手の中


ふとした時に見えた、君じゃない仕草。




目の前でなぁちゃんが好物であるうどんを啜っている。
口いっぱいに頬張り、満面の笑顔で「おいひぃ〜」と子供みたいに嬉しさを前面に出していた。



「え、なぁちゃん。ソイラテじゃなくていいの?」


仕事終わりにカフェで一息入れた時。
いつもはソイラテを頼むのに、最近カフェラテに変わった。

「うん、なんかこっちの方が好きになってん」
「そっか」



私にはわかる。

小さな変化も。
何かが、彼女を変えていることも。


カップを両手に持って、ゆっくりと時間をかけて口に運ぶ姿に目をやる。


撮影ビルの一階にあるこのカフェ。
私となぁちゃんの連載が始まった日から約2ヶ月、必ず言って良いほど通いつめた。
終電も過ぎた時間、他の客と会ったことは一度もない。

空調と換気扇、店員のドリップする音だけが聞こえる。

淹れたばかりのほろ苦い匂いが、鼻を掠めた。
カフェラテを口にして思い出す。今日は朝から何も食べていない。


「いつまで続くんやろ」
「ん?何が?」
「この連載」
「楽しいし、ずっとやってたいよね」
「うん、まいやんとおると楽しいもん」


無邪気に、私にとって悲しい言葉をくれる。
同じ言葉でも、含んでいる意味は違う。


口の中に残っている舌にもたれるような苦さが、はっきりと感じ取れた。




いつのまにかだった。
絞り出された声は情けないくらい小さくて、震えていて。
守ってあげたい、そんな思いが私の頭によぎった。



どうせならはっきりと、言って欲しい。

「…なぁちゃんの好きなタイプってどんな人?」
「え、何いきなり」

なぁちゃんは突然の話題に、微妙な笑顔を作った。
そんな笑顔でさえ、私をときめかせるしかなかった。

「いや、ちょっと気になって」
「まいやんいつもそんなん聞かんやん。
なんかあったん?」
当たり障りない質問をしたつもりなのに、そんなにおかしかったのだろうか。


「…最近なぁちゃん変わったから、なんかあったのかなって」
「……あるっちゃあるけど。聞いて意味あるん?」
「ね、ちょっとだけ」

傷つくなんて目に見えてる。
それでもいいから、彼女の全部が知りたかった。


「んん〜。
すっごい気にしいでビビリ。ななの前やとヘタレになるけど、すごい優しい…」


渋々といった表情だったが、柔らかい眼差しで、私の知らない人物について語る姿。
小さな唇から聞こえる声は、透き通るようだった。


「…なぁちゃんに好きになってもらえる人って、素敵な人なんだろうなぁ」

目を合わせれなかった。
目があったらきっと、今の笑顔を保つことはできないから。



「…うん、めっちゃいい人…」


心に穴が空くということが、わかった気がした。



手の中にあるカフェラテからは、立っていた湯気がなくなっていた。
コップを口元で傾け、ゆっくりと流し込む。
考えながら飲むカフェラテは、ほとんど味がしなかった。







…end



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