『幸村君。私、やっぱり君のテニスをする姿を見たい』
器用な手つきで点字に指を動かす君を見て、情けなく泣きそうになった。
隣に座っている女子は苗字名前という。俺が入院しているときに屋上で出会った。
彼女は小学生のときに不慮な事故にあい、目が見えなくなりそして声もでなくなってしまったそうだ。
「辛くないの?」そう、一度だけ聞いたことがある。その質問に彼女は『もう慣れちゃったよ』と、力なく点字を打った。
『私ね、一度だけでもいいから君の顔が見たい。君が楽しそうにテニスをするのが見てみたいの』
でも、苗字は目が…
そう点字を打ちそうになったけれど打てるわけもなかった。
「だったら早く治してよ」
なんて無茶な話だ。だって声を出すことは可能かもしれないけれど、苗字の目が見えるようになるなんて分からないのに。
俺の言葉を読み取った彼女は、少し驚いた顔を見せた後俺のほうを向いて『ありがとう』、点字ではなく、口パクだけど確かに言った。
なんだか胸が苦しくなって、でも温かくなって。
思わず隣の苗字を抱きしめた。突然のことで驚いた彼女はガシャンと、床に点字を落としてしまった。それを落としたせいか何も発することの出来ない彼女。
真っ赤な顔であわあわと取り乱す苗字が面白くて。
笑いを堪えながら抱きしめていた腕を緩めて、点字を拾う。無理やり彼女の腕を掴んで、文字へと滑らせた。華奢で色白く細い綺麗な手の甲に自分の手を重ねて。
「君のためにも俺のためにも、絶対に治して。俺はずっと傍にいるから」
意味がわかった苗字は俺の顔があるほうへとぎこちなく見上げる。眉を頼りなく下げ、それでも嬉しそうな顔をして。
彼女の目からは確かに、綺麗な涙が流れていた。
遠い空を見つめる少女
title by 確かに恋だった様
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