ねえ、蔵くん。私ね、彼氏が出来たの。
そう照れくさそうに俺に告げた彼女の笑顔は、今まで見たこともなかった。
俺の、知らない顔。
「そう、なんや。…おめでとうさん」
『うん。ありがとう』
ふにゃっと、本当に心の底から嬉しそうな彼女に対して、俺はちゃんと笑えていただろうか。
あんな笑顔は見たくなかった。
隣にいるのが、俺じゃないのなら
(ずっと隣にいたのは、俺だと思っていたのに)
あのね、
彼女はそう続ける。
『彼とは、高校で出会って一目ぼれしちゃったんだけど、なかなか声掛けられなくて…。でも、ひょんなことで、帰り道ばったり会っちゃってさ。それで、ね』
告白されて、付き合うことになったんだ。
彼女の言葉が、一つ一つ俺の心に重く沈みこむ。
名前は、俺の幼馴染だ。年は一つ上で、今は高3。俺は高2だ。
関西にいるのに標準語だ、なんて変な話だけど、名前にはどことなく、都会のイメージがする。
そんな名前にも、ついに彼氏が出来てしまったらしい。
「彼氏…いい奴なんか?」
いい奴やなかったら、ぶっ飛ばしたる。そんな物騒な言葉はいえないが。
『すっごくいい人なんだよー。優しくてね。かっこいいの。あ、でも蔵くんもかっこいいよ?』
なんたって私の大事な幼馴染なんだから!
年に似合わず、えっへんと胸を張る名前に、苦笑しか零れなかった。
大事な幼馴染…か。
「なんか嫌なことあったら、いつでも俺に言うんやで。分かったな?」
出来ることならば、彼女を奪い去りたい。
でも、彼女の幸せまでも、奪いたくなんかないから――…。
『なあに、それ!嫌なことなんて、きっとないよ。でも、もし何か泣きたくなるようなことがあったら、蔵くんに相談する。約束だよ?』
じゃあ、そろそろ彼氏が来るから、帰るね。
俺の部屋からばいばい、と出て行った彼女を見届けて、呟いた。
「あーあ…。俺の初恋、終わってもうたな」
小さな頃からずっと好きで、他の男なんかに取られたりしまわないように、ずっと傍にいたのに。
一年という差が大きかった。
もし、もし俺が、名前と同い年であったなら、彼女の隣にずっといることはできたのだろうか。
「まあ、もう考えても意味ないんやけど」
手のひらで、目を覆う。手に伝わる、冷たい水の感触。
…少しだけ、泣いた。
(…幸せになりや、名前)
(絶対に、絶対にやで)
title by 確かに恋だった様
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