「…帰るか」
『う、うん』

時は放課後である。
彼氏でもあり、男子バスケ部の主将でもある、笠松幸男くんとの放課後デート。
…じゃないです、すみません。ただ一緒に帰ってるだけなんです。
でも、彼と一緒に帰ることすら奇跡だと私は思う。
女子が苦手だという彼とは、なかなか一緒に帰ることが出来ない。それに加え、あのバスケ部のレギュラー。ただでさえハードな部活だ。
そんな彼と帰るのは、付き合って以来二回目となるのだけれど……

「…」
『…』

会話がない、のだ。
まあ女子が苦手なんだろうから、私も苦手に入るんだろう。
高校二年生のとき、友達に連れられて見に行った練習試合。
そこで初めて彼を見た。所謂、一目ぼれをしてしまった。
同じクラスではなかったけれど、アタックしてアタックして。
告白をしたらなんと、彼はOKをしてくれたのだ。
あるわけないと思っていたので、返事をもらった時に『へ…』と間抜けな声を出してしまったけど。

そんなこんなで現在に至る。
付き合い始めた頃は、好きで好きで仕方がなくて。
一緒にいるだけで幸せだった。
たとえ、二人の間に会話がなくたって。一緒に帰ることがあまり出来なくたって。
…だけど。
月日が経つにつれて、欲深くなってしまった。
もっと一緒にいたい、一緒に帰りたい、話したい、……手を繋ぎたい。

会話、というのは何を切り出せばいいのだろうか。
バスケの話? 学校の話? …あ、進学の話とか?
…分からない。こんなときになっていいことが浮かばないなんて。
お笑い芸人のコミュニケーション能力が欲しいくらいだ。

『あ、の…。部活、どう?』

勇気を振り絞って聞いた質問。

「…別に、普通」

…ですよねー!
部活どう?って聞かれても何も特別なことなんて答えませんよね!
質問も即一秒くらいで終わり、話す話題もなくなった。

ふと視線を下に下げると、彼の左手が視界に映った。
少し大きくて、男らしいごつごつとした手。

(繋ぎたい、なあ)

恋人らしいことなんてした覚えがない。彼にとっては手を繋ぐことすら至難の業なのだろう。
私にとっては笠松君は初めての彼氏で。
恋人らしいことをしたくてしょうがない。…でも、彼はしたくないのかもしれない。
だから無理強いはしないの。だって、嫌われたくは、ないから。
良いことにも悪いことにも、偶然に、本当に偶然に。私の右手と笠松君の左手が、ちょん、と少しだけ触れてしまった。
しまった、と思うのも遅く、無表情で歩いていた彼がバッとこちらに振り向いた。
…眉を寄せ、怪訝そうな顔で。

『ご、ごめん』

ズキン、と確かに心が痛んだ。
少しだけ触れてしまうのも、だめなのか。
これでは、手を繋ぐことは無理なのかもしれない。
それに、笠松君は私のことがちゃんと好きなのかな。
「好き」、って言葉に表してくれないと分かんないよ。
…だけど、笠松君は言えないだろうから。というより、好きかどうかも分からないけれど。

ピタリ
突然隣を歩いていた彼が止まった。
びっくりして、私も立ち止まる。
どうかしたのかな。学校に忘れ物でもしたんだろうか。
笠松君のほうへゆっくり振り返ると、彼は申し訳なさそうな顔をしていて…。

『笠松君…? どうかした、』
「…泣きそうな顔、してる」
『え…』

泣きそうな顔? 私が?
そんなまさか。
彼の瞳を見つめ返すと、私の顔が光って見えた。
泣きそうな顔をしてる…。

「俺のせい、だよな」
『か、笠松君のせいじゃなくて…!』

笠松君は、悪くないんだよ。
悪く、ないんだ。

「俺さ、女子苦手で。それに部活が忙しくて、彼氏らしいこと何もしてやれねえかもしんないけど。
でもこれだけは知ってほしい」

いつも目を合わせてくれない彼が。
今はしっかりと私に視点を合わせて、ゆっくり言葉を紡いだ。

「俺、ちゃんと苗字のこと好きだから」
『っ…』

ほぐれる様に、固まっていた感情が溶け出していくみたいだった。
今、好きって。
「言ってやれなくて、ごめんな」と彼は申し訳なさそうに頭を下げる。

『わっ、私も、笠松君が、好きだよ…っ』
「…おう」

泣きそうな声で、震える声で好きだと言った。
すると彼は、照れくさそうに顔を赤く染め、優しく私の頭を撫でた。

ねえ、笠松君。
これからもよろしくね。

不意に触れそうなほど近くに、
君が

(大好きだよ、笠松君)


title by 確かに恋だった様
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