「で…何を思い残したまま死んだんだっぺ?」
「ふっふっふ、聞いて驚け!……ぜんっぜん覚えてないの。てへって痛ぁっ!」
「冗談も大概にしとくっぺよ」
少し力強くデコピンをすると、○○は大袈裟に額を抑え涙目になった。手伝ってやると言ったそばからこれか。前途多難のようだ。
「これは冗談じゃなくてマジなの!大マジ!死因と自分の名前以外全部あやふやで…」
「とにかく絞り出すっぺ。ほら、何か未練になるようなこと。はよ」
「あれなんかイバちゃん怒ってる?怒っちゃやーよ!…あっごめん謝るから拳を振り上げないで」
久々に他人に殺意がわいたがため息をはいて気持ちを落ち着かせる。うんうんと唸っていた彼女が突然あっと声を上げた。
「私、好きな人いたんだよね」
「…それはどこの星のお方だっぺか?まだ地球に滞在してるっぺ?」
「あれ、地球外生命体オンリーなの?」
「おめが同じ生き物ということもできれば否定したいっぺ」
「あっもしかしてイバちゃんヤキモチ妬いてる?やだもうイバちゃんったらたたただ!痛い痛い!ギブ!」
○○の頭を両手で掴み渾身の力でぎりぎりと押さえつける。このポジティブシンキングはどこからくるんだ。羨ましい限りだ。
手を離すとまだ痛むのか両手で頭を抑える彼女に盛大なため息を吐いた。○○を見ていると自分の頭も痛くなってくる。
「…で、期待はしねえけんど、その好きなヤツの顔と名前は」
「それはもう見事に真っ白!ただ好きだったなぁ、ってことだけ!」
からからと笑う○○にもはやため息をつくことすらも面倒くさくなる。どうしてこう、自分のことなのにこんなに適当になれるんだ。いや、彼女は自分のことだからこそ適当なのだろうか。
「まあ、適当にほっつき歩いて好きだった人に会えたら、私の第六感がびびっとくるでしょ!そろそろどっか行こう、イバちゃん!」
「え、俺も一緒に行かなきゃいけないだっぺか?」
「え?おはようからおやすみまで一緒にいるつもりだったんだけど」
彼女の言葉に絶句した。何が悲しくて幽霊とずっと一緒に行動しなきゃいけないんだ。いや確かに手伝ってやると言ったのは自分からだが。四六時中一緒にいるとは言っていない。なんというか、これは、
「と…取り憑かれた…」
「人聞きの悪いことを。あ、お風呂やトイレは覗かないから、ご心配なく」
「当たり前だっぺ!」
「あっいた!おーいイバラキー!」
ふいに後ろから声が聞こえ大袈裟なくらい肩を跳ね上げる。振り向くとグンマ博士が手を振りながらこちらに駆け寄って来ていた。
「んもう、探したよー!ごめんね、イバラキ…ボクちょっと怒りすぎちゃったかも…」
「い、いえ…自分が、悪かったんですから、グンマ博士は気にしなくてよがっぺよ…あと、そう思うのなら自分の書類は自分でやってください」
「う……ごめん…」
「あーっこの人知ってる!甘党!甘党博士だ!いつもお菓子持ってるし!」
「うるさいっぺ○○…!」
「へ?イバラキ、今なんか言った?」
「あっい、いえ…」
どうやら、グンマ博士には彼女の姿や声は聞こえないようだ。隣をチラリと見ると彼女はグンマ博士のことを物珍しげにじろじろと見ていた。
「グンマ博士…一つ、ご確認したいことがあるのですが」
「うん、なになにー?」
「ここには、誰もいませんよね?」
ピッと○○のいる場所を指さす。グンマ博士は、指をさしている場所と俺を交互に見て、そして、何かに同情するかのような表情になった。
「イ、イバラキ…本当にごめん…幻覚が見えちゃうくらい思い詰めていたなんて、ボク全然気づかなかったよ…」
「…へ?あ、いや、そういうわけでは」
「無理しなくていいんだよ?今日はもうあがっていいから、ゆっくり休んで?ね?」
グンマ博士は俺の背中をぐいぐいと押し本部に入ると、自分の部屋まで送ってくれた。グンマ博士は終始捨てられた子犬を見るような慈悲深い顔をしていた。
「イバちゃん…過労を溜めすぎると私みたいになっちゃうからね…ほどほどに休みを入れた方がいたたた!なんで!?ほっぺつねらないで!」
「おめーのせいで変人扱い受けちまったじゃねーかよこのごじゃすけっ!」
「えええ!?なにそれ!理不尽!」
「ったく…ちなみに聞いとくっけど、その好きな人ってのは、グンマ博士ではなかったっぺな?」
「あれはない。ミルクレープに粉砂糖ふりかけて食べそうな人じゃん。私甘いものあまり好きじゃないし」
「ひでーいいようだけんど、一応俺の上司だかんな?」
明日からどんな顔をして行けばいいんだ、と目頭を抑える。ああもう、とんでもないものに首を突っ込んでしまったようだ。と小さく後悔した。
2.と…取り憑かれた…