話しかけようとしたものの、転校生あるあるでもありそうな質問攻めにあった。
そのお陰に精市には、声をかけることすら近づくこともできなかった。
(逢いたいなぁ…話したいなぁ)
何年もいないだけで、これだけとは…。
どれだけ精市の事が好きなんだろう。
精市は、私との約束…覚えてるかな。
とにかく、皆の隙を見て、精市に話しかけよう。
***
やっと質問攻めもなくなってきた頃、ついに精市に声をかけられるチャンスがやって来た。
『せ、…幸村君』
「…なんだい?」
あぁ、
これだ。
彼は、
少し低くなっているけど、この声は、
この顔は、
この髪型は、
『精市…っ』
精市だよ。
感極余ってなのか、それとも彼に逢えたことの安心なのか、視界が滲んできた。
だけど彼の一言が、ソレを流させることになる。
「…ごめん、苗字さん。何か用?」
『―――!』
開いた口が塞がらない。
苗字さん、?
だって、精市は、私の事を名前って。
あれ?
目の前にいる精市は、本物?
彼は、私をそんな冷たい目で見ていたっけ?
…もしかして、覚えていない?
私の事を、覚えていないの?
『私、だよ?昔、一緒にいた名前だよ?っ覚えてないの…?』
ねぇ、これが最後の私の悲鳴なの。
覚えてないわけないよね?
だって忘れないよ、そう言ってくれたじゃない。
それは、
それは、
「悪いけど…知らないな」
嘘だったの…?
その後のことは、あまり覚えてない。
目の前が真っ白になったような気がして。
覚えていると思ってた。
精市は、私の事を忘れたりなんかしないって。
だけど、
だけど、
精市は、私の事忘れていた。
それは紛れもない事実だ。
眼を開けると、目に見えるのは白い天井。
『ん…。どこ、ココ』
私の部屋、ではないらしい。
意識でも失ったのかな。寝ているということは。
もしかして、精市…―幸村君と話している最中だったとしたら…
迷惑をかけてしまった。
きっと多分、嫌われた。
私の事覚えてる?だなんて知らない女に言われて、さぞ困っただろう。
『うっ…。ひっく…ふぅ…っ』
あんなに想っていたのに。
相手には存在を忘れられていたなんて、
『惨めずぎ、だよ…っ』
布団に顔をうずくませた、
その時、彼の声が聞こえた気がした。
「―苗字さん、起きた?」
『え…?』
その声は紛れもない、幸村君で。
カーテン越しに話しかけられる。
「具合どう?急に倒れたから、心配で」
『っあ、…え…と』
最悪だ、私。
なに心配させてんの。
嫌いな奴の相手をさせてるとか、最悪じゃないか。
『だ、だいじょうぶ、だから…あ。あと心配してくれてありが、とう。…ごめんね』
「いや、大丈夫ならいいんだけど…授業とか出れる?」
『…た、ぶん』
…本当は授業になんか出たくない。
このまま家に帰って、大声でわめいて、泣きたい。
さっき泣いていたのも、気づかれてるかな。
…きかれちゃったかな。
『ゆ、幸村君。私は、っ、もう大丈夫だから。…授業戻ってもいいよ?』
「え?」
「それ、と。さっきは意味分かんないこと言ってごめんね。なんか、っ勘違いしてたみたい。はは、ばかだなぁ、私。ほんと、ごめ―「名前」!』
カーテンが、シャーッと音を立てて開かれた。
『ゆきむら、くん?』
それにさっき、名前って。
まさか、…聞き間違いだよね。
私の方へツカツカと歩いてきた幸村君は、
「ごめん」
そう言ってきた。
『え?』
何に、謝っているんだろう。
分からない、分からないよ。
「俺、本当は覚えてるよ、君のこと。…―名前のことは全部」
何で?
そんな言葉しか出てこなかった。
頬を涙が伝って、握りしめていた拳の上に落ちた。
『どういう意味…?』
「その、…名前のことを驚かせようとしてたんだけど、やり過ぎて…ホントごめん」
彼の白くて細い指が、私の涙を掬う。
『じゃあ…全部、嘘?』
「うん」
『わたしの、こと…っ覚えてるの?』
「もちろん」
さっきのは全部芝居?
最悪だ最悪だどっちにしろ。
『…うっ…ばか…精市の馬鹿ぁ…。ホントに悲しかったんだから…!』
「…悪かった。まさか泣くなんて思ってなくて」
『ふぇ…っぅ…』
なかなか泣きやまない私を彼は抱きしめる。
突然のことに息がつまりそう。
『せ「俺は、名前のことを忘れた日なんて、一度もないんだ。あの日から俺の中に何かが足りなくて。だから今日、名前を見た時、恥ずかしいけど、泣きそうになったんだ。昔の俺は、恥ずかしくて言えなかったけど、
俺は、名前のことが好きなんだ」
彼からの愛の言葉は暖かい。
さっきまで怒っていた感情が嘘のように消えていって。
『う、んっ…私も好き、大すき…!』
改めて、好きだという感情が溢れだした。
(…泣きそうな顔の名前、すごく可愛かったよ)
(…随分と性格が変わったんですね)
(はは、でも名前が倒れるときは血の気が引いた気がしたよ)
(うっ…ごめんなさい)
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