『馬鹿馬鹿馬鹿! 蔵の馬鹿!』
「ちょ、おま、いきなりなんなん!? てか、大阪で馬鹿言うたらアカン! そこはアホやろ!」
『そんなことどうでもいいってば! 蔵の浮気者ー!』

うわあああん、と子供の泣き真似ぐらい大きな声を出す。ああもう、本当に泣けてきた。
部室に入るなり、いきなり彼氏に向かって罵詈雑言を飛ばす私に、蔵はもちろん、部員も何事かと騒ぎ始めた。

「浮気者、ってなんや? 俺浮気なんかしとらん! 名前、どないしたん…?」

してない、なんて嘘だ。絶対に!

「なんや、部長浮気しはったんですか。最低ですね」
「ほんまやな、白石」
「な、何言うとんの、財前と謙也は!?」
『…うぅ、…っホント、最低』

事の発端は、先日の水曜日。三者面談期間中なので、部活の終わる時間は早い。だから、部活のマネ業が終わった後は暇だから、買い物にでも行こうかなー、と思って、商店街に足を運んだのだ。
買うものも全部買い終わって、さあ帰ろうという時に、目の前には見知った後姿。背丈も髪型も、歩き方も、彼氏である蔵そのものであったから、驚かせようと静かに後から近づいた。すると、彼の隣にいた女の子(多分年下)が、突然蔵と腕を組んで彼を連れ去ってしまった。

『は…』

そう呆然と立ちすくむ私を他所に、彼らは遂に見えなくなった。
怒りに拳がワナワナと震える。

(っ、あんの、浮気者め…!)

あれだけ私に一途な態度を示しておいて、あからさまに浮気をするなんて。
もう、限界だ。そう、意思を決め込んだ私は、次の日に蔵に罵詈雑言を言おうと決めたのである。

「浮気、ってほんまに何のことか分からへんねん…。話してや、名前」

私の背中を優しくさすり、泣きを抑えようとしてくれる蔵。
こんなに優しい彼氏が、浮気なんてするのか。

『…昨日』
「おん」
『夕方の、商店街、で。…女の子と手、組んでた…っ』
「おん……、え?」
『っほら! やっぱり認めるんだ、浮気してたこと!』
「最悪っすわ、部長」
「ちょ、ちょお、待って!」

おん、って言った。女の子と手を組んだこと。そう答えたときの彼はさもさも当たり前かのような表情をしていた。
弁解をするつもりなのか、混乱しているのか、「違うんや、話聞いてくれ」。なんていう彼に、イラつきを覚える。
ねえ、蔵。…そんなに、認めたくないの。浮気をしていたことが。

私の手を掴もうとした彼の手を振り払う。

『蔵、なんて、嫌いだ…!』

そういった瞬間、彼の目つきは変わった。すばやい速さで、振り払われた手を再び私に近づける。そのまま、力強く握られた。

『い…っ、何するの…!?』
「なあ、今。なんて言うた? 嫌いて言うたよな?」
『く、くら…?』

少しだけ顔を俯かせながら私の腕を掴む彼。怒っているはずなのに、泣きそうに見えるのは気のせいだろうか。

「なんで、そないなこというん。名前は、俺んこと嫌いなん?」

その台詞は私だ。蔵こそ、なんなんだ。浮気を認めたくせに、そんなこと言うの…?

『だ…って、蔵、が! その女の子と浮気した、から。蔵のほうこそ、私が嫌いだからそんなことしたんでしょ…!?』

蔵がそんなこと言う資格なんてないじゃん、そう言うと彼の怒っていた空気が一気に解けたように、「その女の子と浮気…?」と呟いた。

「…その女の子って、年下みたいな子?」
『…そうだよ』
「髪は二つで、少しくるくるしとる?」
『そうだよ!』

すると、彼は暫く考え込むようなふりをして、突然笑い出した。

「ふ、はははは! それ、…ははは!」
『な、なによ…! なに笑ってんの…!?』

いきなり笑い出す彼に更にイラつきを覚えた。
真剣な話をしているのに笑い出すし、反省する気ゼロなの…!?

ヒーヒー、とまだ笑い苦しいのか、いまだにお腹を抱えている彼は言った。

「それって俺の妹の友香里や」
『は…? 妹…? …そんなの一度も聞いてないですけど!』
「言ってへんもんなあ」
『なっ…』

妹…? 蔵の?
確かに思い返せば髪の色は似ていた。…ということは、勘違い?

『…蔵の馬鹿あああ!』
「え、え、何で!?」
「紛らわしいことしないでよ…! 私、本当にショックだったんだから…!』

えぐえぐと、本格的に泣けてくる。ボロボロと情けなく流れ出す涙を、蔵は優しく受け止めた。

「すまん、名前。俺、浮気なんて絶対しとらんし。やから、安心してえな」
『うー…っ』

ペタンと床に座る私と同じ目線でしゃがみこんでくれている彼の胸に、勢いよく飛び込んだ。

『蔵の、っ…ばか』
「…おん」

…どうやら、私の口癖になってしまったようです。

嫉妬深いので
たいへんなことに
なります


(…ていうか、何で急にあんなに怒ったの?)
(何でって…。名前に、嫌い、って言われるんが、一番嫌やからやなあ)

(…なんや、俺らめっちゃ空気なんやけど)

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