとって事故みたいなものじゃないか。

「私だって、幽霊になった以上やってみたいことくらいあるのに。世界一周旅行だとか、秘所に忍び込んでみたりだとか!」
「……君、生前からそんなに能天気だったのか?」
「だから分からないってば」

スティーブンが目に見えて呆れる。そ、そんなに呑気な発言だったかな、今の。
でも、せっかくこんな体になってしまったのだから、利用できる部分はどんどん使っていかないと損だ。人生には開き直りも大事である。私もう死んじゃってるけど。イッツゴーストジョーク。

スティーブンが頭痛に耐えるようにしてこめかみ辺りを押さえる。困惑だとか苛立ちだとか、そんな感情でないまぜになっているんだろう。
彼の苛立ちはよく分かる。決死の覚悟で化け物と戦って、無事に目覚めることが出来たのに、今度は記憶喪失の幽霊にとり憑かれただなんて、まさに不運としかいいようがない。

しかし、だ。

「さっきからこの状況の原因は私にあるっていう考えみたいだけれど、あなたには覚えはないの?」
「僕が?何をしたって言うんだ?」
「例えば、あなたが私を殺したとか。そのせいであなたに恨みを抱いているっていうのは考えられない?」

加害者は私ではなく、スティーブンの方だという可能性だってある。
少しの間、じっと私の顔を見つめたスティーブンは、けれどしっかりと首を振った。

「あいにく見覚えがないよ」
「そっか」

それなら仕方がない。せめてこの状況に至った原因だけでもはっきり出来ればいいのに。

病室に沈黙が落ちる。
私たち双方にとって、この状況は不可解かつ不本意なものだ。解決の手がかりもないとなれば、空気が悪くなるのも仕方がない。

永遠に続くかと思われた静寂を破ったのは、やけに堅いノックの音だった。

「どうぞ」
「失礼する」

病室のドアが開かれる。
その向こうから現れたのは、あの日あの化け物を討ち滅ぼした、赤髪の大男だった。

男は、ベッドで半身を起こしたスティーブンを見て、その身にまとう気迫に満ち溢れた雰囲気をわずかに和らげた。

「意識が戻ったとの連絡を受けて、皆で見舞いに来させてもらった。無事で何よりだ、スティーブン」
「おいおい、腹に大穴が空いてるんだぜ?無事とは言いがたいだろう」
「む」
「はは。冗談だよ。来てくれてありがとう。後ろの2人も」

失言に焦ったらしい大男の後ろから、一組の男女が姿を表した。顔中に包帯を巻いた老人と、小柄な東洋系の美女だ。2人はスティーブンの言葉を受け、それぞれの態度で応えた。
……なんというか、とっても濃いメンツだ。この中にいると顔に大傷のあるスティーブンも馴染んで見える。

その後ろからさらに新しく現れた人物に、スティーブンが声をかける。

「やあ。少年も来てくれたのか」
「は、はい」

ぶかぶかの服を着た少年は、わずかに肩を震わせて返事をした。どうしたんだろう。落ち着きがない。何かに怯えているような、焦っているような、そんな感じだ。

「レオナルド君?どうかしたのかね?」
「い、いえ、何も……」

大男に問われ、少年は語尾を濁した。不自然なその姿に、室内の全員が彼へと視線を向ける。

糸目の奥の視線が、一瞬だけ、私を捉えた。

あ。

「少年。もしかして、君にも見えているのか?」
「ス、スティーブンさん!じゃあ、これって……!」
「良かった。どうやら僕の頭がおかしくなった訳じゃないらしい」

まだ疑っていたのか。
頬を膨らませる私に、2人の視線が集まった。



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